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本編 リディア編

第六十八話 街デート その三

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 以前と同じ道を歩いて行くと大きな建物が見えて来る。

「国営病院……、いつ開院になりますか?」

 建物の入口前で見上げながら呟く。

「そうだな、中の設備はほぼ揃った。後は人員確保だけなのだが、それに時間がかかりそうだ。まだ最低でも半年はかかるだろうな」
「半年……」

 やはり開院には私はいない。開院するところを見たかったな、残念。少し寂しく思う。
 その表情をシェスは疑問に思ったようだ。

「どうした? 何か問題でもあるのか?」

 問題ではない、元から分かっていたことだしね。

「いえ、何でもありません」

 どうしようもないことだ。仕方のないことだ。そう自分自身に言い聞かせ笑顔で答えた。

「ねぇ、シェス、探検気分で周りを探索しませんか?」

 何やら気になってそうなシェスだったので、出来る限り明るく言ってみた。

「探索?」
「えぇ、この建物の周りを見て回るの!」

 シェスは驚いていた。うん、まあ、あまりしないでしょうね。どうも私はやはり大人しい子供ではなかったのよね。五歳以前の記憶が戻ってからは余計にお転婆だった記憶しかない。

 シェスを無理矢理引っ張って行き、建物の裏に回ったり、敷地端のほうにある小さな小屋を見付けたり、草が伸び放題になっているところに分け入って行ったり……。
 シェスは目を丸くしながらも付いて来てくれる。

 せっかく綺麗に着飾ってくれたワンピースの裾も少し汚れてしまった。でも何だかそれが楽しくて。
 シェスの手を引っ張り思い切り走る。

「アハハ!! 何だか子供に戻ったみたい!」

 シェスはそんな私がすることに最初は驚いていたが、嫌な顔をするでもなく付いて来てくれ、次第にシェスも少しだが笑顔が見えた。

 あ、笑ってくれた。はにかむ笑顔も可愛いけど、普通に楽しそうに笑う笑顔もやはり素敵だった。
 私はシェスの笑顔を見ることはないと思っていたのに、こうして見ることが出来た。それがこんなにも嬉しいなんて。

 シェスを引っ張ったまま走っていると何かに盛大に躓き、草むらの中に倒れ込んだ。

「わっ!!」

 あ、またしても令嬢らしからぬ声を発してしまった。
 そ、それよりもシェスを巻き込んでしまった! まずい! そろーっと周りの気配を探ると、背中と首元に温かさを感じ振り向いた。
 振り向いた瞬間、シェスの顔が……。

 背後に覆いかぶさるように倒れたシェスの顔はちょうど私の肩に当たったらしい。私の動きに合わせるかのようにシェスが頭を持ち上げたものだから、振り向いた私の頬にシェスの唇が触れる……。

「あ……」

 動けなかった。固まってしまった。危うく口と口が……、いや、今それは考えない! ど、どうしたら良いのこれ!? シェスも動かないし!

 すると反対側の頬にシェスの手が伸びてきて触れた。
 え、え、何!?
 シェスの手は頬を支え、クイッとシェスの方へ私の顔を向けさせた。あ、このままだと……。

 目の前には恐ろしく綺麗な顔。さらに色気を放ち艶やかな瞳で見詰められ、吐息を肌で感じる程の近さに気絶しそう。

「シェ、シェス!! シェス!!」

 ようやく声が出て叫んだ。心臓が口から出てきそうなほど早鐘を打つ。
 シェスはハッとした顔をし、慌てて身体を離した。

「す、すまない!!」

 シェスは勢いに任せ後ろを向き、そのせいで表情は見えなかった。しかし私はというとそれどころではなかった。

 心臓の音が耳にうるさい。あ、あ、危なかった……、頭に血が上り鼻血が出そう……。思わず鼻を確認。いやいやいや、自分で苦笑した。

 シェスがおもむろに立ち上がる。ビクッとしたが、シェスは顔を背けたまま手を差し出した。
 その手を取り立ち上がる。

「あ、ありがとうございます」
「すまなかった……」

 立ち上がるとシェスは顔を手で隠したまま、小さく謝罪の言葉を述べた。

「い、いえ……」

 顔を隠したまま俯くシェスが落ち込んでいるように見え、どうにかして楽しい雰囲気に戻したかった。
 考えても分からずシェスの顔を覗き込む。

「シェス、そんなに謝らないで」

 俯いていたところを覗き込まれ、シェスは驚き顔を上げた。

「あ……」

 目が合った瞬間真っ赤になる。あぁ、やっぱり可愛いな。

「あの、その……、ドキドキはしましたが、決して嫌だった訳ではないので!」

 思い切って正直に言ってみた。はしたないかしら。
 あのままされるがままになりたかった、と言っているようなものよね……。

 あのまま…………、もし止めなければ……、口と口が触れていただろう……。

 思い出すと一気に顔が火照る。あ、駄目じゃない! 私まで赤くなってたら……、チラッとシェスを見た。

 シェスも真っ赤なままだ。
 いつもならきっとここでディベルゼさんの容赦ない言葉が飛んで来るのに、今日は誰もいない……。

 ……、いない、よね? 一瞬視線を感じた気がして、周りを見渡したが誰もいない。
 うん、さっきのは見られてない、はず。
 いや、でも確か護衛のために遠くで見守るとか言ってたよね。
 ということは……、さっきのやり取りももしかして見られてるの!?
 サーッと血の気が引くとはこの事か! と火照る顔が一気に冷めた。

