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その後編

神聖なる儀式 前編

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※今回の単話は物凄く長くなってしまったため、前後編に分けています。

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 ついにシェスとの結婚式が一週間後に迫って来た。
 一週間後に結婚式を控え、私はルーゼンベルグの屋敷に戻っていた。

 両親に別れを告げるため、結婚への準備のため。王宮ではすでに二人で暮らすための部屋も用意されたと聞いた。

 二人で暮らす……、き、緊張する……。結婚式も緊張するけれど、その後二人の部屋というのも緊張する。

 ルーゼンベルグの屋敷に戻ってきてからは、何かと忙しかった。
 多くの方たちが祝いに訪れ、そのたびに挨拶を繰り返し、お父様やお母様の側で粗相をしないよう緊張しながら、神経を張り詰め挨拶を繰り返すのは相当な疲労感だった。

 毎日繰り返される挨拶に、一日ぐったりとし部屋ではマニカが苦笑しながら身体をほぐしてくれた。

「大丈夫ですか?」
「う、うん。何とかね……アハハ」

 王宮に王妃教育を受けに行くときはあれほど嫌だと思ったのに、今や王宮のほうが恋しくなってしまっていることに笑った。

「ラニールさんの料理が食べたい~」

 椅子に項垂れながら呟くと、マニカはクスッと笑った。

「結婚式が無事終わればまた行けますよ」
「うん、そうなんだけどさ。今! 今食べたいのよー! みんなに会いたい……」

 一週間だけだと言うのに、王宮にいる皆に会いたくて仕方ない。
 ラニールさんはもちろん、ルーにイル、キース団長や騎士の方々、レニードさんにフィリルさん。
 それにゼロ。ゼロに乗って大空を飛び回りたい。

「はぁぁあ」
「お嬢様、溜め息ばかりですよ。少しは控えてください」
「分かってるんだけど寂しくて」
「フフッ、殿下にも会えていませんものね」

 マニカがそう言って微笑むと、頬が火照った。
 そうシェスにも一週間会えない。王族のしきたりで、結婚式が行われる一週間前から婚約者同士会うことが許されない。

 お互いの家、王族は城だが、そこから一週間外出が許されない。一週間家で過し、そして式当日、妃となる女性は他人に姿を晒すことなく、大聖堂に向かいそこで初めて王子と対面を果たす。

 そして王子と共に厳かな大聖堂を二人で歩いて大司教の元まで行くのだ。

「緊張する……」
「フフッ、そうですね。普通の結婚式とは違いますから余計に緊張されますよね」
「うぅ、失敗しないかしら」

 何かやらかしてしまいそうで怖くて仕方ない。

「大丈夫ですよ、何かあってもきっと殿下が助けてくださいますよ」
「う、うん。何もないのが一番だけどね」

「お嬢なら大丈夫だよ」

 オルガが少し寂しそうに微笑んだ。この一週間オルガは口数が少ない。しかし何かを言ってくるでもなく、ずっと黙って側にいてくれた。

「オルガ……、ありがとう」
「うん。お嬢、幸せになってね」
「うん、ありがとう。ありがとう、オルガ」

 泣いてしまいそうだったが、グッと堪らえた。私が泣く訳にはいかない。
 オルガは最後にとても優しい微笑みを向けてくれた。


 それから一週間後。

 とうとうその日がやって来た。

 朝から準備に取り掛かる。お風呂に入り、香油マッサージを施し、メイクアップ。清楚で上品な化粧と、髪は頭の高い位置に綺麗に纏め上げ、スッキリとした雰囲気で。

 ドレスは純白のドレス。この国は結婚式で白以外のドレスでも普通だが、ここはやはり白を着たかった。
 純白に瑠璃色と銀色のラインが入り、全身に細かな宝石が散りばめられキラキラと煌めく。
 後ろの裾がとても長く一面に銀糸で刺繍が施されているため、背後から見るととても美しく煌めき、刺繍の繊細さが一層際立つ。

 首元は薄いレースで顎の近くまで覆われ、袖も手の甲を覆う長さ。
 清楚で上品に素肌は一切隠されたドレス。式が終わるまでは素肌を晒してはいけない。これも王族ならではのしきたりだった。

 頭にはベールが取り付けられ、ベールにも宝石が散りばめられているためキラキラとしていた。

「お嬢様、お綺麗です……」

 マニカが涙ぐみながらそう言ってくれた。

「ありがとう、マニカ」

 私も涙ぐみそうになったが、お化粧を崩す訳にはいかない。必死で堪らえた。

「オルガにも見せてやりたかったですね」
「うん」

 男性であるオルガには花嫁姿を見せてはいけない。従者であっても、式当日には屋敷全員の男性使用人が、姿を見ないよう部屋で控えていた。

 オルガとマニカは式の最中、大聖堂には入ることが出来ない。式が終わった後にしか姿を見ることが出来ない。
 一番身近な二人に式を見てもらえないことが、とても寂しかったが、それが王族のしきたり。どうしようもなかった。

