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第二章 ラインラント
16.友情の誓い
しおりを挟むライン川は、多くのタグボートがダルマ船を曳いていた。
なので、意外にもヴィレムたちは目立たなかった。
とはいえだ。
プファルツ州ラインラントまでは十時間以上ある。
「この辺りは流れも穏やかだ。遡るのにも左程障害は無い」と、ハインリッヒ船長が説明をしてくれた。
そして、あの“ケルン”の街が見えてきた。
川の真横に、大聖堂が見える。
というか、現在は、残念なことに修繕中で、完成は今しばらくお預けのようだ。
「なぁんだ、つまらない」とは、ヴィレムの本音が出てしまったのだろう。
さて、一行はアインス商会の本店に着いた。
今回の目的は、クリッパー船建造に係る経費が増えたことに対する支援のお願いだ。
しかも、先日、アメリカで身代金を支払ったので、支店にはカネが無いと。
支店長も船長も、こっぴどく愚痴られるだろうから、弾避けにヴィレムという若い航海士を連れてきたのだろうか。
その捕まった時の経緯を会長に聞かれた際には、彼と船長に説明をさせるわけだ。
そして、三人は会長室に通された。
何故か、会長だけでなく会長夫人もいた。
「おぉ、ヴィレム。無事だったか」と言ったのは、この商会の会長であるバルドゥイーン・アインホルンだ。
「大変心配いたしましたよ。ヴィレム」と、夫人も追随した。
「はい、大丈夫です。会長様。奥様も」
「ヴィ、ヴィレム。会長様などとは呼ばないでおくれ。いつもの通り、『おじ様』でお願いするよ」
「えぇ、私も『おば様』でね」
「は、はい。おじ様におば様」と、ヴィレムが言うと二人は、ニッコリと安堵した様子だ。
そう、これが支店長と船長の作戦だ。
実は、ヴィレムは親元を離れ、この夫妻に数年間預けられて育った経緯がある。
何故、預けられたのかは、社員たちには「戦争によるもの」と説明されている。
大陸は普墺戦争は終わったばかりだが、また、ナポレオン三世が侵攻を企てているようで、どこも絶え間なく闘いが続いているようだ。
この機に乗じて、支店長は資金援助をお願いすることにした。
「会長様、実は支援をお願いしたいのです」
「ほう、何に使うのだ。身代金は支払ったと聞いたが」
「クリッパー船を建造し、ムンバイ経由で清国に行きたいのです……」
「作れば良いではないか。フィリップス」
「実は……」
「なるほど……なら、アムステルダム支店にクリッパー船があったので、そちらにやらせる」
「おじ様……そんなことは言わないでください」
「おぉ、ヴィレムよ。どうしたのだ」
「僕も新しい船に乗って、ムンバイに行きます」
「なんだと!」
「なんですって」
会長夫妻は、今までの上機嫌がウソのように消し飛んだ。
「うん、ヴィレムや。ちょっと、隣の部屋に行ってなさい。おい、誰か。この子を応接間に」
「もう、子供じゃないです。おじ様」
とは言うものの、やはり、ヴィレムは応接間に追いやられた。
さて、ヴィレムのいなくなった会長室では。
「フィリップスにハインリッヒ。お前らは"あの子"をインドから清国へ連れて行くのか」
これには、ハインリッヒ船長が答えた。
「はい、そのつもりです」と言うと、夫人が悲鳴のような声を上げた。
「なんですって」と。
「お前たちは、あの子の出自を分かっているのか」
「も、もちろんです」と言う支店長の額には汗が流れていた。
「我々の先祖の『友情の誓い』を知らぬわけではないな」
「もちろんです。会長」
「心得ております」
「うん。なら、危険な目に合わせるわけにはイカンだろう。先日もアメリカで人質になったではないか」
これには、返す言葉もないが、先祖の『友情の誓い』とはどういうことだろうか。
フィリップス支店長の名前は、“フィリップス・アインホルン”。
会長と同じ氏になるので、共通の先祖がいるのだろう。
船長は、ハインリッヒ・ヤンセンと血縁ではなさそうだが。
「嘗て会長をされたエマリー・アインホルンが、ご領主様と交わされた誓い。ロッテルダム支店長をされたクリスティアーネ様が交わされた誓い。もし、ヴィレムを失うようなことがあれば、天国で先人たちに、どのような言い訳をすれば良いのか。儂にはわからん」と、会長は目に涙をためて、二人を叱りつけた。
だが、船長は言い放った。
「いずれヴィレムには、アインス商会の中心的人物になってもらいます。それには一等航海士の経験は必要です。ヴィレムのご先祖様もそれを望んでいるはずです。つまり、いずれ船長になれと」
それを聞いた会長夫人は、大きく息をのみ込み眩暈を起こしたようだった。
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