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第三章 踊るように笑え
26.ウィンドジャマー
しおりを挟むヴィレムと支店長は工場へ入った。
すると、まだ、クリッパー船は解体をしておらず、作業は進んでいなかった。
それには支店長は面食らったが、どのみち、この船は使わないのだから良いのだが……
そう、「良いのだが」、フィッツジェラルド氏が新しい船を作るはずなのに、放置とは、如何なることだろうか。
彼が、仕事をさぼっていたとは思えない。
いや、竜骨が見つからなかったのだろうか。そういえば、鉄で竜骨を補強するとか、とんでもないことを言っていたが、そんなことは、まず無理だろう。
「フィッツジェラルド工場長」と、フィリップス支店長は工場長を呼んだ。
「支店長、戻って来られましたか」
応接室に二人は呼ばれ、アインス商会会長からのキャンセル料の話をしなくてはいけなかった。
「あ、あの」と言ったのはヴィレムだった。
当然、このことの説明は支店長の役目だが、ヴィレムが声をかけたのだ。
「あの、まさかクリッパー船は……」
「そうなんだ、工場長。申し訳ない。資金が調達できなかったんだ」
「支店長、我々も、念の為、竜骨を調達できないかと、あたってみたのだが……まるで、木材商人達が口裏合わせでもしたかのように」
「では……」
支店長が咳ばらいをして、話すようだ。
「実は、ラインラントでは、クリッパー船はキャンセルにしてアムステルダム支店に、この仕事をやらせることになってしまったんだ。なので、キャンセル料として500ポンドを渡されたんだ」
「ほう、あの会長がキャンセル料を支払うとは、あれですな」と、フィッツジェラルド工場長は軽く笑った。
「工場長、笑っている場合ではないですよ。ティーレースです。不参加になると、また、我が商会に泥を塗ることになる。ロンドン支店にも迷惑がかかると思うと」
そう、アインス商会はロンドンにも営業所があったのだ。
フィッツジェラルド工場長は、「500ポンドですか」と言った。
「はい、500ポンドですよ」
工場長は一呼吸おいて、言い放った。
「十分です」と。
「えっ」と驚いたのは支店長とヴィレムだ。
だが、ヴィレムは頷いた。
そして、「もう、出来ているのですね」とも言った。
「おい、ヴィレム。何を言っているんだ」
「燃えた竜骨はそのまま使うということですね」
「よくわかったね」
「はい、この前、アメリカに行った際、見たんです。鉄の竜骨を。鉄と鉄を繋ぎ合わせて一つの竜骨にする。帆船と汽船の中間的な船、"ウィンドジャマー"と言うらしいです」
「そうか、アメリカでは、すでにこのやり方を始めていたのか」
「何を言っているのだ。二人は?」
「支店長、船は完成しているんです。既に」
「なんだと、ヴィレム。本当なのか」
「あぁ、支店長。だが、ティーレースは、直に始まる。テスト公開が十分に出来ないのが、残念だが」
「工場長、早速見せてください。僕たちの船を」
「あぁ、もちろんだ。我が工場初の“ウィンドジャマー”をな」
こうして、鉄で補強したため、船は作り直すことなく500ポンドで修理は完成したようだ。
そして、ティー・クリッパー初のウィンドジャマーが完成した。
しかし、重たい鉄を使い、快速帆船としては、きついハンディキャップとなってしまったことは、まだ、工場長は話していない。
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