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本編 リディア編

第二十九話 女子の友情!?

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 街から帰ったその日の夜、歩き疲れと食べ疲れ。
 ラニールさんと色々意見を交わしながら帰った帰り道、とりあえず様々なお菓子を作ってみることになった。

「あー、疲れたねぇ。でも何だかんだと楽しかった! お菓子作りも楽しみだな!」

「よろしいのですか?」
「ん? 何が?」
「その……」

 ベッドに入ろうかというとき、マニカは二人きりなことを確認し静かに聞いた。

「?」

 マニカは言い辛そうにしている。

「申し上げにくいのですが、その……、お嬢様は……、カナデ様は……、次のお誕生日にはその……」

 最後は言葉がなかった。
 そうだ。
 カナデとリディアは人生を入れ替えているだけ。次の誕生日には再び元の人生に戻るだろう。リディアとの約束は一年後の誕生日までだった。

 リディアがどう答えを出すのかは分からないが、今ここにいるリディアはカナデであって、リディア本人ではない。
 いくらリディアの記憶があるといっても、カナデであることは事実だ。周りの人々を騙していることには違いはない。

 だからこそシェスレイト殿下とはあまり関わらないでいようと思ったのだ。
 深く関わってしまい、万が一好きにでもなってしまったら……、離れるのが辛くなる。騙していることが辛くなる。

 シェスレイト殿下がもしリディアを好きになってくれたとしても、それはリディアのことが好きなだけでカナデではない。それはきっと苦しくなってしまう。

 そう思うと、誕生日に元に戻るまでシェスレイト殿下とは関わらないと決めたのだ。

 なのに、最近はどうもシェスレイト殿下とよく会っている気がする。
 婚約発表から三ヶ月もの間全く会わなかったのに、この一ヶ月だけでやたらと顔を見ている気がする。まずいなぁ。

 他の人たちとも仲良くなりすぎたかしら。別れが辛くなりそうだな……。

 マニカの言葉に考え込んでしまい、マニカは心配そうな顔でオロオロする。

「申し訳ありません! カナデ様にいなくなれと言っている訳では! ……」
「アハハ、大丈夫、分かってるよ」

 マニカは決して、カナデが邪魔でリディアを連れ戻したい、という発言をしている訳ではない。
 それはカナデでも分かる。

「ありがとう、心配してくれて。そうだよね……、あんまり関わり過ぎると後が辛くなる。それにお菓子作りのことでしょ?」

 マニカは少し切なそうに真っ直ぐ目を合わせた。

 お菓子作りを始めて、実際に商品として売り出せるまではまだまだ時間がかかる。
 期限の誕生日までに商品化するかは分からない。もしかしたらとても中途半端に手放すことになるかもしれない。

 それは辛いし心残りだろうなぁ……。
 でもだからといって、やめたくもないし、急いで中途半端なものを作るのも嫌だし……。

 きっとリディアは元に戻っても、引き継いで最後までやってくれるだろう……。やってくれるだろうけど……、うーん…………。

「なるようにしかならないか! 考えたところで答えも出ないし!」
「カナデ様はいつも前向きですね」

 マニカは笑った。

「昔を思い出します」
「え?」
「魔獣に襲われてからは長くベッドでお過ごしだったため、お嬢様は元気がなくなってしまわれましたが、それ以前はカナデ様のように前向きで活発なお嬢様でした」

 フフッとマニカは思い出したように笑う。

「リディアに会いたい?」

 目の前にリディア本人がいるのに、リディアに会いたいか、と聞くのも何だか変な気がするが、中身が違うことを知っているマニカにしたら、私はリディアではないだろうし。

「え…………」
「あー、ごめん! 言いにくいよね! 良いよ、今のは忘れて!」

 たとえ本当に会いたいと思っていても、私の前では言えないだろう。

「会いたい……、とは思いますが、リディア様の幸せを私は願います。別の世界にいることがリディア様の幸せならば、私はそれを受け入れます。それに……、目の前にリディア様はおられます。カナデ様ももう私にとってはリディア様……、いいえ、お仕えすべき私の大切なお嬢様です」

 ニコリとマニカは笑う。マニカは優しい。
 カナデも受け入れてくれている。急にこんな訳分からない人間と大切なお嬢様が入れ替わってしまったというのに。

「ありがとう、マニカ」

 何だか泣きそうになった。
 マニカと過ごす時間を大事にしよう、次の誕生日のその日まで……。

 二人で笑い合いゆったりとした時間を過ごし、眠りに就いた。



 翌日から時間があればラニールさんの元、薬物研究所に足を運んだ。

 何日かにかけて、フィリルさんと話し合いながら、ハーブを見繕い、最終的なものを用意してもらう。
 今日はその選んだハーブを受け取りに来た。

 これは一際甘いだけ、これは甘味の中に酸味もある、これは少し苦味もあるが香りが豊か、等、様々なハーブや果実の説明を受ける。

 しかし覚えきれないので、メモと一緒にもらった。覚えきれないのを見越してくれてたのね。

 ついでに、とフィリルさんに質問する。

「魔獣が好きなハーブや果物とかってありませんか?」
「魔獣が?」
「えぇ」

 魔獣研究所にも時間があれば行く、と約束をしている。どうせならゼロが好きそうなものでも持って行けないかと思ったのだ。

「うーん、好きなのかは分からないですが、魔獣が食べると酔ったようになる、と言われている果実ならありますよ?」
「へー、酔ったように?」
「えぇ」

 猫にマタタビみたいなものかしら?

「それって少し分けてもらえますか?」
「えぇ、薬に使うものではないですし、その果実の木も珍しいものでもないので大丈夫ですよ」

 フィリルさんがニコリと笑い、その果実を大量に用意してくれた。

「今、この研究所にある全てです」
「こんなにたくさん良いのですか!?」
「大丈夫です。ここでは研究に使うだけですし、後は実が出来てもそのまま種を取るだけで、残りは処分するだけですから。それに人間は食べられませんし」
「そうなんですか!?」
「えぇ」

 フィリルさんは驚く私を見て、クスッと笑った。
 魔獣が酔う果実、クフルという木の実らしい。クフルの実は見た目こそはオレンジのような柑橘系で美味しそうだが、人間が食べるには毒がある。

 人間が食べると激しい嘔吐に下痢を引き起こすらしい。しかし人間には毒になるその成分が、どうやら魔獣には酔ったような症状を引き起こさせるということだった。
 もちろん魔獣に害はなく、だからこそ、魔獣がよく食べているらしいのだ。

 必要なのは騎士団が魔獣討伐の際に少しだけ持ち歩く程度だそうだ。
 だから人間には必要なく、魔獣に好まれる果実。

「では、有り難くいただいていきますね」

 フィリルさんにお礼を言い、大きな袋に大量に入ったクフルの実をオルガが抱え薬物研究所を後にした。

「お嬢、これ魔獣研究所まで運ぶの?」

 オルガが重そうな顔をして聞いた。

「うん、オルガ大丈夫?」
「大丈夫! 大丈夫!」

 強がりのような気がするが……。
 大きな袋を抱えながら歩くオルガが目立つ。

「少し持とうか?」
「いや! 大丈夫だから!」

 マニカが笑いながらオルガとのやり取りを見ている。
 楽しそうなマニカを見ると、私も何だか嬉しくなる。

 何だかんだとオルガと言い合いしながら魔獣研究所まで着いた。

「あー、着いたー!!」

 オルガが大きく息を吐いた。

「やっぱり重かったんじゃない。言ってくれたら私も持ったのに」
「いやいや、お嬢に持たせられる訳ないじゃない!」

 それはそうか、と理解しながらも、別に良いのになぁ、と少し不満気な顔をして見せた。
 その間もマニカは笑っている。

 外でやいやい話しているとレニードさんが気付いて迎えに来てくれた。

「リディア様! 今日はゼロに会いに来てくださったんですか?」

 レニードさんはニコニコで話す。

「えぇ、ゼロは元気ですか?」
「はい! 元気に騎乗訓練頑張っていますよ! このまま騎乗が上手くいけば、もうすぐ初の騎獣誕生になりますよ!」
「そうなんですね! ゼロ、頑張ってるんだ」

 騎乗訓練……。

「ダメですよ、お嬢様」

 ギクッ。

「な、何のこと?」

 フフッと笑いながらマニカの顔を見たが……、これは確実に考えていることがバレたな……。

「魔獣に自分も乗ってみたいとか言い出さないでくださいね」
「えー、ダメ?」
「ダメに決まってます!!」

 拗ねてみたがマニカには通用しない。オルガは爆笑してるし、レニードさんはオロオロしている。

「まあいいや、とりあえずゼロに会いに行こう。ゼロにお土産持って来たんです」

 オロオロするレニードさんにニコリと笑い、何事もなかったかのように促した。

 クフルの実をオルガが再び担ぎ上げ、ゼロの元へと向かった。
 魔獣たちのいる檻。そこまで来ると、誰かが魔獣の檻の前にいた。

「誰かいる? レニードさん、誰かお客様ですか?」

 研究員ではなかった。
 その人は魔獣をじっと見詰めていた。
 顔は見えないが、この国では珍しい黒髪だった。着ている服装も、上品で派手さはないが、平民の服とは見るからに違うものだった。

「いえ、今日誰かが来るとは聞いていないのですが……。近付くと危険なので、声をかけてきますね」

 そう言うとレニードさんはその人の元へと向かった。

 レニードさんはその人に声をかけると、その人は少し言葉を交わしこちらに戻って来た。そして、私たちとすれ違い去って行った。

 すれ違う際にチラリとこちらを見たその人は、私よりも頭一つ分程背が高いが、それに似合わず可愛い顔をしていた。

 少し年下だろうか、顔には幼さが少し残る。少しボサッとした長めの前髪に見え隠れする、綺麗な金色の瞳が煌めいて見えた。

 綺麗な金色の瞳と目が合うと、その人は慌てて目を逸らし去って行った。
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