4 / 15
第4話 瞳
しおりを挟むその日初めてラキシス様と食事を共にした。色々話しかけてみたのだけれど、「ん」しか声にしてくださらない。
うーん、まだまだ距離は遠いのかしらね。でもラキシス様から婚約を言い出したくせに。もうちょっと交流をはかってくれてもいいのに。
違うところから攻めてみようかしら、と騎士団が集まる場所へと向かってみた。皆、とても歓迎してくれ、色々とにこやかに話してくれる。ラキシス様もこれくらいにこやかにしてくださったらいいのに。あの不愛想さが『悪魔閣下』と言われる所以なのじゃないかしら。だって実際のラキシス様は悪魔と呼ばれるほど怖くはなかった。
初めて会ったときは確かに見た目が怖かった。背の高さとあのもっさり髪の毛、さらにはまとう魔力のせいか威圧感がある。
でも実際は不愛想だけれど、怖い人ではなかった。城の者や騎士団の人たちには慕われているし、私に対してもなにか理不尽なことを要求してきたことなど一切ない。
返事は乏しいが、話を聞いていないわけではないし、話し終わるまで聞いてくれている。そしてたまにはぼそぼそっと返事をくれるときもある。彼は優しい人だと思う。
そう思えたことが嬉しかった。王都で荒んでしまった心がここに来て癒されている気がした。それが嬉しく有難かったから、ここへ呼んでくれたラキシス様と少しでも打ち解けたかった。
ラキシス様が屋敷にいる間はなるべく声をかけるように、共に過ごすように心がけた。
そうしているうちにラキシス様も次第に心を開いてきてくれている気がした。
「温泉にでも行かないか?」
少しずつ会話も増えてきていたあるとき、ラキシス様がそう言った。
「温泉? 温泉とはなんですか?」
「城から少し離れたところにある風呂だ。地下から湯が湧き出ているんだ。宿になっているから泊まりで……」
と、言いかけたところでラキシス様の言葉が止まった。俯いてしまった。これは……照れているのかしら。なんとなく耳が赤い気がする。フフ、可愛いわね……って、あれ? 可愛い!? 可愛いってなに!? 自分まで顔が火照り出したのが分かり慌てた。
「ま、まあ温泉とは地下から湯が湧き出るのですか!? 凄いですね! ぜひ行ってみたいですわ!」
慌てて言ったためになんだか声が大きくなってしまったわ。恥ずかしい。後ろでエバンや侍女たちがフフと笑っているような気がする……。
ラキシス様は言葉にはせずコクンと頷いて見せた。か、可愛い……い、いやいや、大の男に可愛いはおかしいでしょう! 失礼だわ!
そしてラキシス様の休暇のとき、城から少し離れた宿へと向かった。雪もすっかり深くなり、一面銀世界だった。
「とても美しい景色ですわね」
「ん……しかし君のほうが……」
ぼそぼそと呟かれた言葉は私の耳には届かず聞き直したときには、ラキシス様はそっぽを向いてしまい、なにも言葉にはしなかった。耳だけはやはり赤かったのだけれど。
特別室ともなると大きな部屋だった。しかし……
「す、すまない!! なにかの手違いだ!! 部屋を換えてもらうから!!」
今まで無口だったとは思えないほどの早口でまくしたてたラキシス様は、明らかに挙動不審で取り乱していた。
大きな部屋のなかには大きなベッドが一つだけだったのだ。こ、これはどうすべき!?
「い、いえ、大丈夫ですよ。い、一応婚約者でもうすぐ結婚するのではないですか。ですので、問題ないかと……」
「い、いやでも……」
ばつが悪そうに俯きぶつぶつ言っているラキシス様。ここは私がもう少し踏み込んでみるべきかしら。う、うん、そうよね。
ずいっと一歩を踏み出し、ラキシス様の目の前に立つと、その大きな身体の前から顔を見上げた。すると俯いていたラキシス様の目と初めて視線が合ったのだ。
驚くように目を見開いたラキシス様は、慌てて視線を外し、後ろを向いた。私はというと……
「綺麗!!」
ラキシス様の視線の先に再び移動し、逃げられまいと腕を掴んだ。
「ラキシス様の瞳、とても美しいです」
金色の綺麗な瞳。しかも金色だけでなく、色々な濃淡の色が入り混じり、宝石のように輝いていた。
「見るな!!」
ラキシス様は逃げるように顔を背け、前髪で目を隠す。でもやはり彼は優しい。私の手など振りほどくことなど簡単だろうに、無理に振りほどこうとはしない。顔を背けるだけだ。
「どうして? どうしてそんな綺麗な瞳を隠すのですか?」
「……」
「私は貴方の瞳が大好きです」
「……」
ゆっくりとこちらを向いたラキシス様は泣きそうな顔をしていた。そして顔が近付いて来たかと思うと、私をぎゅっと抱き締めた。
82
お気に入りに追加
628
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす
三谷朱花
恋愛
ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。
ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。
伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。
そして、告げられた両親の死の真相。
家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。
絶望しかなかった。
涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。
雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。
そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。
ルーナは死を待つしか他になかった。
途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。
そして、ルーナがその温もりを感じた日。
ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。
転生先は推しの婚約者のご令嬢でした
真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。
ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。
ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。
推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。
ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。
けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。
※「小説家になろう」にも掲載中です
(完結)妹の婚約者である醜草騎士を押し付けられました。
ちゃむふー
恋愛
この国の全ての女性を虜にする程の美貌を備えた『華の騎士』との愛称を持つ、
アイロワニー伯爵令息のラウル様に一目惚れした私の妹ジュリーは両親に頼み込み、ラウル様の婚約者となった。
しかしその後程なくして、何者かに狙われた皇子を護り、ラウル様が大怪我をおってしまった。
一命は取り留めたものの顔に傷を受けてしまい、その上武器に毒を塗っていたのか、顔の半分が変色してしまい、大きな傷跡が残ってしまった。
今まで華の騎士とラウル様を讃えていた女性達も掌を返したようにラウル様を悪く言った。
"醜草の騎士"と…。
その女性の中には、婚約者であるはずの妹も含まれていた…。
そして妹は言うのだった。
「やっぱりあんな醜い恐ろしい奴の元へ嫁ぐのは嫌よ!代わりにお姉様が嫁げば良いわ!!」
※醜草とは、華との対照に使った言葉であり深い意味はありません。
※ご都合主義、あるかもしれません。
※ゆるふわ設定、お許しください。
公爵令嬢エイプリルは嘘がお嫌い〜断罪を告げてきた王太子様の嘘を暴いて差し上げましょう〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」
「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」
公爵令嬢エイプリル・カコセクナイトは、新年度の初日に行われたパーティーで婚約者のフェナス王太子から断罪を言い渡される。迫り来る魔女裁判に恐怖で震えているのかと思われていたエイプリルだったが、フェナス王太子こそが嘘をついているとパーティー会場で告発し始めた。
* エイプリルフールを題材にした作品です。更新期間は2023年04月01日・02日の二日間を予定しております。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?
強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。
婚約破棄宣言は別の場所で改めてお願いします
結城芙由奈
恋愛
【どうやら私は婚約者に相当嫌われているらしい】
「おい!もうお前のような女はうんざりだ!今日こそ婚約破棄させて貰うぞ!」
私は今日も婚約者の王子様から婚約破棄宣言をされる。受け入れてもいいですが…どうせなら、然るべき場所で宣言して頂けますか?
※ 他サイトでも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる