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カナデ編

第二十五話 出発!

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 この日は緊張のあまり早くに目が覚めた。なんせお友達と一緒に泊まりで旅行へ行くのなんて初めてだ。「カナデ」の記憶にすらそういった経験はない。もちろん「リディア」にも。
 人生で完全なる初めてなのだ。
 昨夜は緊張してなかなか寝付けなかったというのに、今朝は早くに目が覚めてしまった。子供みたいね、と自身がおかしくて笑った。

 昨夜のうちに用意しておいた荷物を再び確認し、朝食を終え食器を片付けているとインターホンが鳴った。確認すると蒼汰さん! 驚いて慌てて扉を開ける。

「おはよう! 水嶌さん! 準備出来た?」
「お、おはようございます! はい、終わってますが、何かありましたか?」

 確か、今日は洸樹さんのお店前で集合のはず。洸樹さんが車を出してくれることになったので、皆、お店に集合しようとなったのだ。

「あぁ、ごめん、特に何もないんだけど、楽しみ過ぎて迎えに来ちゃった」

 そう言いながら蒼汰さんははにかんだ。

「フフ、私も楽しみ過ぎて、早くに起きてしまいました」
「ハハ、水嶌さんも? 僕も久しぶりの遠出で、しかも大勢でワイワイ行けるのが楽しくて。なんせいつも真崎さんと二人か、僕一人だしね」

 そういえばそんなことを言っていた気がする。いつもは希実夏さんも直之さんも来ないから一哉さんと二人だけのイセケンだと。

「水嶌さんのおかげだね! 水嶌さんがイセケンに来てくれてから、佐伯も直之も来るようになったから賑やかだよ」
「そ、そんな! 私は何も……」

 言葉通り、本当に私は何もしていない。しかも最初の動機は不純だし……、今はイセケンを楽しんでますけどね! 不思議なことが色々あって面白いですし!
 でも……、蒼汰さんがにこにこととても嬉しそうだから、まあ、いいかしら……。

「じゃあ一緒に行こう! 荷物は?」
「あ、はい!」

 慌てて部屋に荷物を取りに行き、部屋の戸締りをしっかりとし、洸樹さんのお店へ。

 部屋の鍵を閉めている間に、私の荷物を蒼汰さんが持ってくれ、そのまま歩き出してしまった。
 慌てて蒼汰さんに駆け寄る。

「蒼汰さん! に、荷物を!自分で持てますので!」

「ん? 良いよ良いよ、そこまでだし」

 にこにこと蒼汰さんはそのまま私の荷物も持ったまま行ってしまう。あうぅ、こういうときどうしたら良いのか分かりません……、無理矢理奪い取るのもおかしい気がするし、何もせず持たせたままなのもおかしい気がするし……、どうしたら!!

「リディア」でいたころは何でも持っていただくのが当たり前、自分で荷物を持ったことなどない。だからと言って今「奏」としては当たり前に持ってもらう訳にはいかない。どんな厚かましい女なのよ、と自分でがっくりしてしまう……。あぁ、どうしたら良いのかしら。

「あ、あの……、蒼汰さん、やはり申し訳ないですし……、自分で……」

 どうしたら良いのか分からず、おずおずと控えめにもう一度言ってみた。

「アハハ、水嶌さんは本当にしっかりした子だね。そんな気にしなくて良いのに、こういうときは「ありがとう」って一言言ってくれるだけで、男は頑張るもんだよ?」

 そう言いながら蒼汰さんはアハハと笑った。

「そ、そうなんですか?」
「そうそう」

 なんか適当にあしらわれているような……、本当なのかしら……。

「あの……、では、すいません、ありがとうございます」
「うん」

 フフ、と蒼汰さんは笑いながら嬉しそうに歩いて行く。これは……、その、今日が楽しみ過ぎて勢いで荷物を持ってくれた感じですかね。わ、分かりませんが、そう思うことにしておきます。

