上 下
83 / 136
本編 リディア編

第八十三話 販売委託!?

しおりを挟む
「こちらのパン屋でお菓子の販売をお願い出来ないかと思いまして」
「お菓子??」
「えぇ」
「お菓子っていうとあのお菓子かい?」

 ロキさんが指差したものは以前このお店で買ったお菓子。茶色く一口サイズくらいの大きさで、試食したときの感想は……、パンだった。

「こちらを試食していただけませんか?」

 昨日ラニールさんと作ったパウンドケーキとクッキー。今日は交渉のために持って来たのだ。
 ロキさんとメリンダさんは興味津々にそれらを一つ取ると、匂いを嗅いだり見た目を見てから一口食べた。

「「!?」」

 二人共驚愕の顔をした。

「何だいこれ!! お菓子って、こんなもの食べたことないよ!!」

 ロキさんが驚愕の顔のまま声を張り上げた。メリンダさんは落ち着きながらも信じられないといった顔だ。

「本当に……、これ一体何?」
「お菓子ですよ。パウンドケーキとクッキー」
「あぁ、まあ見た目はねぇ、でも私たちが知るものとは全く違うよ」

 メリンダさんは不思議で仕方ないようだ。
 そこでこれらのお菓子を作ることになった経緯やら材料、作り方を話した。そしてそれを委託したいことも。

「はぁ……、なるほどな……。凄いね、リディアちゃん。こんなことを思い付くなんて……」

 ロキさんは感心した、と溜め息を吐いた。

「それで、どう? やってくれる?」

 ルーが念押しに聞いた。
 ロキさんとメリンダさんは顔を見合わせ、そして……、ニッと笑い合った。

「もちろん! うちでさせてもらえるなんて光栄だよ!」
「私も賛成よ。こんな美味しいものをみんなに食べてもらえないなんてもったいないものね!」

 その言葉を聞き、ルーと顔を見合わせ喜んだ。やはりこの店に頼んで正解だった。ほっとした。

「これから材料を仕入れるための交渉にも行くんです。仕入れの材料はこちらのお店に届けてもらって大丈夫ですか?」
「あぁ、もちろん!」

 そう言って今度はロキさんが契約書を作成しようと言い出した。
 私には管理し続けることが出来ないと思われるから、全てロキさんたちにお任せする、と伝えたのだが、そこはちゃんと契約書を交わしたほうが良いと念を押され、仕方なくサインをすることに。
 これで私は委託主となった訳だ。

 その後ロキさんに持って来た材料で試作を作ってもらい作り方を覚えてもらった。その間メリンダさんはうきうきしながらロキさんの作る姿を見ていたのだった。

 パン屋での交渉を終え、今度は材料確保のためにあちこちの店へ足を運ぶ。どの店の人たちにも試食を食べてもらい説明をすると、皆快く引き受けてくれた。
 それらの材料はロキさんたちのパン屋へ届けてもらうことに。

 後はロキさんがパンを作る合間にお菓子を作る練習をするだけ。
 ようやく販売のめどが立って来た。どれくらいで販売開始が出来るだろうか。うきうきしてきた。

 あちこち歩き回り再びパン屋に戻ったり、途中で昼食を取ったり、と何だかんだやっている間に、すっかりと夕暮れになってしまっていた。

「さて、そろそろ戻らないとな」
「えぇ、ではロキさん、メリンダさん、よろしくお願いしますね」
「あぁ、任せてくれ!」

 ロキさんは真っ直ぐに手を差し出した。その手を取り固く握手を交わす。力強い手だった。
 作るための環境作りや練習など、しばらく時間が欲しいと言われ、無理を承知で頼んだのはこちらなのだからと了承した。


「ようやくここまで来たね……」

 城へ帰る途中、感慨深くなり呟いた。色々あったなぁ、とクスッと笑う。
 ルーやマニカとオルガも嬉しそうだ。

「いつくらいに販売が始まるかな」
「うーん、分からんが、一応販売日のめどが立ったら連絡をもらうようになっている」
「そっか」
「あぁ、その時はまたリディにも連絡するから」
「ありがとう」

 これでやり残したことはもうないかしら、と腕を高く上げ身体を伸ばした。

「あー、色々楽しかったな……」
「お嬢様……」

 マニカが少し切なそうな顔をする。ルーとオルガは意味が分からない感じよね。

「帰ったらラニールさんにも報告しないとね!」
「あ? あぁ、そうだな」

 ルーは不思議そうだったが、私は満足感で気持ちが良かった。

 城へと戻り控えの間に着いた時には辺りはすっかり暗くなっていた。
 晩の食事時間だなぁ、物凄く忙しそうね……。また明日にしようかしら、と躊躇っていると、控えの間からキース団長に声を掛けられた。