 式には王族の方々、お父様お母様、各国から参列した国賓の方々、それと侯爵家以上の方々、それだけの参列だ。


 お父様とお母様は私よりも先に大聖堂へと向かう。

「リディア、幸せにな」
「殿下にご迷惑をおかけすることがないように」

 お父様とお母様に声を掛けられた。お父様はともかく、やはりお母様は厳しいわね。苦笑した。
 そう思っているとお母様は頬に手を伸ばしそっと撫でた。

「幸せにおなりなさい」

 驚いてお母様の顔を見詰めると、少しだけ微笑んだお母様。

「お母様……」

 あぁ、泣いてしまいそう……。

「しっかりなさい」

 それに気付いたお母様から叱責される。ありがとう、お母様。

「はい、今まで育てていただいてありがとうございました」

 お父様とお母様は少しだけ微笑むと、屋敷を後にし大聖堂へと向かった。


 お父様とお母様を見送りエントランスにはマニカを含めた侍女たちだけ。皆、嬉しそうな顔で微笑んでくれている。

「では、そろそろ参りましょう」

 マニカが私の手を取り、馬車までエスコートしてくれる。御者は私が乗り込んでからやって来る。
 長い裾のドレスに気を遣いながら、馬車に何とか乗り込み、マニカも向かいに座る。

 馬車の扉が閉ざされると、御者が現れ出発の声を掛けた。外からは侍女たち、それに部屋で待機していた男性使用人たちの声が聞こえた。

 皆、口々に「リディアお嬢様、おめでとうございます! お幸せに!」と声を上げてくれている。その中に聞き慣れた声が……

「お嬢! 幸せにね!! 絶対に! 絶対に幸せになってね!!」

「オルガ……」

 あぁ、また泣きそうだ。オルガ、大好きよ、ありがとう。


 馬車はルーゼンベルグの屋敷を出発し、然程時間もかからぬ距離の大聖堂へと到着した。
 マニカが先に降り、手を貸してくれる。
 大聖堂の入口付近は人払いがされており誰もいない。シンと静まり返ったその場所が大聖堂の荘厳さを際立たせた。

 荘厳なるコルナーラ大聖堂。建国の神とされるコルナーラ神を祀り崇めている。この国の名でもある王家の名、それはこの神の名から戴いたとされていた。

 厳かな雰囲気に圧倒され大聖堂を見上げていると、扉が開かれシェスの姿が見えた。

 太陽の光を浴び、キラキラと煌めく銀髪。そしてドレスと合わせてくれた、純白に瑠璃色と銀色のラインの入った正装がより一層シェスの美しさを際立たせ、眩いくらいの輝きを感じ目を細めた。

 シェスは大聖堂前の階段をゆっくりと降りてくると、はにかみながら少し頬を赤らめ手を差し伸べる。

「綺麗だ、リディ、本当に美しい」

 瑠璃色の綺麗な瞳を潤ませ優しい微笑みでそう呟かれると、嬉しさと恥ずかしさと、緊張と喜びと、色々な感情が湧き出て泣きそうになってしまう。

「ありがとうございます、シェスもとても素敵です」

 差し出されたシェスの左手にゆっくりと右手を乗せ、シェスはギュッと一握り握り締めたかと思うとそれを緩め呟いた。

「では、行こう」

「はい」

 シェスは私の右手を乗せたまま、階段先へと促した。
 マニカとはここでお別れ。

 ゆっくりと気遣いながらシェスは進んでくれた。そして階段最上部まで辿り着くと、扉の前で深呼吸をし、顔を見合わせ微笑み合った。

「行こう」

 シェスは扉を開き、中では司教らしき方が扉を支えてくれていた。

 シェスは胸の高さまで左手を上げ、私の手を持ち上げる。そのまま引かれるがままに大聖堂の中心部へ向かう。

 正面には巨大なコルナーラ神の像。両脇には参列者が座っている。お父様やお母様、陛下や王妃様のお姿、それにルーとイルの姿も見えた。

 厳かな雰囲気に緊張するが、ルーとイルの姿を見付け、少しだけ緊張が解れ嬉しくなった。

 大司教の前まで辿り着くと、シェスはゆっくりと手を降ろし、少しだけその手を撫でるとそっと離れた。

 大司教は教典を読み上げる。

 それが長い。ひたすら長い。寝てしまうのでは!? というくらい長いのよ。
 ずっと立っているのも辛いし。で、でも我慢するしかないのよね。つ、辛いわぁ。

 横に立つシェスをチラッと見ると、真面目な顔で大司教の話を聞いている……、聞いているのよね?
 そこは王子だしね、しかも私みたいにベールで顔が隠れたりとかしてないものね、真面目に聞かないと駄目よね、ごめんなさい。

 何となくルーが吹き出しそうになってそうな気がする……。気のせいかしら。

「それでは宣誓を」

 ボーッとしてたら大司教の話が終わってた! 危ない危ない。慌てて大司教に集中。

 差し出されたものは先程大司教が読み上げていた教典。
 この国では指輪の交換などはない。司教の前で宣誓するのみだ。
 その分厚い書物の上に私が右手を置くと、その上からシェスが左手を重ねる。

