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本編 リディア編

第七十六話 疑惑!?

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「伝えたいこととは何だ?」
「リディア様のことです」

 その言葉にピクリとシェスレイトは反応した。ギルアディスも訝しむ。

「何だ」

 リディアのこととはどういうことだ。シェスレイトは少しの不安を覚えた。
 ディベルゼは落ち着いた様子で話し出す。

「ずっとご報告しようか迷っていたのですが……」
「良いから言え」
「殿下とリディア様との婚約が決まったあの日から、私はリディア様に影を付けておりました」
「何!?」

 自分は命令などしたことはない。ディベルゼが独断で行ったということか。何故リディアを調べる。しかも自分に内緒にして。シェスレイトは少しの怒りと疑問を覚える。

「どういうことだ。私はそのような指示を出した覚えはないが」
「えぇ、私の独断です」
「何故そのようなことをした! ずっとリディを見張って何をしていた!?」

 シェスレイトはディベルゼを睨む。ギルアディスもそんなディベルゼに不審を抱く。

「私には殿下の周りにある懸念は全て取り除く義務があります」
「…………」
「ですから、リディア様がどうということがなくとも、調べるのが私の仕事なのですよ」

 それがディベルゼの仕事だと言われれば何も言えなくなる。シェスレイトは不機嫌になりながらも続きを求めた。

「だから何だ。リディがどうだと言うのだ」
「リディア様に影を付け、今もなおずっと影は付いておりますが、今までの報告で気になる点が一つだけございます」
「気になる点……」
「えぇ、それを報告するかはずっと悩んでおりました。伝えなくても良いのでは、と。しかし、殿下のお心が決まった今、伝えるべきだと判断致しました。これを聞いてどう考えるのか、殿下に委ねます。冷静にお考えください」

 あまりにも気になる前置きを述べられ、シェスレイトは少し不安になったが、しかしもう聞かない訳にもいかない。

「何なのだ、言え」
「ルーゼンベルグの使用人たちからの噂ですが、リディア様は婚約発表の日、つまり誕生日を迎えられた日の翌日から、人が変わったようだ、と」
「人が変わった?」
「えぇ、所詮使用人たちの噂でしかありません。大きな噂でもないため公にもなっておらず、世間話程度です。ルーゼンベルグ侯爵ですら娘を疑っている素振りもありません。ですから本当に噂だけなのです。ですが……、何故かそんな噂が立っているのです……」

 ギルアディスは呆然としていた。シェスレイトは……。

「リディが……?」

 シェスレイトはそう呟くと放心していた。

 ディベルゼはそんなシェスレイトを見詰め、祈るような気持ちになる。
 これでリディアを信じられなくなるようことになったら……シェスレイトは一体どうなってしまうだろうか。愛した女性を信じられなくなる。心が死んでしまうかもしれない。
 ディベルゼはそれが怖かった。

 リディアと関わるようになってからシェスレイトは本当に穏やかな表情になった。それがディベルゼには嬉しかった。ずっと辛そうなシェスレイトに仕事を強いているのが辛かった。
 だからリディアを愛するようになったことには心から嬉しかったのだ。それを今自分が壊そうとしている。それが苦しい。

 黙っていたら良かったのかもしれない。黙ってこのまま何も知らぬままリディアと結婚したら良かったのかもしれない。だがしかし、万が一、万が一にもリディアがリディアではなかったとき。
 そのことも考えるのが自分の仕事なのだとディベルゼは自分に言い聞かせ、シェスレイトのリディアへの想いはこれくらいの噂では揺るがない、そう判断し、このことを伝えた。

 しかしどうだ。伝えた今、シェスレイトの姿を見ると苦しくなる。自分の行いが全て間違っていたような気がする。シェスレイトはどう答えるのだろうか……。怖い。

 ギルアディスは言葉を掛けることすら出来ずに二人を見詰めるだけだった。しかしディベルゼが苦しそうな顔をしシェスレイトを見詰めているのを目にし、ディベルゼにとっても辛いことなのだと理解した。ただ二人を見守ることしか出来ない自分が歯痒かった。

「殿下、今日はもう遅いので私たちは失礼致します。ゆっくりとお考えください」

 きっと今すぐに答えの出るものでもないはずだ。ディベルゼは放心したままのシェスレイトに声を掛け、後ろ髪を引かれる気持ちのまま部屋を後にした。

 外に出たギルアディスはディベルゼに詰め寄った。

「本当なのか!? 本当にそんな噂があるのか!?」
「えぇ、ルーゼンベルグの使用人たちの間でだけですが……。私も少し疲れました。また明日話しましょう」

 ディベルゼはそう言うと自分の私室へと帰って行った。残されたギルアディスは呆然と呟くしかなかった。

「俺はどうしたら良いんだ……」

 シェスレイトにディベルゼ、ギルアディスの三人は各々眠れぬ夜を過ごすのだった。




 街へ行ったその日の夜は何やら興奮をしていたのか、中々寝付けない夜を過ごしていた。
 とうとうオルガにも伝えてしまった。恥ずかしくもあり嬉しくもあり、そして少し寂しくもある……。

「このままここでずっと過ごせたらな……」

 そう呟きハッする。頭を振り、そんな思いを打ち消す。

「そんなことを考えたら駄目だ。余計に戻りたくなくなってしまう。もうあまり日はないのだから覚悟はしておかないと……」

 ここにいるのは次の誕生日までなのだから。


 翌朝、あまり眠れずだったため寝坊した。マニカに起こされ朝の支度を済ます。

「本日はどうお過ごしになられますか?」
「うーん、とりあえずラニールさんのところへ行ってお菓子作りの続きかな。それと昨日買ったみんなへのお土産も渡さないと! マニカにもね」
「え!? 私にもですか!?」
「うん、私と過ごしてくれた想い出に」
「お嬢様……」

「私」という存在がいたことへの証拠として……は重いかもしれないけど、想い出として持っていてもらいたい。
 そう思い、皆へのお土産を買ったのだ。

 マニカは涙ぐむ。

「ハハ、マニカ、そんな顔しないでよ」
「ですが……」

 昨日買ったものの中からマニカへのプレゼントを取り出す。

「マニカにはこれね」
「ありがとうございます」

 マニカはそう言うと包みを開け中身を見た。

「マニカには髪留めを」

 金色の宝石が散りばめられた銀の細工の髪留め。それを見たマニカはやはり泣いていた。
 そんなマニカをなだめながらオルガへのお土産も探す。
 オルガには懐中時計だ。中身の歯車が見える懐中時計。

 オルガがちょうどやって来た。マニカは涙を拭き扉を開けた。

「おはよう! お嬢!」
「おはよう、オルガ。今日も元気ね」

 いつも通りのオルガにほっとする。マニカと同様にオルガにも懐中時計を渡し、オルガは目を輝かせ喜んでくれた。

「さてと、じゃあラニールさんは朝は無理だろうし……、ルーとイルを探してお土産を渡しに行こうかな」

 そう言いオルガが荷物を持ってくれ、ぶらぶらと散歩がてらのんびり歩きルーとイルを探した。
 天気も良くついでに、と庭園を散歩した。青空が広がり花もとても綺麗に見える。
 この世界に来てたくさんの人に出会えて楽しかったなぁ、とぼんやり考えていると、呼ばれる声が聞こえた。

「リディ!」

 振り向くとルーがいた。
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