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カナデ編

第二話 魔術

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 扉を開け中へと入ると、外からは分からなかったが、とても明るく様々な道具や宝石が置かれている。

「綺麗……」

 ランプに照らされキラキラと煌めくそれらのものたちが、お互いを照らし合いさらに眩い輝きで煌めいている。

 店の中は今まで嗅いだことのないような不思議な甘い香りがした。その香りに何だか落ち着くような落ち着かないような不思議な感覚になる。

「おや、お客様ですか、珍しい」

 突然声を掛けられビクッとし、声の主の方へと向いた。
 そこには黒い服を身に纏い、端正な顔立ちの若い男性が立っていた。
 その男性は灰青色の長髪を一つに束ね、深紅の瞳をしている。何やら吸い込まれそうな不思議な瞳。この方が恐らく魔術士。

「あぁ、もしや昨日訪れてくださった方のおっしゃっていたお客様ですか?」
「え、えぇ、多分そうだと……」

 恐らくオルガのことを言っているのよね。オルガは今日訪れることを伝えてあると言っていた。

「どういったご用件ですか?」

 魔術士の男性は物腰柔らかに落ち着いた声で尋ねる。
 部屋に漂う香りのせいか、この人の声色のせいか、何だかふわふわとした気分。

「私、どうしても叶えたい願いがあるのです」

 躊躇うことなく口にしてしまった。このふわふわとした気分のせいだろうか。この人の前では取り繕うことが出来ない。

「どうしても叶えたい願い……」
「はい」
「それはどのような」

「今とは違う人生を歩みたいのです」

 言ってしまった。今までマニカにですら言ったことはない。ずっと心に想いながらも、ずっと我慢をしてきた。その想いを口にしてしまった。
 その罪悪感と解放感。何とも言えない気分……。

「違う人生を……」
「はい」

「方法はないこともないです。しかし……、覚悟はおありですか?」
「はい」

 魔術士の男性は先程までのにこやかな顔とは違い、真面目な顔付きで聞いた。
 覚悟……、もうずっと前から出来ている。

「違う人生を歩む……、魂の入れ替えという魔術があります。しかしそれは危険も伴います」
「はい」

 魔術士の男性は真剣な顔付きで説明を始めた。

 その魔術は全く知らない人間、自分と近しい魂を持つ者と魂を入れ替えることが出来る、と。

 その相手は同じ日の同じ時間に生まれた人間、そしてその方法は誕生日誕生時間のその瞬間に術を発動させる、というもの。

 術を行い失敗した場合、下手をすると意識が戻らなくなることもある。
 魂の入れ替えは人生で二度だけ、つまり一度入れ替えた魂の場合はその魂を戻すことは出来るが再び入れ替えることは出来ない。

 そして……、この魔術は禁術だ、と。

 そういった危険性がある。そこまでの危険を覚悟しても魔術を行いたいのか、と。魔術士の男性は改めて聞いた。

「本当に危険を冒してまで違う人生を歩みたいのですか?」

 危険を冒してまで……。
 記憶を失くした日から今日までずっと我慢をしてきたと思う。楽しいことも幸せなことも確かにたくさんあったのは事実。でもずっと違和感がありながら生きてきたのも事実。

 そんな危険を冒してまで人生を入れ替えるなんてとんでもないかもしれない。入れ替える相手の方にも申し訳ない。でも……でも……、

「それでも……どうしても……」

 この違和感が間違いだと思いたい。違う人生を歩んでみたらやはり自分は「リディア」だったのだと納得出来るかもしれない。そんな我儘な感情。なんて自分勝手な願いなのかしら。でも私は……。

「そうですか……」

 魔術士さんは小さく溜め息を吐くと少し待っていてください、と言い店の奥へと姿を消した。

 店に一人残された私は自己嫌悪やら情けなさやら、不安やら、緊張やら……、そして高揚感やら、とても複雑な心境だった。


 しばらく待つと魔術士さんが何かを手に持ち戻って来た。間近まで来た魔術士さんはとても背が高く見上げる程。手に持つそれに目をやると、華奢な装飾で少し年季の入ったようなくすんだ色味の鏡。

「これは?」
「魔術に使う魔術具です。これを使います」

 そう言うと魔術士さんはその魔術の発動方法を説明してくれた。自分の誕生日誕生時間に呪文を唱える。その呪文は聞いたことのないような言葉。忘れないようにしっかりと何度も繰り返し覚える。そして魂を入れ替える相手とは記憶の共有を行うこと、と説明を受け、その鏡を譲り受けた。


「後悔のないように……」


 最後に魔術士さんはそう呟くとにこりと微笑み店の奥へと姿を消した。
 鏡を大事に抱え、店の外へと出ると、マニカとオルガがホッとしたような表情。

「お嬢大丈夫!?」

 オルガが駆け寄り心配そうにする。マニカも同様に聞いてくる。

「心配かけてごめんなさい。私は大丈夫」
「それは?」

 大事そうに抱える鏡を見てオルガが聞いた。

「これは魔術具……、私の願いを叶えてくれる魔術具」
「お嬢の願い……」

 オルガはじっとそれを見詰め、そして私を見て少し寂しそうに笑った。マニカもオルガも何も言わない。何も聞かない。二人はただ寂しそうに笑うだけだった。


 魔術具の鏡はそっと鏡台にしまい、誕生日が来るのを待った。次の誕生日は十八になるとき。
 その時にはシェスレイト殿下との婚約が正式に決まるだろうと言われていた。

 誕生日の一週間前、お父様から呼び出され、誕生日の翌日に陛下主催のパーティーが行われ、そこでシェスレイト殿下との婚約が正式に発表されることが告げられた。

 あぁ、この時がやって来た。誕生日、そして婚約発表。

 シェスレイト殿下が悪い訳じゃない。だって彼を何も知らないもの。殿下がどうとかじゃなく、私の我儘。


 私は誕生日に魔術を行う。


 その日は朝から屋敷でパーティーが行われ、多くの方と挨拶を交わし、お父様、お母様にも誕生のお祝いをしていただき、感謝を伝えた。

 そしてその夜、部屋には私とマニカだけ。マニカにだけは魔術の内容を伝えた。
 マニカは泣いた。泣いて一度だけ止めた。一度だけ……。

 私の決意が固いと知ったマニカは一度だけ私の言葉を聞くと、それ以上は何も言わなかった。ただ黙って側にいてくれた。

「ありがとうマニカ……、オルガには謝っておいてね」
「お嬢様……」

 マニカはずっと泣いていた。魔術を行う私をずっと見守ってくれていた。

 そして誕生時間、鏡に自分を映し出し、教えられた呪文を唱える。
 鏡が目を開けていられないほどの眩い光を放ち、そして意識が鏡に吸い取られるような感覚に襲われる。

 急激に何かに吸い込まれるような感覚に貧血を起こしたような状態になり、頭がクラッと感じ意識を失った。

 遠退く意識にマニカの叫ぶ声が聞こえた……。

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