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カナデ編
最終話 ここからはじまる…
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最終話です
****************
「あー、終わっちゃった」
私の人生はここで一度終わった。
蒼汰さんへの想いはこれでもう終わり。
うん、頑張ったんじゃないかしら?
奏として生きようと決めたときからずっと蒼汰さんを想い続けていたけれど、それももうここで終わり。
また違う人生を送らないとね。
私は私の人生を。もう二度と誰かを愛することはないかもしれないけれど、それでも良い。
蒼汰さんを好きでいたことに後悔はないから。
私は私のしたいようにしたのだからこれで良いのよ。
そう思っている。本心よ。それなのに涙が止まらない。情けないわね。
そう思うとクスッと笑った。
「今日はたっぷり泣こうかしら」
たっぷり泣いたら、きっと明日にはもう元気。きっと。
「水嶌さん!!」
身体を伸ばしそんなことを考えているときに、背後から大声で呼び止められギクリとした。
そっと振り向くと蒼汰さんだった。
「待って!! 水嶌さん!!」
なんで蒼汰さんが。希実夏さんといたんじゃないの? そう思ったが、泣いていることに気付き慌てて背を向けた。
今、蒼汰さんの顔を見るとなおさら涙が溢れてしまう。止まらない。なんとか必死に気付かれないように取り繕う。
「ど、どうしたんですか? 希実夏さんは?」
「佐伯は洸ちゃんの店に連れて行ったよ。今頃二人で再会を喜んでいるはず」
「そ、そうですか、希実夏さんの側にいなくて良いのですか?」
「? 大丈夫だよ、洸ちゃんがいるし、それに真崎さんと直之にも連絡した。きっともうすぐ店に集まるよ」
あぁ、それで私も一緒に集まろうと声を掛けに来てくれたのかしら。でも今私は酷い顔だろうし……行けない……。
「あ、私はちょっと用事が出来てしまったので、また明日にでも希実夏さんにご挨拶に行きますね」
「え? あ、うん」
「じゃあ私はこれで……」
蒼汰さんに振り向くことなくその場を去ろうとした。
「あ、待って!! そういうことじゃなく!!」
「?」
「ねぇ、こっちを向いてよ」
「…………」
向けない。だって私、今とても酷い顔をしているもの。それに振り向いて蒼汰さんの顔を見るときっとまた涙が溢れてしまう。そうしたらきっと私の気持ちがバレてしまう。そんなの駄目。
「向いてくれないの?」
「…………」
「じゃあさ、あの石持ってる?」
「あの石?」
「大学時代に水嶌さんに預かってもらった光る石」
あぁ、月の石では、と言われていたあの石。
「はい、持っています」
だってあれは、ずっとお守り代わりに大事に肌身離さず持っていた。蒼汰さんを感じることが出来て嬉しかったから。
「あれ、返してくれない?」
「え」
返す……、そうか……、そうよね……、希実夏さんという恋人が戻って来たのに、私が蒼汰さんのものを持っているなんて駄目よね。
あ、駄目、涙が……。
涙が一気に溢れ出しそうになる。必死に堪える。今は駄目! 泣いちゃ駄目!
