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カナデ編

第三十一話 過去の記憶

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「真崎さんたちだってなんだよそれ! どんだけ食い物!」

 直之さんが二人の両手いっぱいの食べ物を見ながら大笑い。蒼汰さんや希実夏さんも笑っている。

「俺らは昼飯の調達だろうが、お前らが遊んでる間にな」

 じとっとした目で一哉さんが私たちを見詰めます。

「はいはい、一哉も大人げない。みんな車に戻るわよー、これは車の中で食べましょ」

 良い匂いを漂わせたたくさんの食べ物をみんなで分担して持つと車へと戻り、そして再び車は走り出す。

 屋台で買ったものは車内で食べるととても良い匂いが充満し、洸樹さんが運転しながらその匂いを嗅ぐのは辛い、とのことで、途中から一哉さんに運転を交代。

「そういえば蒼汰、あの石どうするんだ?」

 運転しながら一哉さんが蒼汰さんに聞く。三列目に座る蒼汰さんは少し身を乗り出し大き目の声で一哉さんに答えた。

「一応自分でも調べてみるけど、金守教授の知り合いに鉱物学の教授がいなかったですっけ? その教授に頼めないかなと」
「あー、そういやそんな教授いたな」

 金守教授……、確かイセケンの顧問の先生ですよね。その方のお知り合い。鉱物学……、その教授ならあの石が何か分かるのかしら。

「まあ今度教授に聞いといてやるよ」
「お願いします」

 蒼汰さんは石を取り出し見詰めた。蒼汰さんの手にある石はやはり光ってはいない。一体あのときは何故光っていたのかしら。

 そんな疑問を感じながら今回の旅は終了した。



 それからは時間があるたびに蒼汰さんと図書館や資料館などで白皇神社のことやあの石について調べて回った。

 しかしこれと言って新しい情報もなく、蒼汰さんは一哉さん経由で石について金守教授の知り合いと言われる鉱物学の教授に石を託していた。
 金守教授も石については興味津々だったらしく、根掘り葉掘り色々聞かれたそうだ。一哉さんが苦笑していた。

 そして今日も図書館からの帰り道、蒼汰さんと白皇様について話しているところだった。
 それは突然の出来事で、私は泣いた。





「キキキキキ――――――ッ!!!!!! ガシャン!!!!!!」

 蒼汰さんと図書館から帰る道のり、信号待ちをしていたときだった。

 突然の大きな音。車のブレーキ音。そしてグシャリと車体が何かにぶつかった音。

「な、なんだ!?」
「!!」

 突然目の前の交差点で車同士が接触事故を起こし、横転大破した。

 あちこちで悲鳴が上がる。

 蒼汰さんは私を庇って肩を抱いてくれている。

 キンと耳鳴りがした気がした。それと同時に激しい頭痛がし、吐き気がした。

「うっ」

 何かが頭を巡る。一体何!? そのせいか酔ったような感覚なのだ。気持ち悪い……。

「水嶌さん! 大丈夫!?」

「蒼汰さん……私……」

 視界がぐにゃりと歪んだ。蒼汰さんが何かを叫んでいる。

 しかし私は意識が朦朧としてしまい動けなくなった。





 誰かにおぶられている。温かい背中。気遣うように歩く揺れが心地良い。このまま眠ってしまいそうだ。

「パパ……ママ……」

 そうだ、私はあのとき両親と三人で山までハイキングに行っていた。



 五歳のある日、私は父親の運転する車に乗り、家族でハイキングに来ていた。
 朝早くから出発し、山の麓に車を停め、山を登って行く。まだ五歳だったため、頂上までは行かず、途中の広場でお弁当を食べ遊んでいた。

 徐々に雲行きが怪しくなり始め、父親が帰ろうと言ったのだ。私はわがままを言ってなかなか帰ろうとしなかった。
 ポツポツと雨が降り出し、ようやく私は諦め下山して行った。
 このとき私がわがままを言わずにもっと早く下山をしていれば……きっとあんなことにはならなかったのに。

