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本編 リディア編

第四十三話 冷徹王子の事情!? ⑨

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 お茶やテーブルは素早く片付けられ、リディアを送り出した位置まで戻る。
 本当にこんなに早く帰って来るのか、皆半信半疑だった。

「見えたぞ!」

 誰かが叫ぶ。
 空を見上げるとゼロの姿が見えた。しかし何やら様子が変だ。行きとは全く違うとんでもない速さで飛んで来る。

 何故あんな速度で飛んでいるのだ、リディアは無事なのか。シェスレイトは不安を覚えた。

 しかしさらに追い討ちを掛けるように、信じられないものを目にする。

 リディアとゼロは魔獣に追われていた。

「リディア!!!!」

 シェスレイトは叫び走り出したが、上空高くにいるリディアにその声は届かない。
 騎士団団長たちが一斉に武装号令を出した。

 ここまで逃げてくるのかと思った矢先、ゼロは急に身体を翻し魔獣のほうを向く。

「!?」

 シェスレイトだけでなく、皆驚愕の顔だ。
 一体何をしている!!

 ゼロは向かい来る魔獣に向かって激しい炎を吐き出した。

「!!」

 広場にいる全員が驚愕の顔。激しい炎が魔獣を包み墜ちて行く。

「ゼロが炎を吐いた……」

 レニードは知らなかったのか。レニードすらも驚いている。しかしその目は驚愕というよりも、希望に満ちた歓喜の目だ。

 しかしゼロが炎を吐いたことに驚いている場合ではない。
 ゼロはリディアを乗せたまま、墜ちていった魔獣を追って急降下して行ってしまった。

「リディア……。騎士団! 戦闘準備を急げ!!」

 シェスレイトは叫ぶ。いまだかつて見たことのない剣幕で騎士団に命令を出した。
 その剣幕に皆驚きながらも、非常事態だと認識を新たにする。

 リディアは大丈夫なのか。やはり騎乗などさせるべきではなかったのか。自分の責任だ。自分が許可を出してしまったばかりに……。シェスレイトは悲痛な表情だった。

「リディア……」

 絞り出すように呟くその姿に、皆が胸を痛めた。

 騎士団が急ぎ準備を整え、リディア救出に向かおうとしたその時、レニードが叫んだ。

「リディア様!!」

 シェスレイトはその叫びに勢い良く振り返る。皆も一斉に空を見た。

「まだ魔獣がいる! 攻撃準備!」

 各団長が準備命令を出す。
 リディアは無事か!? 大丈夫なのか!?
 シェスレイトは目を凝らしリディアの姿を探る。

 すると今度はリディアが叫んだ。

「待って!! 攻撃しないで!!」

 皆唖然とした。どういうことだ!? 攻撃をするなとは、大丈夫なのか!?

 リディアは魔獣と友達になったから大丈夫だと言う。

 友達!? 魔獣と友達とはどういうことだ!?
 シェスレイトには理解不能だった。

 騎士団がどうしたら良いのか、とざわつき出す。
 それを上空から見ていたリディアはその魔獣と共にゆっくりと広場へと降りて来たのだった。

 リディアがゼロの背から降りた姿を目にし、シェスレイトは無意識にリディアの元へ足が向かっていた。駆け出しリディアの元へ急ぐ。

「リディア!!」

 リディアの元にたどり着いた途端、シェスレイトはリディアの腕を掴んだ。

「リディア! 大丈夫なのか!? 怪我は!? 後ろの魔獣は何だ!?」

 何故黙っている!? 怪我をしたのか!? シェスレイトの思考は悪い方ばかりに進みリディアが何も答えないことに不安が募るばかりだ。

「殿下、落ち着いてください。リディア様が困っておられます」

 ディベルゼの声が聞こえ、後ろに引っ張られリディアから離れると、シェスレイトはようやく我に返り、今までの自分が急激に恥ずかしくなり顔が火照る。

 リディアはそんなシェスレイトに微笑み、心配をかけたことを謝り、自分は大丈夫だと言った。

 その微笑みと言葉にシェスレイトは安堵し、安堵したと同時に、自分の顔や態度が明らかに可笑しく思われているだろう、と必死に冷静さを取り戻そうとした。

 その冷静さを見せようとすると怖い顔になるのだが……シェスレイトはいまだにそれを分かっていない。

 シェスレイトが一人で百面相をしている間に、リディアの周りには物凄い人数の人集りが出来ていた。
 あちらこちらから色々聞かれ、明らかにリディアは戸惑っている。シェスレイトが助けねば、と思った矢先、魔獣が咆哮し、皆を驚かせた。

 騎士団が臨戦態勢に入り、一触即発の空気だ。
 するとリディアはその魔獣の前に素早く躍り出たかと思うと、魔獣を背に庇った。

 リディアは名付けたからこの魔獣は大丈夫だと言う。

 いつの間にか背後に父王や大臣たちが集まっていた。
 父王はリディアに説明を求める。

 リディアは出発してから戻るまで、さらに魔獣とのことも全て詳しく説明していた。
 セイネアの花も認められ、ゼロの実力が証明される。

 父王は喜び笑い声を上げながら、ゼロを騎獣として認めた。
 騎士団たちは勿論のこと、ここにいた全ての人間が喜んだ。

 そしてさらにはフィンと名付けられた魔獣も新たに騎獣として認めると父王は宣言する。

 リディアは嬉しそうだ。フィンに向かって騎獣として認められたことを伝えていた。
 リディアは名付けた魔獣と話せるのだったな、と、シェスレイトは不思議そうにリディアを見詰める。