 ウキウキの蒼汰さんと一緒に洸樹さんのお店へ着くと、すでに洸樹さん以外の皆が待っていた。

「おっそいよ、蒼汰!」
「え、そんな遅い!? みんなが早過ぎでしょ!」

 希実夏さんに突っ込まれている蒼汰さん。確かに皆やたらと早いです……。それが何だかおかしくてクスッと笑った。皆楽しみだったのね。フフ。

「蒼汰だけ奏ちゃんと一緒に来たのズルい!」

 直之さんが蒼汰さんに詰め寄った。

「だって水嶌さんと同じアパートだし」
「普通だな」
「直之が馬鹿なのは前からだから」

 一哉さんにも希実夏さんにも突っ込まれる直之さん……、不憫です……。

「むっきー! みんなで俺を馬鹿にする! 奏ちゃ~ん」

 そう言いながら振り向き私のほうへ一歩進む前に、一哉さんにガッと腕で首を抑えられていた。

「うぐっ、早いよ、真崎さん! 俺、まだ何もしてないじゃん!」
「お前が何をしようとしているかなんて見なくても分かるんだよ」
「ひ、酷い……」

 そんな二人の漫才のようなやり取りを見て笑っていると、一台の白いワンボックスカーが現れた。
 洸樹さんが運転席から顔を覗かせる。

「朝っぱらから何やってんのよ、仲良しねぇ」

 洸樹さんは店の前に車を停めると、運転席から降り、後部座席とトランクの扉を開けた。

「荷物は後ろに積み込んでちょうだいね。助手席は一哉で良いかしら? 降りやすい二列目に女性陣ね。一番後ろは男二人で乗りなさい」

「な、なんかここでも差別……」

 直之さんが不満気だった。

「あら、何? 文句でもあるの? 最後列の少し乗り降りしにくいところに女性を乗せようっていうのかしら?」

 洸樹さんが直之さんに顔を近付けニコリと笑った。な、なにやら威圧感を感じます……。

「い、いえ! とんでもございません!」

 美形の洸樹さんにすごまれると迫力があります……。直之さんは顔を引き攣らせながら従っていた。

「あ、あの、私は三列目でも大丈夫ですが……」

 なんだか申し訳なくなり、そう声を掛けてみたが……、あまり意味はなかったようです。

「い、いや! 大丈夫! 奏ちゃんは二列目座りな! 俺、三列目で良いから!」

 慌てて直之さんがそう言ってくれる。本当に良いのかしら……。

「奏ちゃん、気にしなくて良いのよ。女性のほうが色々何かと大変でしょう、二列目のほうが乗り降りしやすいんだから」

 そう言った洸樹さんは急にハッとした顔になった。

「あらやだ! これもセクハラかしら!?」

 蒼汰さんのほうにぐりんと向いた洸樹さん。

「え? あ、あー、セーフ?」
「良かったわ!」

 なんだか不思議なやり取りで思わず笑ってしまいました。洸樹さんのほうがだいぶと年上なのに、蒼汰さんが先生みたいな関係で少しおかしかった。

「もー! ちょっと! 馬鹿なことやってないで、早く出発しようよ」

 希実夏さんが痺れを切らしたようです。

「だな、早く出発しないと着いたら夜だぞ」
「あぁ! そうね! じゃああんたたち乗り込みなさい!」

 一哉さんにも促され、全員荷物を積み込み終わると座席に乗り込んだ。

「じゃあ聖冠山に出発するわよ」
「「「おー!!」」」

「ほら、奏ちゃんも!」

 皆さんの気合いを微笑ましく見ていたら、希実夏さんに小突かれた。えぇ、私もですか!?

 なんだか恥ずかしく小さく控え目に……

「お、おぉ……」

「フフ、奏ちゃんにも気合いをもらったわ! じゃあ出発!!」

 は、恥ずかしいぃ……
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