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第3話 悪魔閣下
しおりを挟む婚約式を挙げるでもなく、私はダルヴァン辺境伯領まで嫁ぐことになった。
すでに婚約の書類は提出されていて、いつでも結婚式を挙げることが出来る状態だった。
あの話から何日も経たない間にダルヴァン辺境伯とお父様とで婚約書類にサインし提出されたとのことだった。
結局一度も顔を合わせることもなく、ダルヴァン辺境伯領まで向かうはめに。しかも本人はすでに帰郷しているらしい。普通婚約者を置いていく!? しかも自分で私を望んだくせに。
ダルヴァン辺境伯はなぜ私を求めたのかしら……。
ダルヴァン辺境伯領までは王都から馬車で六日ほどかかった。初めての土地へ向かうということ、さらには遠方だということを踏まえ、かなり気を遣いながら日程に余裕を持たせての旅となった。
ナジェスト家からの護衛騎士と侍女を連れ、長旅に疲れながら、徐々に近付いてくると次第に寒さが増してきた。
ダルヴァン辺境伯領は雪国だ。冬の時期以外は涼しく過ごしやすいが、いざ冬本番になってしまうと雪に覆われ閉ざされた土地となる。
馬車のなかでは侍女が用意してくれた上着を羽織り、白くなりつつある息に不思議な感覚となった。
「同じ国なのにこんなに気温が違うなんて不思議ね」
「そうですね、お召し物をしっかりと羽織りませんとね。風邪をひいてしまいます」
「そうね、ありがとう」
長年私の傍に仕えてくれていた侍女のメリアが気遣ってくれる。
次第にダルヴァン辺境伯領と思われる街が見えてくると、さらに先には巨大な城が現れた。まるで要塞のような城。しかし雪が積もり幻想的にも見える。
「素敵ね」
馬車の窓から見上げる城は王都であったことを忘れさせてくれるほど圧倒的な存在感だった。
「お待ちしておりました。ロザリア様」
到着した馬車を降りると、城の者たちが一斉に出迎えてくれていた。
「ロザリア・ナジェストです。これからお世話になりますわね」
皆、笑顔で出迎えてくれている。いい人たちそうで良かった。戦いばかりの土地だから皆怖い人たちなのかと思っていたことが申し訳ない。
城のなかへと案内されるとエントランスのところで黒髪のとても背の高い方が待ち構えていた。
「旦那様、ロザリア様がご到着されました」
旦那様!? ということはあの方がダルヴァン辺境伯!? 驚きで思わず足が止まってしまった。
「ロザリア様? どうかされましたか?」
執事長と思わしき人物が少し心配そうに声をかける。
「あ、いえ、なんでもありません。失礼しました」
そして再び歩を進め、ダルヴァン辺境伯の傍へとたどり着くと、遠目で見ても背が高いと思ったが、近付くとより一層背の高さが分かる。
ロベルト様と並んで歩いていたときはロベルト様の肩より私の頭が少し出るくらいだったが、ダルヴァン辺境伯は肩の高さにすら私の頭は届いていなかった。
さらにもっさりとした黒髪は前髪がやたらと長く、完全に目を隠してしまっている。
スラッとはしているが騎士らしく引き締まった身体に広い肩幅、腕組みし仁王立ち。
「ラキシス・ダルヴァンだ」
声も低く、上から見下ろされている……目は見えないけれど。まとう魔力のせいなのか威圧感もある。正直……怖い。
「ここでは自由にしてくれて構わない。私は城にいることのほうが少ない。だから私と食事なども気にしなくていい。分からないことは執事長のエバンに聞いてくれ」
それだけ言い終わると、ダルヴァン辺境伯はくるりと踵を返し去っていった。
「執事長のエバンでございます。今後なにかありましたら、なんでもお声かけください。それではお部屋にご案内いたしますね」
エバンは恭しくお辞儀をすると私のためにと用意された部屋へと案内してくれた。
その部屋はとても可愛らしく女性用に準備してくれたのだということが一目で分かった。
「これはダルヴァン辺境伯様が?」
「はい。ロザリア様のお好みに合うかどうか心配されながら手配されておられました」
ニコニコと微笑みながらエバンは言う。先ほどのなんだか冷たそうな態度からは想像つかないけれど……まあでも自分から私を望んでくださったのですものね。私も歩み寄る努力をしないといけないわね。
そう意気込んでいたのに、あれ以来ダルヴァン辺境伯とは全く会うことはなかった。彼の言う通り、本当に城にいることのほうが少ないようだ。
国境の見回りに、魔物が発生すると言われている瘴気の森の見回り、それらを定期的に行うため、ダルヴァン辺境伯はほぼそのための砦にいるらしい。
そのため城では私だけで過ごしている。自由にしていいと言うのは有難い反面、なにをしたらいいのか分からない。
ダルヴァン辺境伯領についての勉強をする日々は過ごしているが、それもある程度の日にちがあればおおよそのことは把握出来た。他にも城のことはエバンに聞いたりしながら勉強中だ。
ダルヴァン辺境伯領に着いてからひと月ほどが経とうというころ、ようやくダルヴァン辺境伯が久しぶりに城へと帰還する、と聞いた。
そこで城の主を出迎えるべく、ドレスアップしエントランスで待ち構える。
城の正面扉が開かれると、久しぶりに見る、相変わらずのもっさりとした黒髪が、私の姿を見た途端俯いた。ん?
「おかえりなさいませ。ダルヴァン辺境伯閣下。ご無事でなによりです」
そう言葉にしながらドレスを持ち膝を折る。
「……」
な、なんで無言? なにか言ってよ。ちらりと顔を見上げると、ダルヴァン辺境伯は口に手をあて固まっていた。
「ラキシス」
「?」
「……」
「あの?」
「ラキシスと呼んでくれ」
ぷいっと横を向いたかと思うとそう呟いたダルヴァン辺境伯。
ラキシス? あ、名前で呼んで欲しいのね。
「ラ、ラキシス……様」
「ん」
目が隠れているためあまり表情は分からないが、なんだか嬉しそうな気がする。ほんの少しだけ口元が緩んだような。フフ、なんだか私も少し嬉しくなってしまうわ。名前を呼んだだけで喜んでもらえるなんて。
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