 父王や大臣たちは広場から帰って行くが、それ以外の人間たちは新しい魔獣フィンやゼロに夢中だ。
 リディアに触っても良いかと確認したり、ゼロの乗り心地を聞いたりしている。

 このまま皆の相手をしているとリディアが疲れてしまう。大仕事を終えた後だ。早く休ませてやりたい。シェスレイトは気になって仕方がなかった。

 だから真面目に早く休むようリディアに言った。

 リディアも余程疲れていたのか、素直に従った。
 レニードに魔獣たちを任せ、何やらフィンに話しかけている。
 するとおもむろにフィンの顔を思い切り引っ張った。

「!?」

 シェスレイトはその行動が不可解過ぎて唖然と眺めていた。

 お仕置きとは何だ!? 何故フィンをお仕置きするのだ!?

 モヤモヤしている間にリディアはゼロを抱き締めていた。それすら何だかモヤモヤする。シェスレイトはそんな自分が理解出来なかった。
 魔獣相手に何を考えている!? 自分は変だ。今はリディアの心配やら不安やら安堵やらで混乱しているだけだ。シェスレイトは自分自身に言い聞かせる。

 気持ちを落ち着け、リディアに部屋まで送ると伝えた。怪我はないようだが、それでも心配だった。

 しかしそんなシェスレイトの想いとは裏腹にリディアは送ることを断った。

 何故こんなとき送ることすら許してもらえぬのだろう。シェスレイトは酷く悲しくなる。

 それを見兼ねたディベルゼはシェスレイトの気持ちを代弁した。そもそもシェスレイト自身が、心配だから送りたい、と言えば良いものを、と、ディベルゼは思うのだが、中々シェスレイトは自分の気持ちを口に出せない。

 リディアはそんな気持ちを理解してくれたのか、送ることに了承した。

 シェスレイトは嬉しくなったが、余計な一言を口にした。
 ディベルゼは頭を抱える。ついで、とは! 何故ついで、なんて口にするのですか!! と、ディベルゼは初めてシェスレイトの頭を叩きたい気持ちになったのだった。
 ぐっとそこは我慢だ、とばかりに、ディベルゼの表情は歪む。

 しかもシェスレイトはリディアの歩く速さに合わせるでもなく歩いて行く。
 変に意識するとぎこちなくなる、とシェスレイトは無心にひたすら歩いた。
 リディアが必死に付いて来ているとも気付かずに。

「殿下、あまり早く歩くとリディア様が疲れてしまいます」

 ディベルゼが後方から声を上げ、ようやく自分がリディアの速度に合わせず歩いていたことに気付く。
 慌ててピタッと立ち止まり、急激に恥ずかしくなり、そして自己嫌悪した。

 急に立ち止まったことで、リディアはシェスレイトにぶつかりそうになり、慌てて止まるが、手がシェスレイトの背に触れた。

 ふわっと触れたその手にシェスレイトはドキッとし、背中に緊張が走った。
 リディアの手が背中に……。触れられた部分だけが熱くなる。

 リディアを気にせず歩いてしまったことを素直に謝り、今度はゆっくりと歩いた。

 リディアの部屋の前にまで送ると、リディアには礼を言われ……、今日は頑張ったな、と声を掛けたかった……、よくやった、と伝えたい……、しかしどうしても中々口から出ない。

 何故言葉に出来ないのだ。シェスレイトは自分の不甲斐なさに溜め息を吐く。
 このまま何も伝えられないのか、と、思うと、無意識にリディアの頭に手を置き撫でた。

 柔らかく綺麗な髪だ、そのまま手を下ろせば頬に触れられそうだ……、そうぼんやり思ったが、ハッとし慌てて手を離し、そのままリディアとは別れた。

 その姿にディベルゼは相変わらず苦笑するのだった。


 その夜私室でシェスレイトは眠れぬ夜を過ごしていた。寝台で一人今日の出来事を思い返し考える。

 今日リディアが魔獣に襲われたのを見て、心臓が止まりそうになった。無事が分かるまで気が気でなかった。それは何故だ。

 リディアを思うと心が温かくなる。楽しくなる。それは何故だ。
 リディアに会えると嬉しくなる。心が踊る。それは何故なんだ。


「私はリディアが好きなのか……」


 初めてシェスレイトは自分の気持ちと向き合った。
 これが好きだということか……。

 自分で口にすると、改めて意識し急速に自分の気持ちを理解した。
 理解したかと思うと、猛烈に恥ずかしくなり顔が熱くなるのが分かる。
 シェスレイトは自分の顔を両手で押さえながら呟いた。

「今日は眠れそうにないな……」

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