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本編 リディア編

第六十二話 記憶!?

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「それで何か分かったの?」
『あぁ、思い出したのだ』
「何を?」

 ゼロをじっと見詰める。

『私は昔に一度、リディアに会ったことがある』
「え!?」

 一瞬思考が停止した。会ったことがある? ゼロと? いつ? どこで? 全く分からない。

『昔、私も子供で、リディアも子供だった』
「子供の頃?」
『あぁ、他の魔獣に襲われ怪我をしていた子供だった私を、リディアは他の魔獣から守ろうとしてくれた』
「…………、覚えてな…………」

 考えを巡らせる。子供のとき? 魔獣? 子供のドラゴン?
 何かが弾けたように記憶が溢れ出す。





「お嬢! 危ないよ! 勝手に街から出たら怒られるよ!」

 五歳のオルガがそう叫ぶ。
 そう、あのとき五歳の私はオルガを連れて街の外へ出ようとしていた。大人には告げずに。
 街の外には何があるのか知りたかった。ただそれだけだった。
 オルガが止めるのも気にせず、大人は知らない秘密の抜け道を利用し、街の外の森へ足を踏み入れたのだった。

「大丈夫よ、少しだけ見たらすぐに戻るし!」

 私は良く言えば好奇心旺盛、悪く言えば落ち着きのない子供だったようだ。自分で少し苦笑する。

 街を出て森の中を歩いていると、木々がガサガサと物音を立てビクリとなる。
 幼いオルガは泣きそうになり私の腕にしがみついていた。

「もうオルガ! 歩きにくい!」
「お嬢~、帰ろうよう~」
「もううるさいな、帰るなら一人で帰りなさいよ」

 五歳児にしては勇ましい子供だ。やはり自分で苦笑してしまう。
 物音がする方へと進み、木々を分け入って行くと、そこには小さな黒い塊が落ちていた。

「何かしら、あれ」
「お嬢~」

 オルガを無視して黒い塊に近付くと、その塊は急に動いた。

「わ! 動いた!」

 オルガは泣き出しそうなくらいの変な顔。いや、変な顔は失礼かな。
 むくりと動き出したその黒い塊はよくよく見ると……、

「トカゲ?」
「違うでしょ! ドラゴンだよ!」

 オルガに突っ込まれた。生意気な。

「ドラゴンなの? こんなちっさいのに?」
「子供のドラゴンだよ、きっと」

 その子供ドラゴンはこちらを見据え唸り声を上げていた。
 漆黒の身体に赤い眼。

「綺麗ね、あなた」

 思わずじりじりと近付いて手を伸ばした。

「お嬢!」

 子供ドラゴンはガァア!! と叫び、鋭い爪で私の手を引っ搔いた。
 引っ掻かれた手を呆然と眺め……、

「うわぁぁぁぁあん!!」

 泣き出した。私って馬鹿だったんだ……、野生動物……、いや、野生魔獣にいきなり手を出してはいけません。

「お嬢! 大丈夫!?」

 幼いオルガはどうしたら良いのか分からずオロオロとしていた。
 いつまでも泣き止まない声のせいで、どうやら他の魔獣に気付かれたらしい。

 目の前の子供ドラゴンよりも遥かに大きな熊のような猪のような……、巨大な魔獣が現れた。

 泣いていた声は一瞬で止まり、代わりに青ざめ息が止まる程の恐怖に包まれた。
 オルガも同様に青ざめながら泣いている。

「お、お嬢……、に、逃げなきゃ……」

 オルガが必死な思いで声を絞り出す。

 子供ドラゴンはその巨大な魔獣に向かい唸り声を上げている。臨戦態勢だ。
 しかし絶対に無理だと分かる。子供ドラゴンが自分よりも十倍以上大きな魔獣に勝てるはずがない。
 それでも子供ドラゴンはその魔獣に向かおうとしていた。

「お嬢、今の間に逃げようよ」

 オルガは魔獣が子供ドラゴンに気を取られている間に逃げよう、と言う。
 確かに今がチャンスかもしれない。ちらりと子供ドラゴンを見た。

 子供ドラゴンの後ろ姿をよくよく見ると、脚に血のようなものが付いているのが見えた。
 怪我をしている! だからさっきうずくまっていたのね。それでも戦おうとしている。戦わないとやられてしまうものね。

 そう思って見ていた、次の瞬間、巨大な魔獣は子供ドラゴンを鋭い爪で薙ぎ払った。
 子供ドラゴンは私たちの目の前まで吹っ飛ばされて転がった。

 咄嗟に私は子供ドラゴンを抱き上げてしまった。

「お嬢!? 何してるの!? ドラゴンなんて置いて逃げないと!!」
「だって! この子怪我してる!」

 私が泣き叫ばなければ、私がここに来なければ、この子は魔獣に見付かることもなく死ぬこともなかったかもしれないのに。
 そう思うと子供ドラゴンを離せなかった。さらに強い力で抱き締め、次の瞬間、子供ドラゴンと私は鋭い爪で吹っ飛ばされた……。





 その後は意識がなくなり記憶がない。いや、この出来事ですら、今の今まで忘れていたのだが。
 意識のない間の話は、以前聞かされた宮廷騎士団に助けられたということなのだろう。

 何故今まで忘れていたのだろうか。魔獣に襲われたショックなのか、その出来事以前の記憶は全くなかった。リディアと意識を共有しても、その事件後の目を覚ました後からの記憶しかなかった。余程のショック状態でそれ以前の記憶を忘れることで、自分を守ったのだろうか……。

 しかし、あのときの子供ドラゴン……、まさかあれが……?

「あのときの怪我をしていた子供ドラゴンが……ゼロ?」
『そうだ』
「!!」

 まさかそんな以前にゼロと出会っていたなんて。

『だから私はリディアに何かを感じたんだ。あの時出会ったのが違うリディアであろうと、今、巡り合った「君」がリディアだろうがカナデだろうが関係ない。巡り合う運命だったのは「」だ』

 ゼロは鼻先を近付けた。

『もし離れなければならなかったとしても、いずれ必ずまた巡り合う……必ずだ』
「ゼロ…………」

 ゼロを抱き締め、声を殺しながら泣いた。やはり堪えられなかった。

「ありがとう……ゼロ」

 泣き止むまでゼロは黙って側にいてくれた。


『リディア、大丈夫か?』
「うん、ありがとう」

 静かな時間が流れ、落ち着いてくるとゼロは少しだけ頭を私の方に向け聞いた。
 抱き締められたままずっとそのままでいてくれたゼロに安心感を覚え、気持ちが落ち着いた。

「そろそろ戻ろうか」
『あぁ』

 一体どれほどの時間が経ったのか、ちょうどお腹も空いて来たな、と少し可笑しかった。
 どれだけ泣いても辛くても、お腹は空くのだ。

 ゼロは背を低くしそこに乗り上げる。
 大きく羽ばたいたゼロは上空で大きく旋回すると、一度上空で止まりもう一度景色をゆっくりと見せてくれた。

「ありがとう、ゼロ。私、ここの景色を一生忘れない」
『あぁ』

 ゼロはそう返事をすると、再び大きく旋回し帰路へと向かった。

 魔獣研究所では中々帰って来ない私たちを心配し、マニカもレニードさんも外で待っていた。オルガもシェスのところから戻っていたらしく、一緒に待っている。

 上空で大きく手を振ると、三人はほっとしたような表情で手を振った。

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