鞄から取り出し、巾着のまま蒼汰さんに差し出した。相変わらず俯いたままで。
どうやっても顔は見ることは出来ない。
差し出した右手に蒼汰さんも手を差し出し、そして、ぎゅっと私の手を石ごと握り締めた。
「!?」
何が起こったのか分からず思わず顔を上げてしまった。
「やっとこっちを向いてくれた」
その蒼汰さんの顔は以前と同じ、とても優しい顔だった。
希実夏さんがいなくなってからすっかり見ることが出来なくなってしまった、優しい笑顔。
その笑顔が嬉しかったのか、それとも石を返すことが辛かったのか、蒼汰さんとの別れが悲しかったのか、もうどの感情なのか分からないけれど、涙が溢れて止まらなくなってしまった。
あぁ、どうしよう。蒼汰さんを困らせてしまう。
「ねぇ、水嶌さん」
泣き続ける私を真っ直ぐ見詰めながら、蒼汰さんはもう片方の手も握り締めた。
両手を包み込まれ、しっかりと握り締められる。
「この石を返してもらう代わりに、別のものを受け取ってもらいたいんだけど良い?」
「?」
そう言うと蒼汰さんは手を離し、石を受け取るとポケットにそれを収め、そして違うものを取り出した。
小さな箱を私の目の前に差し出し、少し躊躇いがちに私の手を掴むとその掌の上に置いた。
「これは?」
「開けてみて?」
掌に置かれた小さな箱を言われるがままに開けると、そこには小さな水色の石が付いた指輪があった。
「!?」
頭が真っ白になり、何が起こっているのか理解出来なかった。
「水嶌さん、好きだよ」
「!!」
指輪を見詰めていたが、その台詞に驚き、勢いよく顔を上げ蒼汰さんを見た。
蒼汰さんは気まずそうな、はにかむような複雑そうな表情をし、顔を赤らめた。
「ごめん、いきなり言われても驚くよね。でもずっと水嶌さんが好きだった」
「で、でも蒼汰さんは希実夏さんと……」
「え? 佐伯?」
だってあのとき、大学生だったあのころ、希実夏さんに告白されて付き合いだしたんじゃ……。
その疑問をぶつけると、蒼汰さんは驚き苦笑した。
「あのとき佐伯から告白なんかされてないよ。あのとき僕は佐伯から相談を受けてたんだ」
「相談……」
「うん、佐伯は洸ちゃんのことが好きだった。ずっと片想いをしていたらしくてね、今さらだけど告白をしたい、協力してくれないか、って。だからあのときの洸ちゃんのパーティーで告白するつもりだったらしいんだ……なのにあんなことになって……」
蒼汰さんは辛そうな顔をする。
希実夏さんは洸樹さんが好きだった? それで告白するつもりだったのにあんなことになって、それでずっと責任を感じていたの?
「本当は僕も水嶌さんに告白しようと思ってた。水嶌さんの誕生日にこの指輪をプレゼントして告白しようと……でもあんなことになって、僕だけ幸せになんてなれないと思った。だから諦めようと思ってたんだ」
「でも水嶌さんはずっと僕を支えてくれていた。それが嬉しくもあり辛くもあり、いつまでも水嶌さんを縛っている訳にもいかないと思ったんだ。だから今日それを伝えようかと思っていた。僕自身が諦めるために。未練がましくいつまでもこの指輪を持っているんじゃなくて、もう諦めようって」
もう何がなんだか分からなかった。
蒼汰さんが私を好き? 本当に? 夢じゃなく?
また涙が溢れてしまった。
蒼汰さんはそっと私の手から手を離すと頬を両手で包んだ。そして、親指でそっと涙を拭ってくれる。それでも涙はどんどんと溢れ出して止まらない。
「本当に……本当に私を好きでいてくれてるんですか!? 希実夏さんではなく……」
いまだに信じられない。
ふんわりと笑った蒼汰さんはそっとおでこにキスをした。
「!?」
驚いて目を見開くと蒼汰さんは笑った。
「やっと止まった」
驚いた弾みで涙が止まっていた。先程までの涙で濡れた頬は蒼汰さんが指で拭ってくれる。
そして再び手を握った蒼汰さんは真っ直ぐ目を合わせた。
「水嶌さん、ずっと僕を支えてくれてありがとう。僕には君が必要なんだ。これからも僕のそばにいてくれないかな……」
「水嶌さんは僕のことどう思ってる?」
力強く握り締められた手から蒼汰さんの想いが伝わる。
本当に本当なの? 信じて良いの?
驚きや信じられない気持ちのせいで言葉が出て来ない。蒼汰さんは待ち切れないとばかりに、躊躇いがちに聞いた。
「キスしても良い?」
「え!!」
驚いていると蒼汰さんの顔がゆっくりと近付いて来る。
「嫌だったら突き飛ばして」
そ、そんなこと出来るはずがない……。
何も答えられずにいると、蒼汰さんの唇がそっと私の唇に触れた。優しくそっと軽く触れただけのキス。
それだけでも心臓がうるさく響いた。顔が火照るのが分かった。
顔を離した蒼汰さんははにかみながら顔を赤らめた。
あぁ、可愛い。
なんだか現実ではない気がしてふわふわとした気分。夢のよう。
だ、駄目! 夢にしちゃ駄目! 現実にしないと!
