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本編 リディア編

最終話 幸せのために

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《――――――――――》

 全ての言葉を復唱し終えると、鏡は眩い光を放ち目が眩む。恐る恐る目を開けると、鏡の中には……。


「リディア!!」

 皆が驚き覗き込む。
 鏡の中には以前の私の顔……、カナデが映っていた。

『カナデ? カナデですか!? 本当に!?』
「リディア!! 良かった! 連絡が取れて!」
『魔術は発動しなかったのですよね? 一体どうやって……』

 鏡の中のリディアは不思議そうな顔をする。イルに教えられ違う魔術を発動させたことを伝えると驚いていた。

『元気そうですね、あなたがご無事で良かったです。私の我儘に付き合わせてしまって本当に申し訳なかったととても後悔していたのです』
「うん、最初は驚いたし、何て勝手な! って思ったりもしたけど……、私はここでとても幸せに過ごせたよ」

 リディアは少し申し訳なさそうな顔をしたが、幸せという言葉を聞くと微笑んだ。

『あなたが幸せで良かった。シェスレイト殿下と仲良くなれたのですね?』

 その言葉に先程のシェスの告白を思い出し、一気に顔が火照る。ちらりとシェスに目をやると、横で聞いていたシェスまで真っ赤になった。

『フフ、とても素敵な恋をしているのね』

 恋……、恋! はっきりそう言われるとますます恥ずかしくなる。

「リディアはどうなの? そちらで過ごしていて幸せ?」
『えぇ、私も素敵な恋をしましたの。とても優しい方で……、離れたくないのです』
「リディア……、それってそのままその世界にいたいってこと?」

『…………、えぇ。カナデは違いますか?』

 リディアは少し躊躇った後、意を決するように強い瞳で答えた。

「私は……」

 シェスが私の手を強く握り締める。振り向くとシェスは真っ直ぐな瞳を向けた。
 うん。私は……。

「私もここにいたい」

 シェスは強く握り締めた手を少し緩め、私の手を撫でた。そして安堵の表情を浮かべていた。

『良かった。私たちは本来の姿に戻るのですね』

 鏡の中のリディアはにこりと微笑んだ。

「!! 知ってたの!?」
『つい先程です。何かが弾けたように記憶が蘇った。私は五歳のときに交通事故に遭い記憶を失くしました。それまでの記憶は私がカナデだった。幼くてあまり覚えてはいませんが、それでも優しい両親を覚えています。私たちは幸せな家族でした』

 穏やかな顔で話すリディアはもうカナデとして生きる覚悟を決めていた。

『私はカナデです。水嶌奏みずしまかなで。私はこちらで生きて行きます。あなたはリディア・ルーゼンベルグとして生きてください。幸せにね』
「リディア……。違った、奏。あなたも幸せにね」
『えぇ、ありがとう』

「お嬢!! 幸せにね!!」

 横からオルガが叫んだ。

「お嬢様、私も貴女様の幸せを祈っております!」

 マニカも同様に叫ぶ。マニカが叫ぶなんてね。

 鏡の中の奏は驚き、そして喜んだ。

『ありがとう、マニカ! オルガ! 二人共大好きよ!』

 幸せそうな顔の奏は少し涙ぐんでいるように見えた。そして鏡から姿を消した……。




「魔術の効力が切れたようだね」

 イルが言った。

「ありがとう、イル。奏と話せて良かった」
「うん」

 イルは微笑んだ。

「これで一件落着か?」

 ルーが声を上げる。

「一件落着……なのかな?」
「そうだろう、お前はリディアなんだろ? このままここにいるんだろ?」

 ラニールさんが頭を撫でながら聞いた。
 少し放心状態だったため呆然としてしまったが、そうよね。そうなのよね……、もうこのまま私はここにいるのよね。
 そう思うと今まで苦しかった想いがすっと胸から消えた気がした。

