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第一章 過去から来た者たち

5.ウィーン

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 お祖父さまの計らいで、小さいながらも社交界デビューを果たすことが出来た。
 しかし、この冬からはウィーンにて、本格的な社交界が始まる。

 当然、初参加となると奇異の眼で見られるので、気を引き締めないといけない。
 それ以上に、身の安全が気になる。
 もしかしたら、その会場に母殺しの犯人がいるのではないか、その関係者がいるのではないかと思うと、悠長に食事など出来ようか。

 そんな日々を過ごしていたが、いよいよ、出発の日となった。
 父と共に領地を出発し、お祖父さまと合流してウィーンに行く予定だ。

 さて、ウィーンには各領主の詰め所がある。
 日本の江戸にも、各藩の屋敷があったのと同じだ。そこに泊まることになる。

 そして、翌朝、屋敷の周りが騒がしいことに気が付いた。
「アン、周りが騒がしいわ。何かあったのかしら?」
「お嬢様、見てまいりますので、ここでお待ちください」

 しばらくして、アンが一人で戻って来ると思っていたら、父と一緒だったのには、驚いたが、冷静に話を聞くことにした。
「お父様、如何なされましたの?」
「ヴィル、何でもない。ここから出ないように、時間まで屋敷から出ないように」
「それはよろしいのですが……そう、アン、外の騒ぎはどうでしたの?」と、私が言うと、アンは暗い顔になり、首を横に振っている。
 今まで、アンのこの様な仕草は見たことなかったので、不吉なものがあったのだろうと、私は感づいてしまった。
 それも私のことだろう。

 気になるが、知らぬふりをするのが、親思いの良い子と言うことになろう。
 使用人も仕えやすいというものだ。ここは、話題を変えてやろう。
「アン、朝食は何かしら」と、私が言うと、明らかに二人が安堵している。

――まったく。

 そして、父とアンが食堂に向かったのを確認して、私は、一人の男性使用人を捕まえた。
「ちょっと、貴方」と言うと私は、チップをチラつかせ、「表で何があったか見て来て」と言った。
 男は、「分かりました」というと、チップを受け取り、足早に駆けて行った。

 数分後。
「お、おぉ、お嬢様、確認してまいりましたが、食事の後がよろしいかと思います」と、先ほどの男が言うではないか。
「分かりましたわ。では、食後に教えて頂戴な」

 そして、男の報告を聞くと、我が家の塀に、動物の血液で、この様に書かれていたそうだ。
“Wilhelmina, als nächstes bist du.”
「ヴィルヘルミーナ、次はお前だ」と。

 父が命じ、今は、落書きも消され、動物の死体も処分されたようだ。

『次は』ということは、前回と言うのは、やはり、母の落馬のことか?
 やはり、私は狙われているようだ。
 なので、社交界の日まで、まったく屋敷から出してもらえなかったのは、護衛のためと理解していた。
 なので「学園時代の友人が来ているので会いに行きたい」など、言えなかったし、そんな気分にもならなかった。
 そして、私自身も落ち突きが無くなり、何か武器になるものを手に持っているようになっていた。

 また、部屋では剣を振っていた。
 剣など振っても、小銃で撃たれたら、交わせるものでは無し、気やすめだろうが、「簡単にやられるものか!」と、剣を振っていた。
 屋敷にこもっていたので、外で何があったのは、よくわからなかったが、たまに外が騒がしく感じるのは、また、血の落書きでもあったのだろう。

 そして、社交界の日がやって来た。
『どこから狙われているかもしれない』という緊張感があったが、護衛を信じるしかない。
 会場では、父やお祖父さま、事情を知っているだろうバイエルン夫人らが、側にいてくれた。

 さて、命の危機なのだけれど、身内でない貴公子とダンスを踊るのは良いのだろうか?
 この様な場に来て、踊らないと、変な噂の対象になるのではないのか?

 そして、踊ったら踊ったで、貴公子たちの顔が歪んでいる。
 剣ダコまみれのグローブの様な私の手を握り、恐怖をしているようだ。すっかり、剣ダコのことは忘れていたわ。
 なので、しっかりと貴公子の手を握り、
「変なことを言いふらすと、貴方の手を握りつぶしますわよ」と、脅しておくことにした。

 その後、社交界に“握力令嬢”なる化け物がいると噂が流れたが、「きっと都市伝説の類に違いない」と思うの。
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