「私の思うように宣誓してもよろしいか?」

 シェスが突然大司教に尋ねた。
 え? シェスが自分の言葉で宣誓? 確かここは決り文句を告げ、大司教が聞き届けました、で終わりだったような……。

 大司教は驚いた顔をしたが、決り文句はあるが確かにそれが必ずの決まりではない。頷いて見せた。

 シェスは私の手を握り締め、こちらに顔を向けた。

「私はリディアに出逢えて心から良かったと思う。それまでの私は喜んだり悲しんだり、そういう心からの感情が欠けていた。リディアと出逢えて私は自分がそういった感情を取り戻すことが出来たと思っている。君に出逢わなければそんな心の温かさも忘れたままだったと思う」

 シェスは真っ直ぐに私を見詰めた。

「シェスレイト・ロイ・コルナドアはリディア・ルーゼンベルグを心から愛しています。これからもずっと一生愛していると誓う。だから私の側にいて欲しい。私と共に生きて欲しい」

 シェスは瑠璃色の瞳を潤ませ、真剣な顔で愛を告げてくれた。

「リディア・ルーゼンベルグ、貴女の宣誓を」

 大司教が頬を緩ませ問うて来た。

「わ、私……、私は……」

「リディ?」

 シェスが心配そうに顔を覗き込む。少しオロオロしながら。その姿が先程の格好いい宣誓と差がありすぎて可愛いわ……、って、それどころじゃない!

 私はもう我慢しきれなかった。だって……、だって!! まさかあんなサプライズで愛の告白を再びしてくださるなんて!
 もうこんなの我慢出来るはずがないじゃない!

「私もシェスを愛してますぅ~!!」

 号泣してしまった。ヤバい、他国からの国賓もいるのに。
 いつもの皆の前とは違うのよ、堪えないと!

 グスグスと涙が流れているのを、シェスは笑いつつベールの下から手を入れハンカチでぬぐってくれた。

「シェス、シェス、ズルい。そんな素敵な言葉をこんなときに言ってくれるなんて」
「フフッ、ずっとこのときに言おうと思っていた」

 クスッと微笑んだシェスと笑い合った。
 大司教は怒るでもなく、微笑ましいといった表情で見守ってくれていた。
 そして一つ咳払いをすると再び聞いた。

「コホン、えー、ではもう一度、リディア・ルーゼンベルグ、貴女の宣誓を」

 何とか涙を堪え、深呼吸をしてから言葉にした。

「私、リディア・ルーゼンベルグはシェスレイト・ロイ・コルナドア殿下のことを心から愛しております。私も一生を賭けて愛することを誓います。どうか私をずっと側に置いてください」

 シェスを見るとはにかんだ笑顔が眩しかった。あぁ、可愛い。

「神の御前で宣誓をされました! ここにいる皆様方が証人です! コルナーラ神の祝福を!! 前途ある若き二人に祝福を!!」

 大司教が声高らかに告げると大聖堂の鐘が鳴らされた。
 そしてシェスは私のベールを持ち上げると、ゆっくりと顔を近付け、そして優しく唇を合わせた。

 一斉に参列者が立ち上がると皆が盛大な拍手を送り、大聖堂の扉が開かれる。

 鐘が鳴り続ける中、それを合図とばかりに一斉に外からも歓声が聞こえて来た。
 人払いされていた街の人々が大聖堂の周りに集まって来ていたのだった。

 開かれた扉からは外の光が差し込み、まるで輝かしい未来への道のりのよう。
 シェスは腕を差出し、私はその腕に手を添える。

 シェスが歩み始めるとそれに続く。

 お父様、お母様、陛下に王妃様、ルーにイル、皆とても嬉しそうな顔をしてくれていた。ルーは若干笑いを堪えているようにも見えたけど……。

 眩しい光に目を細め、扉から外へと出ると、眼下には大勢の観衆が拍手をしてくれていた。
 皆、私たちの名を叫びお祝いの言葉を述べてくれている。

 その光景を夢見心地のような気分で眺めていると、私とシェスの両横から人が近付いて来た。

「お嬢様、おめでとうございます」
「お嬢、おめでとう!!」

「「殿下、おめでとうございます」」

 マニカにオルガ、ディベルゼさんとギル兄だった。

「お嬢、めちゃくちゃ綺麗だぁ!!」

 オルガは泣いていた。

「お二人とも本当に素敵ですよ」

 ディベルゼさんも珍しく褒めてくれる。シェスが微妙な顔になったわ。

「何ですか? 私だってたまには褒めますよ?」
「たまにはとは何だ、たまにはとは」

 フフッ、二人のやり取りが安心する。

「さあさあ、お二人とも、皆さんに手を振ってあげてくださいね。お二人をお祝いしに来てくれた国民の皆さんですよ」

 そう促され、眼下に集まる人々に手を振った。
 階段には両脇に騎士団も警護として整列し、剣を掲げてくれていた。その中にはキース団長の姿も見えた。少しだけこちらに顔を向けたキース団長はニコリと笑い、そしてまた正面に向き直す。

 あぁ、キース団長、ありがとうございます。


 そうして式は無事に終わり、夜はというとパーティーよね。それはそうですよね。日本で言う披露宴みたいなものよね。
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