「リディはこのままでしょ?」

 そう言いながらイルが抱き付いて来た。

「!!」

 シェスが驚愕の顔になりイルを思い切り引き剥がし、乱暴に後ろに放り投げた。

「痛い!」
「リディに触るな」

 シェスの声が怖い……。最恐の冷徹王子降臨! じゃなくて!
 ルーとラニールさんは苦笑しているし。


「さて、一段落したところでですが、リディア様が行った魔術、これは恐らく禁術です」
「!!」

 ディベルゼさんの言葉に和やかな雰囲気だった空気が凍り付いた。ギル兄も眉間に皺寄せている。

「私は捕まりますか?」

 リディアが禁術を使った、それは私がやったのと同じこと。罪ならば償わなければならない。
 それは何となく分かっていた。

「ルゼ!!」

 シェスはディベルゼさんに詰め寄ったが、ディベルゼさんは冷静に話す。

「魂の入れ替え、これは禁術。しかしながらお話を聞くとどうやら魂の入れ替えは偶然に起こってしまった出来事。不可抗力。そしてリディア様が行った術はその魂を戻すために行われた。本来あるべき姿に戻すための術。これならば恐らく違法性はないでしょう」
「!! 良いのですか!?」
「元に戻しただけですしね」

 ディベルゼさんはにこりと微笑み、皆、ほっと胸をなでおろす。

「お前は! いつも余計なんだ!」
「余計とは何ですか、大事なことですよ。リディア様が捕まったらどうするのです」
「ぐっ」

 どうやってもディベルゼさんには敵わないのだな、と可笑しくなり笑った。

「フフ、ありがとう。皆さん。私は本当に幸せ者です。本当に……。これからリディアとして生きていきます。よろしくお願いしますね」

 皆、笑った。これからではなく今までもリディアだろう、と突っ込まれた。
 あぁ、何て幸せなんだろう。

 涙が零れた。辛く苦しい涙でも、切ない涙でもない。
 嬉しくて幸せで……。


 結局誕生パーティーは私たちが飛び出して行ってしまったため、残された者たちで片付けをしてくれたようだ。

「皆さん心配されておられました。今日はもう遅いですから、明日にでも安心させてあげてくださいね」

 ディベルゼさんにそう促され、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 明日、皆に謝りに行こう。


 翌朝から昨晩パーティーに参加してくれていた人たちの元に通い謝罪して回った。
 皆、とても心配をしてくれていて、何事もなかったと伝えると安堵の顔をした。

 最後に魔獣研究所へ向かう。研究所内でレニードさんや他の研究員の方々にも謝罪し、ゼロに会いに向かった。

「ゼロ!」
『リディア』
「私、あなたに幼い頃会ったリディアだったよ」
『あの時に会ったリディア……』
「うん、私、この世界の人間だった……」

 昨晩あったことをゼロに説明すると、ゼロは喜んでくれた。

『ではもう二度と離れることはないのだな』
「うん!」

 ゼロの首元に抱き付いた。

「リディ!!」

 後ろから声を掛けられ振り向くとシェスがこちらに向かって来る。

「シェス」

 ゼロから離れシェスの方へ向いた。

「リディ、話したいことがある…………、本当なら昨夜言おうと思っていたのだが…………」
「はい」

 昨夜は色々大変だったしね。苦笑したが、昨夜……、シェスの告白をまた思い出してしまい、顔が熱くなる。
 あわわわ、ど、どうしよう、変に思われる!

 慌てて熱い頬を手で隠しチラリとシェスを見ると、シェスはそれどころではなさげだった。

「いや、あれは言ったも同然……、いやしかし、あれはリディを止めたくて言った訳で……、いや……」

 ぶつぶつ言ってる。
 完全に私を見てないわね。何だかパニックになってる? その姿が可愛くてクスッと笑った。

 意を決したようにシェスはバッとこちらを向き、

「リディ!!」
「は、はい!!」

 び、びっくりした。

「リディア・ルーゼンベルグ。君を愛している。…………私と結婚して欲しい」
「!!」

 そう言うとシェスはポケットから小さな箱を取り出した。
 その箱の蓋を開け差し出す。
 何て綺麗な指輪……。私があげたブローチと同じ宝石。シェスの色。美しい瑠璃色の中に金色の粒。光が当たりキラキラと煌めいている。

「すでに婚約しているくせに今さら、と思われるかもしれないが……」
「そ、そんなこと!」

 シェスはフッと笑い、

「自分の口からちゃんと伝えたかった。王家の伝統の指輪ではない。私が自分で選んだものを渡したかった。受け取ってもらえるか?」

 少し震えている? 冷徹王子と呼ばれるシェスが?
 信じられなかった。こんなに必死に想いを伝えてくれるなんて。

 あぁ、何て愛おしい。

「…………、返事は?」

 緊張気味に問われた。そんなの答えは決まってる。

「はい、喜んで」

 涙を堪え微笑んだ。駄目だ、また泣いてしまいそう。最近色々あったせいで涙腺が壊れてる!