 このまま照れていても埒が明かない。恥ずかしさは封印!
 何事もなかったかのように、シェスの手を取った。

「行きましょう」

 そう声を掛けるとシェスの腕に手を回し、シェスを引っ張った。
 シェスは驚いた表情だったが、とりあえず顔を見なければ何とかなる!

 そのまま街の中心部に戻った。
 あぁ、何だか色々やらかした感じがするけど……、今さらもうどうしようもないしね。諦めよう。うん、そうしよう。開き直ってみた。

「あの! いくつかお店に寄りたいのですが良いですか?」
「あ、あぁ」

 色々お店巡りをして気になっていたものを購入して回る。

「色々買ったな……」

 シェスが驚いてるわ。

「みんなへお土産を買いたかったので。シェスは先程のお店で見ていたものは良いのですか?」

 宝飾店で店の人と熱心に話す程のものを。

「あぁ、あれは良いんだ……」
「そうですか?」

 シェスは顔を逸らしながら小さく言った。

 夕方近くなりそろそろ帰ろうということになり、馬車へと戻る。馬車まではシェスが荷物を持ってくれた。
 そのせいで手を繋ぐことは出来なくなり、少し寂しく思ってしまう。もっと繋いでいたかった……。

 な、何をそんな恥ずかしいことを!
 シェスの後ろを付いて歩く間、一人で身悶え……。繋ぐことの出来ない手が泳ぐ。
 うぅ、変な人になってる。駄目だ、冷静になろう。シェスに気付かれないよう、静かに深呼吸。

「着いたな」

 シェスの手に意識が集中し過ぎて、急に声を掛けられたことにギクリとなり心臓に悪い。

「?」

 シェスは私の不審な態度に怪訝な表情になる。

「どうした?」
「ひ、いえ! 何でも!」

 声が裏返った。うぅ、恥ずかしい……。
 シェスは荷物を御者に任せると、こちらに手を伸ばし馬車の扉へ促した。
 先程まで繋ぎたいとずっと思っていた手に触れ、自然と笑みが零れてしまう。

 馬車に乗り込み帰りの道中はお互い少し緊張も解け、今日一日の話をした。少しずつだが、しかし着実にお互いの距離が縮まるのを感じる。
 それが嬉しく、そして少し寂しくもあった。


 城へと戻ると皆が待ち構えていた。マニカにオルガ、ディベルゼさんにギル兄。ここにずっといたのかしら……、いや、でも護衛って言ってたしな……。
 オルガ以外の皆は、異様にニコニコだし……何か怖い……。

「お帰りなさいませ、お嬢様、楽しかったですか?」

 マニカが馬車から降りて早々に聞いて来る。ディベルゼさんたちもシェスにあれやこれやと聞いているようだ。

「うん、楽しかったよ。あ、そうだ」

 御者から荷物を受け取り中身を探る。一つだけ丁寧に包装された包みを取り出し、シェスの元へ行った。

「あの、これを……」
「何だ?」

 シェスは声を掛けられるとこちらを向き、差し出したその包みを見た。

「シェスに……、今日の記念というか想い出に……」

 シェスは開けても良いか、と確認し、包装を開き中を見た。

「ブローチ……」
「あの、お気に召すかは分からなかったので、付けていただかなくても良いので、その……持っていていただければ……」
「私の瞳の色だな」
「はい」
「それにリディの色も」

 そう言われ、恥ずかしくなり顔が火照る。やはりやめておけば良かった!?
 チラリとシェスの顔を見ると、ブローチを見詰め微笑んでいた。

 あ、綺麗な優しい顔。喜んでくれている、良かった……。

「素敵なブローチですねぇ! 殿下にお似合いですよ!」

 ディベルゼさんが大袈裟に喜んで見せた。

「うん、本当に、殿下によくお似合いです」

 ギル兄も横からブローチを覗き込み言う。
 周りでやいやいと言われ、シェスは少しうんざりした顔をしたが、はにかむようにこちらを向いた。

「ありがとう、大切にする」

 そう言われ心から嬉しくなり、初めてシェスと二人でお互い照れながらも微笑み合った。
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