「リディア様! ラニールに用事ですか!?」

 大きな声で叫ばれたものだから、控えの間にいる騎士全員に振り向かれた。

「アハハ、えぇ、そうなんですけど、忙しそうなのでまた今度にしようかと……」
「リディア様なら大丈夫ですよ!」

 何が!? と思ったが、そこは突っ込まず、うーん、これはやっぱり厨房を覗くことになりそうね……。ラニールさん……、忙しいだろうなぁ……。

「ま、とりあえず覗いてみたらどうだ?」

 ルーがつかつかと歩いて行く。ルー……、少しは気にしたほうが……。

 仕方がないので溜め息を吐きながら厨房の入口からそっと中を覗く。案の定忙しそうだ。ラニールさんの指示を出す大声が響いている。

「うーん、これは無理だね」
「うーん、確かに……」

 ルーと二人して入口でぼそぼそと話していると、ラニールさんがこちらに気付いた。

「何やってんだ?」
「「あ、バレた」」

 二人して声が重なったものだから、思わず二人共顔を見合せ吹き出す。

「フフフ、ごめんなさい。ラニールさんにお菓子作りの報告がしたくて来たのですが、忙しそうなのでまた後日にしようかと」
「あー、そうだな、今は無理だな。リディアも殿下も食べて行けば良いんじゃないか? それでそのまま待っててくれたら」
「やった」

 思わず口から出てしまい、今度はラニールさんが吹き出した。

「ブッ。くくっ、待っててくれ」

 うん、笑うって思った。もう慣れたよ、フフフ……。

「じゃあ控えの間で待ってますね」
「あぁ」

 そう言うとルーとマニカにオルガも一緒に、また食事をいただくことになった。
 しばらくキース団長や騎士たちと雑談していると、良い匂いが立ち込め出し、厨房から料理が運ばれて来た。

 騎士たちは一斉に群がりラニールさんに怒鳴られている。そしてキース団長がまたしても料理を運んできてくれたのだった。何だか申し訳ない気持ちになるが、ここで拒否をする訳にも行かないので素直にお礼を言い受け取った。

「ありがとうございます」

 ルーたちは自分で取りに行き、皆が席に着くと一斉に食べ始めた。
 厨房からはラニールさんが出て来ていつものように料理の説明をしてくれる。
 私が毎回聞くものだから、もう当たり前のように説明してくれるわね。それが可笑しくて笑った。

「今日のは麺だ」
「麺?」
「あぁ、たっぷり野菜と肉を入れたスープの中に麺が入っている」

 皿……、いや、丼? のような深いお椀に具沢山のスープが入っているが、その中に麺が入っているという。
 フォークを差し込んでみると、想像していた麺よりも短く太い。色は少し黄色っぽかった。

 湯気が上がり熱々のスープの中から麺を取り出し食べてみる。

「モチモチ!! それに……何か変わった味が付いてる?」

 想像していた麺とは大幅に違うがこれはこれで美味しい!

「この麺何で出来てるんですか?」
「パンと同じ粉にメブカという果実の粉末が混ざっている」
「メブカ……」

 これまた聞いたことのない名前が出て来たよ。でも麺自体は私の知っているのと作り方は同じそうだな。そう考えながらマジマジと麺を見詰めた。
 野菜も肉もたっぷりと入り、ボリューム満点の料理だった。
 何故かラニールさんに食べているところをマジマジと見詰められ、ちょっと食べにくかったがとても美味しく、久しぶりの麺に懐かしさも感じながら完食した。

 騎士たちはもちろんのこと、ルーやオルガも満足そうだった。私とマニカには少し量が多く、減らしたものをわざわざ用意してくれていたようだった。

「それで?」

 騎士たちも食べ終わり、ラニールさんの忙しさが落ち着いたところで、再び戻って来たラニールさんが聞いてきた。

「今日ルーが言っていたパン屋に交渉して来たのですが、無事に交渉成立で販売してもらえることになりました!」
「!! そうか!! 頑張ったな」

 ラニールさんは初めて見るくらいの笑顔で頭を撫でてくれた。あぁ、ラニールさんの笑顔も見られて良かったな。
 そう思うとじんわりと涙が出てきそうになり慌てて顔を手で押さえた。

「どうした?」
「いえ! 嬉しくて!」

 パッと顔を上げたときには涙はもうない! もう泣かないんだから! 笑って過ごすのよ!

 今日一日の街でのことをラニールさんに報告し、そこにいたキース団長も騎士たちも皆が喜んでくれた。

「これでお菓子作りも一段落か?」
「えぇ、そうですね。これで全て……」
「? どうかしたか?」
「いえ、何でも。ラニールさん今までありがとうございました」
「? あ、あぁ……」

 ラニールさんは少し怪訝な顔をしたが、にこりと笑って見せた。寂しくもあるが、心は清々しいのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

くだらない結婚はもう終わりにしましょう

杉本凪咲
恋愛
夫の隣には私ではない女性。 妻である私を除け者にして、彼は違う女性を選んだ。 くだらない結婚に終わりを告げるべく、私は行動を起こす。

旦那様は転生者!

初瀬 叶
恋愛
「マイラ!お願いだ、俺を助けてくれ!」 いきなり私の部屋に現れた私の夫。フェルナンド・ジョルジュ王太子殿下。 「俺を助けてくれ!でなければ俺は殺される!」 今の今まで放っておいた名ばかりの妻に、今さら何のご用? それに殺されるって何の話? 大嫌いな夫を助ける義理などないのだけれど、話を聞けば驚く事ばかり。 へ?転生者?何それ? で、貴方、本当は誰なの? ※相変わらずのゆるふわ設定です ※中世ヨーロッパ風ではありますが作者の頭の中の異世界のお話となります ※R15は保険です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

処理中です...