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五章 竜の谷

第三十七話

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「ゼル」

 ディルアスがそう呟くとドラゴンが舞い降りて来た。ディルアスのドラゴン、ゼルだ。

 ルナとオブが緊張したのが分かった。

「大丈夫だよ、あの子はディルアスのドラゴンだから」
『ぼくよりおおきい……』
「フフ、そうだね」

 久しぶりに仲間を見たからなのか、大人のドラゴンを見たからなのか、オブの瞳は輝いていた。

「おぉ! ドラゴン! 凄いな! ディルアスのか!」
「俺の仲間だ」

 そう言いながらディルアスはゼルを撫でた。
 ディルアスのドラゴンもいることだし、ルナとオブも元の姿に戻そうか。

「ルナとオブも元に戻って良いよ」

「おぉ!! ルナとオブか! 三体も並ぶと壮観だな!」

 ルナは身体を伸ばし、オブはゼルのほうを気にしつつルナの後ろに隠れている。
 ゼルはルナとオブに興味津々のようだ。近付こうとしている。
 ルナは完全無視だよ。オブはビクビクしてるし。ハハ、早く仲良くなれたら良いな。

「銀狼と黒ドラゴンか」

 ディルアスはルナとオブをじっと見詰めている。

「触っても良いか?」
「え、あ、うん、ルナは大丈夫だよ。オブは人間を怖がってるからやめてあげて」
「分かった」
「俺も触りたい!」

 ディルアスがよく喋る。魔獣が好きなのかな。
 ルナを撫でる姿がとても嬉しそうだ。いや、やっぱり顔にはそんな出てないんだけど、何となく笑っているというか、穏やかな顔というか。

 便乗してアレンも触りに来たもんだから、ルナが嫌そうだ。
 ルナはしばらく撫でられた後、身震いさせてから私の背後に回った。
 オブはゼルに顔を近付けられて固まっている。

「ハハ、ルナには逃げられたな。ゼルだったか? 触って良いか?」
「あぁ」

 ディルアスはルナに逃げられて少し残念そう。やっぱりディルアスは見てたら感情が分かって面白いな。

 アレンはドラゴンに触れてテンションが高いし。

「あのさ、そろそろ出発したほうが良いんじゃないの?」
「あぁ! そうだな!」

 忘れてた、とばかりにアレンが言った。おいおい。

「それで竜の谷はどこに?」
「エルザードから北東に行ったところにある、ネラダスティという山の麓にあるらしいと聞いた」
「ネラダスティ……」
「とにかく一度エルザードに行って、そこからその山を目指すぞ」

 エルザードに行くなら、とディルアスが空間転移魔法を使った。全員を転移させる巨大な魔法陣だ。やっぱりディルアスは凄いな。

 一瞬でエルザードまで来た。ルナたちが見付からないよう、人目に付かないところに。

「はぁあ、やっぱお前ら凄いな……転移魔法か。前、ユウが突然消えたのもそれだろ!」

 アレンは尾行してたときのことを言ってるのか。

「うん」
「はぁぁあ、お前ら何でもありだな」

 アレンは苦笑した。

「さてと、じゃあここから北東だ」

 方位磁石のような魔導具を出してアレンが方角を確かめている。

「こっちだ」

 それを無視するかのようにディルアスが歩き出した。

「おい! 勝手に進むな!」
「間違ってるの?」
「う、いや、あってるな」

 ディルアスが勝手に歩き出したので、アレンは焦っていたが、どうやら間違いではなかったらしい。
 どうして知ってるんだろう。

「ディルアス、竜の谷に行ったことあるの?」
「竜の谷ではないが、近くまでは行ったことがある」
「そうなのか、早く言えよ!」

 確かに。知ってるなら言ってくれても……苦笑した。

「もしかしてゼルはそこで?」

 竜の谷に近いところまで行ったことがあるのなら、ゼルと出会ったのもそこなのでは? そう思って聞いてみた。

「あぁ」

 歩きながら、話してくれるのを期待しつつ、じっと見詰めていると、ディルアスがたじろいだ。やっぱり面白い。

「ゼルとは偶然出会った。その時ゼルは竜の谷から出て来ていたらしく、人間に見付かり捕まりそうになっていた。普段はドラゴンのほうが圧倒的に強いが、その時は不意に襲われたらしく怪我をしていた。そこに加勢して人間を追っ払った」
「へー! それから友達になったの?」
「友達って」

 アレンは友達という言葉に笑ったが、ディルアスはそのまま続けた。珍しくよく喋る。

「怪我だけ治してやって、竜の谷に帰るように何度か言ったが、ゼルは付いてきた。だから望むのなら、と従属契約をした」
「ゼルはディルアスと離れたくなかったんだねぇ」

 ゼルを見上げた。空高く飛んでいる。

 しばらく歩いていると陽が沈み出して来たため、野営することになった。

「野営かぁ、初めてだ」
「そうなのか?」
「うん。初めてディルアスに会ったときに一応野営らしきことはしたけど、全部ディルアスがしてくれてたから私はただ寝ただけだった」
「ハハ、何だそれ」

 今まで必要なかったし。勝手が分からない。アレンとディルアスが用意をしてくれているのを手伝うだけだ。ちゃんと覚えないとな。

「ユウ、野営のときは結界と索敵をしたほうが良い」

 ディルアスが教えてくれた。なるほど。

「結界は自分たちの周りだけで良いが、索敵はなるべく半径二十メートルくらいはしとくべきだ」
「なるほど~! じゃあ今日は私がしてみるね」
「お前らといると便利だな」

 アレンが笑った。

「今日はディルアスたくさん話してくれて嬉しいよ」

 ディルアスの顔を覗き込んで言った。背が高いから覗き込むというより見上げる、が正しいかもしれないが。
 ディルアスは照れたのか、慌てて横を向いた。可愛いな。何だか思春期の男の子を相手にしているようだな、とちょっと可笑しかった。

「おーい、とりあえず俺にも出来る範囲で火点けといたぞ」

 薪に火を灯す。今から思えば、最初ディルアスと野営したときに薪に点火してた方法って魔法だったのね。あの時は勝手に点いたように見えたけど、今なら魔法で点けたと分かる。

 薪の周りにみんな腰を下ろし、ルナとオブ、ゼルも同じくくつろぐ。
 持ってきていた携帯食をみんなで食べた。
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