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本編 リディア編

第八十八話 初めて伝えた心!?

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《――――――――――》

 目を瞑り「リディア」の記憶にある、あの魔術の呪文を唱える。今まで聞いたことのないような発音。
 それを唱え終えると、鏡の中に意識が吸い込まれるような感覚……、あの時はそうだった。


 暗がりの中、シンと静まり返る部屋で呆然とした。


 何も起こらない。


「な、何で!? …………、何で、何も起こらないの!? 呪文は間違ってないはず……」

 何度も試した。
 しかし何も起こらない。

 一体どういうこと!? 何で!? 元に戻れないの!?
「リディア」はどうなるの!? きっとあちらの世界で待っているはず。そして何も起こらない理由も分からず不安なはず。どうしたら良いの!?

 どうしたら良いのか全く分からなくなってしまい泣きそうだ。


「お嬢!!」

 扉を叩く音がしオルガの声がした。

「お嬢!! ここを開けて!!」

 オルガ……、心配してくれている声……、でも会えない。私はリディアじゃない。しかも今のこの状況をどうしたら良いのか分からない。
 オルガの声を聞くと我慢していた涙が零れてしまった。

「お嬢!! みんな心配してる!! とにかくここを開けてよ!!」

 必死に声を殺した。う……うぅ……、私って本当に駄目だな……、結局何も一人で出来ない。魔術が発動しないことでどう対処したら良いか分からなくなってしまった。情けない。
 会えないくせにオルガの声を聞くと安心するなんて。

「お嬢様!!」
「リディア!!」
「「リディ!!」」

 オルガとマニカだけでなく、ラニールさんとルー、イルの声も聞こえた。
 皆来てくれたんだ……。嬉しい。こんなときですら心配をしてくれることに喜ぶ自分に嫌気が差す。

「お嬢!!」

 オルガはひたすら扉を叩き、ガチャガチャと引っ張っている。

 もうどうしようもない。
 魔術は発動しなかった。戻れなかった。理由は分からないけど、今はもうどうしようもない。

 泣き腫らした顔のまま扉にそっと手を掛けた。

「オルガ……」
「お嬢!! そこにいるんだね!? 開けてよ、大丈夫だから」

 オルガの優しい声が安心させてくれた。
 鍵を開け、そっと扉を開いた。廊下から光が差し込み、月明かりだけだった室内に光が広がる。

「お嬢!!」

 皆が名を呼んでほっとした表情を浮かべていた。皆に心配をかけてしまったね。

「ごめんなさい……」
「謝らないで、お嬢……、今、君はどのお嬢?」
「!?」

 どの!? どういうこと!? オルガは何を言っているの!?
 マニカも驚いた顔をしている。ラニールさんやルー、イルは何を言っているのか分からないといった顔。

 オルガはそっと私の両手を握ると微笑んだ。

「幼いときのお嬢? それともその後十八歳までのお嬢? それか、のお嬢?」
「し、知ってたの……?」

 オルガは目に涙を溜めながらとても優しい顔を向けた。

「何年お嬢を見てると思ってるの? 分かるよ、お嬢のことは何でも」

 にこりとオルガは笑い、握る手に力を込めた。

「お嬢が何も言わないから知られたくないんだろうな、って思って何も聞かなかった。いつかは話してくれるかな、と思ってた」
「ご、ごめんなさい、オルガ……」

 さらに涙が溢れた。もう化粧もなにもかもぐしゃぐしゃだ。

「リディア、大丈夫なのか? どうしたんだ? 何があった。説明してくれ」

 ラニールさんが訳が分からないと聞いて来た。そうだよね、皆にはきちんと説明しないと……。


「リディ!!」

 その時こちらに走って来るシェスが見えた。

「!!」

 シェス……、さっき逃げてしまった。問われて混乱したとはいえ、シェスの言葉を無視し拒絶し逃げ出してしまったのは事実だ。
 怖い……、シェスと顔を合わせるのが怖い。

 思わずまた咄嗟に部屋へと逃げ込んでしまう。

「リディ!! 待ってくれ!!」

 シェスはオルガたちをすり抜け部屋へと入り、逃げようとした腕を掴んだ。
 そしてそのまま勢い良く引っ張られ、シェスの腕の中へと抱き締められた。

「は、離してください!!」
「嫌だ!!」

 いくら細身のシェスだろうとやはり男性の力には敵わない、しっかりと抱き締められ身動きが取れない。
 泣き腫らした顔のまま、さらに一層涙が溢れる。

 もう嫌だ。シェスに嫌われたくないのに。このまま私の正体がバレたらきっと嫌われてしまう……。

「うぅ……、離して……離してよ……」
「嫌だ!! 私は!!」

 シェスは一瞬言葉を選ぶかのように止まった。そして抱き締める腕にさらに一層力を込める。

「私は君が好きなんだ!! 君が誰だろうと関係ない!! 今の君を愛している!!」

 シェスは力強く抱き締めたまま耳元でそう叫んだ。


 私のことが好き? シェスが私を? 今の私を? 「リディア」ではなく「私」を愛していると言ってくれたの?

「ほ、本当に……?」

 小さく呟いた言葉をシェスは聞き逃さなかった。ゆっくりと身体を離し、肩をしっかりと掴んだままシェスは真っ直ぐに見詰めて来た。
 月明かりに照らされたシェスの顔は真剣な顔付きで、銀髪がキラキラと煌めき神秘的だった。

「本当だ。今の君を愛している」
「わ、私……、あなたに隠していることがあるのに?」
「言いたくなったら言えば良いし、言いたくないのなら言わなくても良い。私の気持ちは変わらない」

「私は君を愛している」

 もう一度しっかりとシェスは目を合わせ言った。そして片手が頬に触れ、顔が近付いて来る……。


「はい!! 今はそこまでにしてくださいね!!」

 シェスの背後からディベルゼさんが声を掛けた。

「いちゃいちゃは二人きりのときにお願いしますよ!」

 何が起こったのか分からず固まっていたけど、あれってまさか、キ……、!!!!
 キャー!! え、いや、その前に私のことを愛してるって、え、夢!? 現実!?
 頭が変になりそう!! 驚いてすっかり涙は止まったが、ボロボロの顔は火照るし! 両手で顔を隠した。

 シェスはというと赤くなりながらもディベルゼさんを睨んでいた。
 余計なことを言うな、とか言いながらディベルゼさんと喧嘩をしている。
 それを呆然と眺めているとその視線に気付いたのか、シェスはこちらを向き、顔を赤らめたまま微笑んだ。
 その顔があまりに優しげで、少し照れた姿が愛おしい。
 目を合わせているのが恥ずかしくなってしまい顔を伏せた。


 オルガとマニカが駆け寄って来る。

「いっぱい心配かけてごめんね。大丈夫だよ」

 オルガはずっと知っていて何も聞かず側にいてくれたんだな。

「オルガ、ごめんね、ありがとう」
「ううん。謝らないで」

 オルガはにこりと笑った。

「さて、リディア様、ご説明をお願いしてもよろしいでしょうか」

 ディベルゼさんがシェスと話していたのをこちらに向き直し言った。
 その言葉にこの場にいる全員が私に注目する。

 マニカがそっと私の手を握った。ありがとう、マニカ。心強いよ。

「はい」

 暗いままだった部屋に灯りをともし、明るくなった部屋で皆が椅子に座り落ち着くと話を始めた。
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