「わ、私もずっと蒼汰さんが好きでした!! でも蒼汰さんは希実夏さんとお付き合いされたのだと思って……、辛くて……、諦めようとして……、でも諦められなくて……、狡くもそばにいたくて……」
自分で口に出していくと情けなくなってくる。なんて醜い心なのかしら。
段々としゅんとなっていってしまったのに気付いたのか、蒼汰さんは抱き締めてくれた。
「じゃあ僕らは二人とも、狡いもの同士だね。お似合いじゃない?」
蒼汰さんは明るく言った。
「たいぶ長くかかってしまったけれど、僕と結婚を前提に恋人になってくれませんか?」
蒼汰さんは身体を離すと指輪を手に取り真面目な顔で言った。
「は、はい、……私なんかで良いのでしたら」
また涙が溢れてしまった。
「奏って呼んでも良い?」
はにかむように蒼汰さんは言った。
名前で呼ばれることに何だか気恥ずかしく、しかし嬉しくもあり……あぁ、なんて幸せなのかしら。
「……はい」
蒼汰さんは弾けるような笑顔で私の指に指輪を嵌めてくれた。
あぁ、やっと笑顔を見ることが出来た。
嬉しい、幸せ……。やっと幸せだと心から思えた。
すっかり涙でボロボロになってしまった顔をハンカチで拭い、二人で手を繋いで洸樹さんのお店へ向かった。指にはアクアマリンの石が付いた指輪が青白く輝く。
洸樹さんのお店の前に着くと、希実夏さんと洸樹さんが抱き合っていた。そして何やら話したかと思うと、熱い抱擁とともに熱いキスを交わしていた。
「!!」
これは見てはいけないやつでは!!
焦ってあわあわしていると、蒼汰さんは苦笑しながら「ほらね?」と言った。
希実夏さんは洸樹さんのことが好きだったのね……。ずっと勘違いをしていたのね、私。
がっくりとしたけれど、でも今は幸せだからそれで良い。
あのときの誤解がなければ今のこの幸福感はなかったかもしれないもの。
辛いこともたくさんあったけれど、今このときが幸せだからそれで良い。
そしてこれからは自分で幸せになっていくのよ。蒼汰さんと一緒に。
チラリと蒼汰さんの顔を見ると、それに気付いた蒼汰さんもニコリと笑ってくれた。そしてお互いしっかりと手を握り合う。
「おーい! 蒼汰!! 佐伯が見付かったって!?」
一哉さんと直之さんが仕事帰りのまま、走ってこちらに駆け寄って来るのが見えた。
そして全員で店に入ると希実夏さんの帰還を心から喜び合ったのだった。
あの日から止まっていた私たちの時間が動き出す。
私たちの人生はまたここからはじまるのね……
完
*****************
後書きです
最後までお読みいただきありがとうございます!
これにて「異世界で婚約者生活!カナデ編」完結です!
今回ほぼ日本が舞台というお話で、今まで日本が舞台の作品を書いたことがなかったので、どうなることかと思いましたが、なんとか書き終わることが出来てホッとしております(^_^;)
今回あえて蒼汰目線のお話は書きませんでした。皆様にも奏と一緒に悩んでもらいたいな、と思ったので(^_^;)
そのため本編リディア編よりもかなり短く終了となりましたが、これはこれで作者的には書きたかった内容は書き切ったと思っていますので、ご理解いただければと思います。
カナデ編は作者別作品「生意気な黒猫と異世界観察がてら便利屋はじめました。」と世界観を同じく連動しております。
あちらの作品にリディアや異世界に行ってしまった希実夏さんが少し出てきます。
異世界と繋がる扉、光る石などの謎も出てきたりします。
もし気になるな、と思っていただけたら、そちらもよろしくお願いします。
「異世界で婚約者生活!」は本編に続き、その後編、今回のカナデ編と書かせていただいて、とても楽しく、多くの方にも読んでいただき、本当に嬉しかったです!
他にもシェスレイトの戴冠式や主要キャラたちの恋模様のお話など、書きたいお話は色々あるのですが、今後新作も予定しておりますので、こちらは完全未定です。
しかし、今回をもちまして本編、その後編、カナデ編と、キリ良く完結出来たことは大変嬉しく思っております。
長い間お付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました!
また新作でお会い出来るのを楽しみにしております!
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「あー、終わっちゃった」
私の人生はここで一度終わった。
蒼汰さんへの想いはこれでもう終わり。
うん、頑張ったんじゃないかしら?
