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カナデ編

第三十七話 それから……

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 鏡は魔術の効力を失ったのか、元の鏡に戻っていた。
 鏡に写るのは奏一人。
 私はようやく「水嶌奏」になれたのね。

 涙が滲んだ。

 大好きだった人たちと別れた。
 でもそれは自分が選んだ人生。
 決められたレールを歩くのではない。
 これからは自分の足で歩いていくのよ。

 私は蒼汰さんを支える。



 蒼汰さんに託されたあの石を小さな巾着の中に入れ、お守り代わりに身に着けることにした。
 希実夏さんが見付かるように祈りを込めて。

 蒼汰さん、希実夏さんが幸せになれますように。心から願った。
 私はもう十分幸せをもらったから。あの二人を幸せにしてあげてください、神様。



 誕生日の日のことは夢だったのではないかと思うほど、現実味のないことだった。
 魔術、異世界……、おそらく蒼汰さんが知ればきっととても喜ぶとは思う。
 でもこのことは言えない。
 希実夏さんが関わっているかどうかは分からないけれど、リディアたちのことは言えない。
 ごめんなさい、蒼汰さん。



 リディアたちと別れを告げたあとも、希実夏さんを探すことはずっと続いていた。

 希実夏さんがいなくなって一年、二年、三年……、と経っていった。

 その間に私たちも大学を卒業し、就職をしていた。
 それでも仕事が終われば少しの時間でも探すことをやめなかった。

 蒼汰さんは時折、私に何か言いたげな顔をしていた。
 しかし私は蒼汰さんを支えることだけを考えていたから、何も気付いていないフリをした。
 蒼汰さんが気に病む必要などないの。私が蒼汰さんを支えたいだけなのだから。

 洸樹さんは相変わらずあのお店で働いている。たまに店を閉め、やはり捜索をしていた。
 一哉さんと直之さんは仕事が忙しいらしく、なかなか思うようには捜索出来ないらしいが、それでも時間を見付けては街中を調べた。

 皆がそうやって希実夏さんを忘れることなく探し続けていた。
 何の情報もないまま時間だけが過ぎて行く。唯一、やはり白皇神社の付近でもう一件行方不明事件が起きた。それが関係するのかしないのか、私たちには分からなかった。



 そして何年もそんなことを繰り返し、希実夏さんがいなくなって六年ほどが経っていた。

 その日蒼汰さんに呼び出され、仕事帰りにあの神社へ寄ったのだ。

 しばらくこの神社には来ていなかった。

 白皇神社。

 鳥居を見上げるとこの日も綺麗な満月が見えた。あの日も満月だったな、とぼんやりと考えていると、少し遅れて蒼汰さんがやって来た。

「水嶌さん、呼び出してごめん」
「蒼汰さん、いえ、大丈夫です」

 蒼汰さんも鳥居を見上げやはり悲しそうな顔。
 いつまでも蒼汰さんの笑顔を取り戻すことが出来ていない。それが辛かった。

 蒼汰さんは俯いた。そしてゆっくりこちらを向くと話し出す。

「水嶌さん……、もう良いよ」

「え?」

 もう良い? もう良いとはどういう……、言っている意味が分からなかった。

「もう佐伯を探すのは良いよ。僕一人で探すから」

「!! そ、そんなこと!!」

「良いんだ。真崎さんと直之にもそう伝えた。もうこれ以上水嶌さんも犠牲にならないで」

「犠牲だなんて! 私が探したいんです!!」

「ありがとう、でももう本当に……」

「嫌です!! 私は蒼汰さんがそうやって自分を責め続けるのが嫌なんです!! 私は蒼汰さんこそ自由になってもらいたい!!」

 いつまでも自分を責め続ける蒼汰さん。
 それを見ているのが辛かった。
 蒼汰さんが悪い訳じゃない!! 誰も悪くない!! いくらそう言っても、蒼汰さんは自分を責めることをやめなかった。

 今もなお一人で全て背負おうとしている。そんなの嫌だ!!

「水嶌さん……、ありがとう……、でも僕にはそんな風に思ってもらう資格はない……」

「資格ってなんですか!? そんなもの必要ないです!! 私は私のしたいようにします! 蒼汰さんを一人になんかしません!!」

「水嶌さん……」

 蒼汰さんは苦しそうな顔で涙ぐむ。そんな顔もさせたくないのに!!
 どうしたら蒼汰さんを笑顔にしてあげられるんだろう……、やっぱり私じゃ駄目なのね……。

 私まで泣きそうになってしまい、必死に涙を堪える。


 そのときぼんやりと鳥居の辺りが明るくなった気がした。
 それに気付き鳥居を見上げると、なんだかシャボン液のような虹色に揺らぐ膜が!!

「え!?」

 そう思った瞬間、その膜から一人の女性が飛び出して来た!!

「え!?」

 驚き目を見開いた。この女性はどこから現れたの!? 何もないところから急に現れたような。
 蒼汰さんを見ると同じく驚いた顔をしている。



 女性はその虹色の膜に振り向き叫んだ。

「――――ちゃん! やったわ!! 日本よ!! 帰れたんだわ!!」

「「えっ!?」」

「「あっ」」



 何やら一人ではないような声まで聞こえる。
 姿は見えないのに声だけが聞こえる。それが怖い気がしたが、なぜだかすんなりとその状況を受け入れている自分もいた。

 女性は消えてしまった虹色の膜があった場所を見詰め呆然としている。

 何やら少し変わった服を着ているが、先程叫んでいた言葉は日本語だ。
 しかも日本に帰れたと言っていた。これは……

「さ、佐伯……?」

 蒼汰さんが小さく呟いた。

 その声に反応するようにその女性がこちらを振り向く。

 鳥居の側に立ち、こちらに振り向いた女性は、髪が少し長くなり、大人な女性だったが……


 紛れもなく希実夏さんだった。


「佐伯!!」

「蒼汰……?」


 蒼汰さんは希実夏さんに駆け寄り力の限り抱き締めた。

「佐伯!! 本当に佐伯なんだな!?」
「蒼汰!! 私、帰って来られた……本当に帰って来られたんだ……」

 蒼汰さんも希実夏さんも泣いていた。私も涙が止まらなかった。

 あぁ、やっと……やっと蒼汰さんも心から幸せになれる。
 希実夏さんも無事で良かった。

 泣いた。嬉しくて泣いた。

 そして少しの寂しさを覚え、泣いた。
 もう蒼汰さんに私は必要ない。それが寂しかった。酷い女だわ、私って。

 希実夏さんを必死に探しながら、いないことで蒼汰さんの側にいようとしたんだもの。私は卑怯で狡い女なのよ。

 でももうそれも終わり。
 二人の喜ぶ姿を見たら、もうすっきりしたわ。


 蒼汰さん、貴方が好きでした……どうか幸せに……。


 私は二人に告げることなく、その場を去った。


*************
次話、最終話です。
20時台に更新します。
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