 車まで戻ると本格的に雨が降り出し豪雨になった。車の屋根に当たる雨音がうるさく、両親が話している言葉も聞き取りづらいほど。

 歩き疲れていた私は後部座席でうとうとしていた。
 運転席には父が、助手席には母が座っていた。

 それが父と母の最期の記憶だった。


「キキキキキ――――――ッ!!!!!!」

 という激しいブレーキ音と、激しい揺れで目が覚めた。
 しかし子供の私には状況が全く分からない。

 母が叫んだ。

 父がハンドルを大きく回しながら叫んだ。

「ガシャン!!!!!!」

 激しく何かにぶつかる音と共に、身体が放り出されるような感覚。

 私は意識を失った。





「パパ!! ママ!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!」

「水嶌さん!! どうしたの!? 大丈夫!?」

 ハッとし目を開けるとキツく抱き締められていた。
 ぼんやりとしていると抱き締めているその人物が身体を離し、顔を覗き込んで来た。

 とても心配そうに見詰める人は……蒼汰さん
 ホッとした。
 優しい蒼汰さんの顔を見るとホッと出来た。

「大丈夫?」

 そう言うと蒼汰さんは私の頬をそっと撫でた。
 ドキッとするのと同時に、自分の頬がしっとりしていることに気付いた。

「泣いてたよ? 水嶌さん」

 親指でそっと涙を拭ってくれる蒼汰さんにドキドキとしたが、それよりも……私は泣いていたのね……。

「両親の記憶を思い出したんです……」

 あれは「カナデ」の記憶。でも今は私の記憶でもある。身が切り裂かれるように辛くなる。

 蒼汰さんは何も言わなかった。ただ黙って側にいてくれた。

「私はあのとき事故に遭ったんです」

 そして当時のことを話した。
 もう少し大きくなってから祖母に聞いた話では、あの豪雨の山道で対向車が近付いていたことにお互いが直前まで気付かず、回避が遅れ正面衝突をし両親は即死。私は辛うじて命を取り留めたということだった。

 相手側がなんとか無事で、さらにはみ出し走行をしていたのは相手側だということで、多くの保険金が下りた。私の治療費も両親の葬式代もその後の生活も、なんとかやっていけるだけのお金もらうことが出来た。

「あのとき私がわがままを言わなければ……」

 早く帰っていれば……雨が降り出す前に帰っていれば……、今さら言っても遅いことは分かっているが言わずにはいられなかった。「カナデ」自身がこの記憶を取り戻していたら、きっと激しく後悔しているだろうと分かるから。

「水嶌さんのせいじゃない!」

 蒼汰さんは黙って聞いてくれていたが、突然大きな声を上げたかと思えば、再びぎゅっと力強く抱き締めてくれた。

「水嶌さんのせいじゃない」

 身体に響くその言葉に涙が溢れた。

「うわぁぁぁ」

 一度堰を切った感情は抑えることが出来ずに溢れ出すばかりだった。
 泣いて……泣いて……泣いて……


 一体どれくらいの間そうしていたのだろう。落ち着いてくると、蒼汰さんに抱き締められているこの状況が急に恥ずかしくなってきた。

「す、すいません、急にこんな話をして。しかも泣き出したりして」

 そっと蒼汰さんの身体を押しながら身体を離す。きっと涙でぐしゃぐしゃの顔だろう。蒼汰さんの顔が見られない。俯いた。

「大丈夫、今まで辛かったね」

 そう言った蒼汰さんはハンカチを渡してくれると頭を優しく撫でてくれた。

 小さな子供みたいで恥ずかしい、と思ったけれど、でも今は蒼汰さんにこうして撫でられていると心が落ち着くのが分かった。
 だから私はそのまま動かず拒否もせず、ただ黙って蒼汰さんの優しさに甘えた。


 そのあとはなんとか気持ちを落ち着け、蒼汰さんと一緒に帰った。
 途中で先程話していたとき公園のベンチにいたのは何故なのか聞いてみた。だって交差点にいたはずなのに。

「車の事故を目の前で見てしまって、急にフラッシュバックしたんだろうね。覚えてない? 水嶌さん真っ青な顔して倒れそうになってた。だからおんぶしてあの公園まで行ったんだ」

 あのときふわふわと温かい背中に揺られている夢を見ていた。
 そう思っていたのは蒼汰さんに背負われていたからなのね!? は、恥ずかしい……、なんだかぎゅっと背中に抱き付いていたような気がする。

「そのあとベンチに落ち着いたのは良いけど、水嶌さんがあまりに苦しそうで泣き出しそうで……どうしたら良いか分からなくて抱き締めてた……、ご、ごめん」

 そうだ、あのとき、目を覚ましたとき、蒼汰さんに抱き締められていた。
 それを思い出すと急激に顔が火照るのが分かった。は、恥ずかしい!! で、でも蒼汰さんのせいじゃない。

「謝らないでください! 蒼汰さんは何も悪くないじゃないですか! 私は蒼汰さんがいてくれて良かったです……、きっと私一人では抱えきれなかった」

 両親が死んだ日の記憶。一人で受け止めるにはまだ早かったようだ。到底一人では受け止めることも出来ずに、ただ泣きわめくだけだったかもしれない。
 蒼汰さんがいてくれたおかげで、私は今こうやって歩くことが出来ているのよ。
 力強く抱き締めてくれていたおかげで震えが止まった。一人だけ生き残った罪悪感もなくなった。

 そう思うと蒼汰さんには感謝しかなかった。

「ありがとうございます」

 顔は火照ったままなのは分かっていたが、蒼汰さんには感謝を伝えたかった。にこりと微笑むと、蒼汰さんは同じように微笑み返してくれた。
 私はそれだけで幸せだった。
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