奏として生きようと決めたときからずっと蒼汰さんを想い続けていたけれど、それももうここで終わり。
また違う人生を送らないとね。
私は私の人生を。もう二度と誰かを愛することはないかもしれないけれど、それでも良い。
蒼汰さんを好きでいたことに後悔はないから。
私は私のしたいようにしたのだからこれで良いのよ。
そう思っている。本心よ。それなのに涙が止まらない。情けないわね。
そう思うとクスッと笑った。
「今日はたっぷり泣こうかしら」
たっぷり泣いたら、きっと明日にはもう元気。きっと。
「水嶌さん!!」
身体を伸ばしそんなことを考えているときに、背後から大声で呼び止められギクリとした。
そっと振り向くと蒼汰さんだった。
「待って!! 水嶌さん!!」
なんで蒼汰さんが。希実夏さんといたんじゃないの? そう思ったが、泣いていることに気付き慌てて背を向けた。
今、蒼汰さんの顔を見るとなおさら涙が溢れてしまう。止まらない。なんとか必死に気付かれないように取り繕う。
「ど、どうしたんですか? 希実夏さんは?」
「佐伯は洸ちゃんの店に連れて行ったよ。今頃二人で再会を喜んでいるはず」
「そ、そうですか、希実夏さんの側にいなくて良いのですか?」
「? 大丈夫だよ、洸ちゃんがいるし、それに真崎さんと直之にも連絡した。きっともうすぐ店に集まるよ」
あぁ、それで私も一緒に集まろうと声を掛けに来てくれたのかしら。でも今私は酷い顔だろうし……行けない……。
「あ、私はちょっと用事が出来てしまったので、また明日にでも希実夏さんにご挨拶に行きますね」
「え? あ、うん」
「じゃあ私はこれで……」
蒼汰さんに振り向くことなくその場を去ろうとした。
「あ、待って!! そういうことじゃなく!!」
「?」
「ねぇ、こっちを向いてよ」
「…………」
向けない。だって私、今とても酷い顔をしているもの。それに振り向いて蒼汰さんの顔を見るときっとまた涙が溢れてしまう。そうしたらきっと私の気持ちがバレてしまう。そんなの駄目。
「向いてくれないの?」
「…………」
「じゃあさ、あの石持ってる?」
「あの石?」
「大学時代に水嶌さんに預かってもらった光る石」
あぁ、月の石では、と言われていたあの石。
「はい、持っています」
だってあれは、ずっとお守り代わりに大事に肌身離さず持っていた。蒼汰さんを感じることが出来て嬉しかったから。
「あれ、返してくれない?」
「え」
返す……、そうか……、そうよね……、希実夏さんという恋人が戻って来たのに、私が蒼汰さんのものを持っているなんて駄目よね。
あ、駄目、涙が……。
涙が一気に溢れ出しそうになる。必死に堪える。今は駄目! 泣いちゃ駄目!
鞄から取り出し、巾着のまま蒼汰さんに差し出した。相変わらず俯いたままで。
どうやっても顔は見ることは出来ない。
差し出した右手に蒼汰さんも手を差し出し、そして、ぎゅっと私の手を石ごと握り締めた。
「!?」
何が起こったのか分からず思わず顔を上げてしまった。
「やっとこっちを向いてくれた」
その蒼汰さんの顔は以前と同じ、とても優しい顔だった。
希実夏さんがいなくなってからすっかり見ることが出来なくなってしまった、優しい笑顔。
その笑顔が嬉しかったのか、それとも石を返すことが辛かったのか、蒼汰さんとの別れが悲しかったのか、もうどの感情なのか分からないけれど、涙が溢れて止まらなくなってしまった。
あぁ、どうしよう。蒼汰さんを困らせてしまう。
「ねぇ、水嶌さん」
泣き続ける私を真っ直ぐ見詰めながら、蒼汰さんはもう片方の手も握り締めた。
両手を包み込まれ、しっかりと握り締められる。
「この石を返してもらう代わりに、別のものを受け取ってもらいたいんだけど良い?」
「?」
そう言うと蒼汰さんは手を離し、石を受け取るとポケットにそれを収め、そして違うものを取り出した。
小さな箱を私の目の前に差し出し、少し躊躇いがちに私の手を掴むとその掌の上に置いた。
「これは?」
「開けてみて?」
掌に置かれた小さな箱を言われるがままに開けると、そこには小さな水色の石が付いた指輪があった。
「!?」
頭が真っ白になり、何が起こっているのか理解出来なかった。
「水嶌さん、好きだよ」
「!!」
指輪を見詰めていたが、その台詞に驚き、勢いよく顔を上げ蒼汰さんを見た。
蒼汰さんは気まずそうな、はにかむような複雑そうな表情をし、顔を赤らめた。
「ごめん、いきなり言われても驚くよね。でもずっと水嶌さんが好きだった」
「で、でも蒼汰さんは希実夏さんと……」
「え? 佐伯?」
だってあのとき、大学生だったあのころ、希実夏さんに告白されて付き合いだしたんじゃ……。
その疑問をぶつけると、蒼汰さんは驚き苦笑した。
「あのとき佐伯から告白なんかされてないよ。あのとき僕は佐伯から相談を受けてたんだ」
「相談……」
「うん、佐伯は洸ちゃんのことが好きだった。ずっと片想いをしていたらしくてね、今さらだけど告白をしたい、協力してくれないか、って。だからあのときの洸ちゃんのパーティーで告白するつもりだったらしいんだ……なのにあんなことになって……」
蒼汰さんは辛そうな顔をする。
希実夏さんは洸樹さんが好きだった? それで告白するつもりだったのにあんなことになって、それでずっと責任を感じていたの?
