上 下
6 / 12

6.父と娘

しおりを挟む
第6話
父と娘


 私達は貴族病棟までやってきた。

 皆が緊張しているのが分かる……
 いつもなら、お調子者を演じて緊張をほぐすのだけれども、その様な余裕もなかった。
 先から、エルメンヒルデが何度も深呼吸をしている。

「エルメンヒルデ、落ち着いて。大丈夫よ。私も付いているからね」とお頭がエルメンヒルデの背中をさすっている。
 あの酒場の時を思い出した。

「では」と言うと、私はドアをノックした。
 三度、はっきりと聞こえるようにドアをノックした。
 二度しか聞こえないと、略式のノックに思われてはイケない。お頭が令嬢モードで貴族を訪問しているのだから。

 そして、使用人らしき年配の女性が、「どなた様でしょうか?」と中から出てきたので、私は「こちらは、ホーエンツォレルン家のヴィルヘルミーナ嬢が、ラインハルト殿のお見舞いに参りました」と返答した。

「左様でございましたか。お入りください」と、私たちは中に入ることにした。

 中に入ると、使用人が控えている部屋があり、さらに奥が病室になっているようだ。
 これが貴族使用というものなんだろう。

「中へどうぞ」と言われ、部下2名をこの部屋に残し、私とお頭とエルメンヒルデが病室に入ると、正妻らしき女性と少年と幼女がいた。
 ラインハルト殿の子供だろう。

「ラインハルト殿、お久しぶりですね。随分とご出世されたようで何よりですわ。体調は如何ですの?」
「これは、ヴィルヘルミーナ嬢。わざわざのお越し、ありがとうございます」と、その後は社交辞令を行い、我々もご挨拶した。
 エルメンヒルデは正妻や子供たちの手前、“アインス商会を代表して挨拶に来た”ということにした。

 ここで、正妻と息子と娘は、部屋を出て行った。
 事情を知る正妻が気を利かせてくれたのだろうか。

「お、お父さん」
「エルメンヒルデ、ずっと探していた。ずっと」

 探しても見つからないはずだ。エルメンヒルデは新大陸へ行っていたのだから……

 親子二人にしてやりたいのだけれども、お頭と私が使用人のいる部屋に戻ると不自然なので、なんとも居づらかったのを覚えている。

 母親がペストで亡くなったこと。
 埋葬するにもお金がなかったこと。
 なんとか、ロッテルダムの墓地に埋葬できたこと等を、エルメンヒルデは父親に語っていた。
 さすがに、新大陸に行くときの船の話はしなかったのは、当然だろう。

 で、今、アインス商会で武器の外商をして、ヴィルヘルミーナ伯爵令嬢と知り合ったと言っている。
「そうか、良かったな」と父も満足気だ。

 そして時間になり、退出することになった。

 外の部屋にいた娘が、どういう訳か、
「お姉ちゃん、お姉ちゃんは、どなたなの?」と、エルメンヒルデに聞いてきた。

 驚いたのはエルメンヒルデだけでなく、正妻も病室にいる父も驚いていた。

「えっ、私? 私はエルメンヒルデ。伯爵令嬢様の……お友達よ」とエルメンヒルデが答えると、お頭は「ウンウン」と頷いていた。

「エルメンヒルデお姉ちゃん。今度はいつ来るの?」

 何故、この娘はエルメンヒルデにまとわりついて、質問をするのだろうか?
 その時、この幼女の髪の毛がボンネットの後ろから見えた。

 天然パーマだ!

 そして、注意深く見ると、エルメンヒルデとどことなく似ている。
 父親に似ているのか?
 確かに姉妹に見える。

 この幼女は、無意識に気が付いたのだろうか?
 エルメンヒルデが姉だということを。

「まあ、申し訳ないですわね。エルメンヒルデさん、商会での契約の件がございますの。お店までご案内をお願いしたいのですわ」とお頭が助け船を出して、この場は治まった。

 エルメンヒルデは、深々と正妻に頭を下げて部屋を出た。
 それは、「二度とご迷惑をおかけしません」と言っているように見えたのは、私だけだっただろうか?

 そして、実際、二度とエルメンヒルデが父親に会うことはなかったのだから。

 理由は、2カ月後、父は亡くなったのだ。
 どうやら、精神を病んでいたようだ。

 もしかして、貴族病棟と言うのは、お頭たちがエルメンヒルデを安心させるためそう説明したのであって、あれは精神病棟で患者が出歩かないために二重扉にしていたのではないだろうか?
 今となっては、その様なことは、聞けるはずもないのだけれども。

 そして、エルメンヒルデは、皮肉なことに自分達を追い出した祖父母しか、今や身内がいなくなったのだ。

 その頃から、エルメンヒルデの無謀ともいえる行動が目立つようになってきた。
 死を恐れないのでなく、死に行くような行動をするようになり、護衛隊長の私を苦しめるようになってきた。

 次回の女海賊団は、エルメンヒルデ無双です。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夜の終わりまで何マイル? ~ラウンド・ヘッズとキャヴァリアーズ、その戦い~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 オリヴァーは議員として王の暴政に反抗し、抵抗運動に身を投じたものの、国王軍に敗北してしまう。その敗北の直後、オリヴァーは、必ずや国王軍に負けないだけの軍を作り上げる、と決意する。オリヴァーには、同じ質の兵があれば、国王軍に負けないだけの自負があった。 ……のちに剛勇の人(Old Ironsides)として、そして国の守り人(Lord Protector)として名を上げる、とある男の物語。 【表紙画像・挿絵画像】 John Barker (1811-1886), Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