 シェスは安堵の表情を浮かべ、そしてはにかんだ。
 か、可愛い! 何その可愛い顔! 撫で回したくなっちゃう!

 シェスは箱から指輪を取り出し、私の指にはめた。
 そしてそのままシェスは私の両手を握り、確かめるように触る。

 それが何だか恥ずかしいやらくすぐったいやら。

 そう思っていると、私とシェスの間を遮るように、ゼロがニョキッと首を突っ込んで来た。
 驚き二人とも手を離すと、シェスがゼロに向かって怒鳴った。

「ゼロ!! お前は!!」

 その姿が可笑しくて笑った。そうだ、私まだ……。
 シェスに近付き耳元で囁いた。

「ねぇ、シェス、私の秘密教えてあげる」
「!? まだ何かあるのか!?」

 驚いたシェスは私の顔を見た。
 その瞬間、背伸びをし、シェスの首元に抱き付き顔を近付け唇と唇を軽く重ねた。
 吐息が唇にかかる距離で囁く。

「私ね、シェスが大好きなの」
「!!」

 パッと抱き付いていた腕を離し、ゼロの方へと走った。

「リ、リディ!!」

 チラリとシェスを見ると真っ赤な顔で、口元を手で押さえていた。フフ、可愛い!




「リディア様のほうが一枚上手でしたねぇ」
「ルゼ……」
「女性から唇を奪われるとは……ブッ……ククッ……」

 ディベルゼは笑いを堪えきれずにいた。
 シェスレイトは真っ赤な顔で口元を押さえたままディベルゼを睨む。

「良かったですねぇ、殿下の想いが伝わって」

 ギルアディスはほっこりしていた。その発言にディベルゼは苦笑し頷く。

「本当に良かったですよ」
「あぁ、心配をかけた」

 ゼロと戯れるリディアを眺めながら呟いた。


「おーい! リディ! 乗馬しようぜ!」
「リディ、フィンとの練習付き合ってよ!」
「リディア! お菓子作りのことだが!」

 ルシエス、イルグスト、ラニールが現れリディアに声を掛けている。研究所からレニードまで出て来た。

 マニカとオルガもリディアの側で楽しそうだ。

「私の婚約者殿は独り占め出来そうにないな」

 そう言いながら苦笑するシェスレイトたちも、リディアに向かって走り出すのだった。





「こうして私は異世界での知識を活用しまくり、奇抜な発想と驚かれながらも様々なことを成し遂げ聖女扱いに!」
「リディ、聖女って……、それ、自分で言うのか?」
「シェス! だって誰も褒めてくれないし……」
「私が褒めるだけでは駄目なのか?」
「シェス……、フフ、ありがとう、大好き」
「!!」

 その後、奇抜な発想で国を発展させ続けたリディアは、その親しみやすい性格も相まって国民の間で人気となった。
 冷徹王として畏れられていたシェスレイトも、王妃リディアの前ではデレデレだと不本意ながらも有名になり、何だかんだと二人は国民に慕われ愛された人生を送ったのだった。


 完



*************************

後書きです

最後までお読みいただきありがとうございます!
これにて異世界で婚約者生活!完結です!

初めての令嬢作品でどうなることかと思いましたが、このような拙い作品をたくさんの方に読んでいただき本当に嬉しいです!
長い間お付き合いくださり本当に嬉しく感謝しかありません。ありがとうございました!

今回のお話は恋愛をメインにしようと思っていたので、国営病院、騎獣、お菓子販売、イルグストの国、二人の結婚式などのその後については想像にお任せします。
今後どうなっていくのか、それは結論を出さない形で終わることは最初から決めていましたので(^^;

本当に長い間お付き合いくださりありがとうございました!


余談ですが、現在小説家になろうではその後の話を単話で、そして日本へ行ったリディアのお話「カナデ編」を投稿中です。
こちらでもまた投稿するかもしれませんが、現在新作と同時進行中で執筆が週一更新のため、今後どのように進めるか予想出来ておらず、こちらでの投稿は今のところ時期等は未定です。

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