「本当は僕も水嶌さんに告白しようと思ってた。水嶌さんの誕生日にこの指輪をプレゼントして告白しようと……でもあんなことになって、僕だけ幸せになんてなれないと思った。だから諦めようと思ってたんだ」
「でも水嶌さんはずっと僕を支えてくれていた。それが嬉しくもあり辛くもあり、いつまでも水嶌さんを縛っている訳にもいかないと思ったんだ。だから今日それを伝えようかと思っていた。僕自身が諦めるために。未練がましくいつまでもこの指輪を持っているんじゃなくて、もう諦めようって」
もう何がなんだか分からなかった。
蒼汰さんが私を好き? 本当に? 夢じゃなく?
また涙が溢れてしまった。
蒼汰さんはそっと私の手から手を離すと頬を両手で包んだ。そして、親指でそっと涙を拭ってくれる。それでも涙はどんどんと溢れ出して止まらない。
「本当に……本当に私を好きでいてくれてるんですか!? 希実夏さんではなく……」
いまだに信じられない。
ふんわりと笑った蒼汰さんはそっとおでこにキスをした。
「!?」
驚いて目を見開くと蒼汰さんは笑った。
「やっと止まった」
驚いた弾みで涙が止まっていた。先程までの涙で濡れた頬は蒼汰さんが指で拭ってくれる。
そして再び手を握った蒼汰さんは真っ直ぐ目を合わせた。
「水嶌さん、ずっと僕を支えてくれてありがとう。僕には君が必要なんだ。これからも僕のそばにいてくれないかな……」
「水嶌さんは僕のことどう思ってる?」
力強く握り締められた手から蒼汰さんの想いが伝わる。
本当に本当なの? 信じて良いの?
驚きや信じられない気持ちのせいで言葉が出て来ない。蒼汰さんは待ち切れないとばかりに、躊躇いがちに聞いた。
「キスしても良い?」
「え!!」
驚いていると蒼汰さんの顔がゆっくりと近付いて来る。
「嫌だったら突き飛ばして」
そ、そんなこと出来るはずがない……。
何も答えられずにいると、蒼汰さんの唇がそっと私の唇に触れた。優しくそっと軽く触れただけのキス。
それだけでも心臓がうるさく響いた。顔が火照るのが分かった。
顔を離した蒼汰さんははにかみながら顔を赤らめた。
あぁ、可愛い。
なんだか現実ではない気がしてふわふわとした気分。夢のよう。
だ、駄目! 夢にしちゃ駄目! 現実にしないと!