晴朗、きわまる ~キオッジャ戦記~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 一三七九年、アドリア海はヴェネツィアとジェノヴァの角逐の場と化していた。ヴェネツィアの提督ヴェットール・ピサーニは不利な戦いを強(し)いられて投獄された。その結果、ジェノヴァは、ヴェネツィアの目と鼻の先のキオッジャを占領。ヴェネツィア元首(ドゥージェ)コンタリーニはピサーニを釈放して全権を委ねる。絶体絶命の危機にあるヴェネツィアの命運を賭け、ピサーニと、そしてもう一人の提督カルロ・ゼンの逆転劇――「キオッジャの戦い」が始まる。 【表紙画像】 「きまぐれアフター」様より

谷中の用心棒 萩尾大楽

筑前助広
歴史・時代
旧題:それは、欲望という名の海 ☆第6回歴史時代小説大賞 特別賞受賞☆ 玄界灘。 この黒い潮流は、多くの夢や欲望を呑み込んできた。 人の命でさえも――。 九州は筑前の斯摩藩を出奔し江戸谷中で用心棒を務める萩尾大楽は、家督を譲った弟・主計が藩の機密を盗み出して脱藩したと知らされる。大楽は脱藩の裏に政争の臭いを嗅ぎつけるのだが――。 賄賂、恐喝、強奪、監禁、暴力、拷問、裏切り、殺人――。 開国の足音が聞こえつつある田沼時代の玄界灘を舞台に、禁じられた利を巡って繰り広げられる死闘を描く、アーバンでクールな時代小説! 美しくも糞ったれた、江戸の犯罪世界をご堪能あれ!

1916年帆装巡洋艦「ゼーアドラー」出撃す

久保 倫
歴史・時代
 フリードリヒ・ヴィルヘルム・ヴィクトル・アルベルト・フォン・プロイセンは、かつてドイツ皇帝ヴィルヘルム2世と呼ばれたが、世界第一次大戦の混乱から生じたドイツ革命の最中、オランダに亡命して退位。  今は、少数の謹慎と共にオランダユトレヒト州ドールンで、趣味として伐採する安楽な日々を過ごしているが、少々退屈であった。  そんな折、かつての寵臣より招待状が届いた。  その招待に応じ、ヴィルヘルムは、古びた救世軍のホールに足を運ぶ。  世界第一次大戦時、アラビアのロレンスと並び評されるソルジャー オブ フォーチューン(冒険家軍人) フェリックス・フォン・ルックナーの戦記、ご観覧くださいませ。

仇討ちの娘

サクラ近衛将監
歴史・時代
 父の仇を追う姉弟と従者、しかしながらその行く手には暗雲が広がる。藩の闇が仇討ちを様々に妨害するが、仇討の成否や如何に?娘をヒロインとして思わぬ人物が手助けをしてくれることになる。  毎週木曜日22時の投稿を目指します。

紅花の煙

戸沢一平
歴史・時代
 江戸期、紅花の商いで大儲けした、実在の紅花商人の豪快な逸話を元にした物語である。  出羽尾花沢で「島田屋」の看板を掲げて紅花商をしている鈴木七右衛門は、地元で紅花を仕入れて江戸や京で売り利益を得ていた。七右衛門には心を寄せる女がいた。吉原の遊女で、高尾太夫を襲名したたかである。  花を仕入れて江戸に来た七右衛門は、競を行ったが問屋は一人も来なかった。  七右衛門が吉原で遊ぶことを快く思わない問屋達が嫌がらせをして、示し合わせて行かなかったのだ。  事情を知った七右衛門は怒り、持って来た紅花を品川の海岸で燃やすと宣言する。  

空蝉

横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。 二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。

桜の舞う時

唯川さくら
歴史・時代
『約束する。いつか…いつかきっと…』      咲き誇る桜になって、帰ってくるよ…。    フィリピン ルソン島決戦  ―― 燃え上がる太陽 ――  染矢 雪斗  『この国は…負けて目覚める…。…それでも…それでも俺は…。』      大切な友の帰る場所を、守りたい ―――――。                             神風  ―― 桜色の空 ――  相澤 剣 『…なんぼ遠くに離れても、この世におらんでも…。』      俺らはずっと友達やからなあっ…!!                             ヒロシマ ―― 雨の跡 ――  赤羽 光 『…地位も名誉もいらない…。人の心も自分の命も失ってかまわない…。』      僕にはそれよりも、守りたいものがあるんだよ…。    フィリピン ルソン島決戦  ―― 燃え上がる太陽 ――  影山 龍二 『勝てると思って戦ってるんじゃない。俺たちはただ…』      平和な未来を信じて戦ってるんだ…。 沖縄本土決戦  ―― パイヌカジの吹く日 ――  宜野座 猛   あなたには   彼らの声が   聞こえますか? 『桜が咲くと、“おかえり”って言いたくなるのは…あの人たちに言えなかったからかな…?』     桜の舞う時         written by 唯川さくら

処理中です...