「わ、私もずっと蒼汰さんが好きでした!! でも蒼汰さんは希実夏さんとお付き合いされたのだと思って……、辛くて……、諦めようとして……、でも諦められなくて……、狡くもそばにいたくて……」
自分で口に出していくと情けなくなってくる。なんて醜い心なのかしら。
段々としゅんとなっていってしまったのに気付いたのか、蒼汰さんは抱き締めてくれた。
「じゃあ僕らは二人とも、狡いもの同士だね。お似合いじゃない?」
蒼汰さんは明るく言った。
「たいぶ長くかかってしまったけれど、僕と結婚を前提に恋人になってくれませんか?」
蒼汰さんは身体を離すと指輪を手に取り真面目な顔で言った。
「は、はい、……私なんかで良いのでしたら」
また涙が溢れてしまった。
「奏って呼んでも良い?」
はにかむように蒼汰さんは言った。
名前で呼ばれることに何だか気恥ずかしく、しかし嬉しくもあり……あぁ、なんて幸せなのかしら。
「……はい」
蒼汰さんは弾けるような笑顔で私の指に指輪を嵌めてくれた。
あぁ、やっと笑顔を見ることが出来た。
嬉しい、幸せ……。やっと幸せだと心から思えた。
すっかり涙でボロボロになってしまった顔をハンカチで拭い、二人で手を繋いで洸樹さんのお店へ向かった。指にはアクアマリンの石が付いた指輪が青白く輝く。
洸樹さんのお店の前に着くと、希実夏さんと洸樹さんが抱き合っていた。そして何やら話したかと思うと、熱い抱擁とともに熱いキスを交わしていた。
「!!」
これは見てはいけないやつでは!!
焦ってあわあわしていると、蒼汰さんは苦笑しながら「ほらね?」と言った。
希実夏さんは洸樹さんのことが好きだったのね……。ずっと勘違いをしていたのね、私。
がっくりとしたけれど、でも今は幸せだからそれで良い。
あのときの誤解がなければ今のこの幸福感はなかったかもしれないもの。
辛いこともたくさんあったけれど、今このときが幸せだからそれで良い。
そしてこれからは自分で幸せになっていくのよ。蒼汰さんと一緒に。
チラリと蒼汰さんの顔を見ると、それに気付いた蒼汰さんもニコリと笑ってくれた。そしてお互いしっかりと手を握り合う。
「おーい! 蒼汰!! 佐伯が見付かったって!?」
一哉さんと直之さんが仕事帰りのまま、走ってこちらに駆け寄って来るのが見えた。
そして全員で店に入ると希実夏さんの帰還を心から喜び合ったのだった。
あの日から止まっていた私たちの時間が動き出す。
私たちの人生はまたここからはじまるのね……
完
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後書きです
最後までお読みいただきありがとうございます!
これにて「異世界で婚約者生活!カナデ編」完結です!
今回ほぼ日本が舞台というお話で、今まで日本が舞台の作品を書いたことがなかったので、どうなることかと思いましたが、なんとか書き終わることが出来てホッとしております(^_^;)
今回あえて蒼汰目線のお話は書きませんでした。皆様にも奏と一緒に悩んでもらいたいな、と思ったので(^_^;)
そのため本編リディア編よりもかなり短く終了となりましたが、これはこれで作者的には書きたかった内容は書き切ったと思っていますので、ご理解いただければと思います。
カナデ編は作者別作品「生意気な黒猫と異世界観察がてら便利屋はじめました。」と世界観を同じく連動しております。
あちらの作品にリディアや異世界に行ってしまった希実夏さんが少し出てきます。
異世界と繋がる扉、光る石などの謎も出てきたりします。
もし気になるな、と思っていただけたら、そちらもよろしくお願いします。
「異世界で婚約者生活!」は本編に続き、その後編、今回のカナデ編と書かせていただいて、とても楽しく、多くの方にも読んでいただき、本当に嬉しかったです!
他にもシェスレイトの戴冠式や主要キャラたちの恋模様のお話など、書きたいお話は色々あるのですが、今後新作も予定しておりますので、こちらは完全未定です。
しかし、今回をもちまして本編、その後編、カナデ編と、キリ良く完結出来たことは大変嬉しく思っております。
長い間お付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました!
また新作でお会い出来るのを楽しみにしております!
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南田様!
わ、来てくださりありがとうございますー!✨️
憑依でもない入れ替わり!
もう2年以上前に書いた作品にはなりますが、魂の入れ替わり話はその当時まだあまりなかったはず!🤣
後一週間が長いですねー😂
南田様のお作品も応援してまっする!💪
追加応援wいただき🎫ありがとうございましたー!😆✨️
(*°▽°ノノ"☆パチパチ
完結と二人揃ってハッピーエンドになって良かった~(´;ω;`)
彩斗様!
最後まで読んでいただきありがとうございました!
ハッピーエンド!二人ともこれからも幸せな人生を送ることでしょう(*´ω`*)
長い間お付き合いくださり、本当にありがとうございました!
読了(∩︎´∀︎`∩︎)!
カナデちゃん、おめでとうー!!
わーい!ミドリさん!
一気読みありがとう~ヾ(o´∀`o)ノ