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第2章 空手家、異世界冒険者になる

20.決着

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第20話
 決着

 ジムの左手首は内出血を起こしていた。

 何が、起こったのか?

 ジムもよく分かっていなかったが、離れて観戦している者達には、蒼井がジムのナイフを持つ左手を蹴ったのが、見えていた。

 つまり、ジムが左上から蒼井の頸動脈を目掛け、振り下ろそうとしたとき、蒼井は左上段回し蹴りを、ジムがナイフを持つ左手首目掛け、蹴り放ったのだ。


 そして、オレは言い放った。
「折れてないのか? 運のいい奴め」と。

 そう、オレは、こいつの前腕尺骨を折るつもりで蹴ったのだ。

「な、なにを……」というも、ジムは焦っていた。

 折れてはいないが、こんな短時間で内出血で左手首は、パンパンに腫れ、大きな瘤が出来ていた。ジムの経験上、腫れるのが早すぎる。
 やはり、折れているかもしれないが、痛くて触れない。


 左手が使えない、ならば、あれをやるしかない!


 右手のナイフを両手で持ち、右の腰にナイフを腰だめに構える。刑事ドラマやヤクザ映画でよく見るやつだ。

 その木製のナイフは、強く刺せば、中に仕込んだ鉄の刃物が飛び出す仕組みになっており、相手の腹に突き刺さるようになっている。

 それでも、トドメをさせない場合は、マントの影で見えないように、カランビットナイフでトドメを刺すつもりだ。

 蒼井を刺した後は、ギルド職員が事故として処理をする。
 もし、息があれば、ギルド職員がとどめを刺すことになっている。


 ジムは腰だめの構えから、蒼井目掛けて、踏み込んだ。

 よく突っ込んでくる相手に、「横へかわせないものか?」などいう人がいる。スペインの闘牛士の様に。

 だが、大抵の場合は、まず無理だ!?

 腰だめからの刃物は、突き刺すのではなく、体当たり。相撲の立会いのようなもの。

 立会いを交わしたり、いなしたりする場合も見ることがあるが、プロの大相撲の力士がたまにしかしない難度の技を、しかも命を張った場面で使うのは、難しいのだ。


 それよりも、オレはもっと簡単な技を選択した。

「左下足底、鎖骨割り」

 空手にそんな名称の技があるわけでない。

 腰だめで、突っ込んでくる相手の後ろ側の鎖骨目掛けて、左足の踵で蹴り飛ばしたのだ。

 しかし、この技は絶対な効果があった!


 ジムの右鎖骨は、木っ端微塵に砕けたのだ。ジムの右手はダラリと垂れ下がった。
 そして、仕込みナイフは、“ドスッ”という木製にしては明らかに重たい音を鳴らし、地に落ちた。


 もうジムは、両手が使えない。
 だから、マントに隠しているカランビットナイフも使えない。

 そこに、蒼井の目突きが炸裂、その後は、ひと呼吸で、顔面に3発の正拳突きが炸裂した。

 ジムの顔からは鼻血とヨダレは垂れ、大きく口を開けて、地面に大の字に倒れている。


 例のギルド職員の「そこまで!」という声が響いた。

 ギルド職員はジムに近づいき様子を見て、大きな声で叫んだ。
「ジムの勝ちだ。蒼井は反則を行った」と判定を下した。


 見学者は唖然とし、しばらくしてからは、ブーイングが起こった。

***

“そのギルド職員”は、ジムの顔を覗き込みながら、仕込みナイフとカランビットナイフを回収しておいた。
 証拠は残すべきではないからだ。


 先ほどオレと試合をしたアニー・オクレーが、今の判定を聞きつけ、烈火の如く怒鳴り込んできたようだ。

「それ、どういうことよッ、説明しなさいよッ」

「……いや」

「倒れている奴が勝ちなわけ?」と、くってかかっている。


 ギルド職員は、
「目突きは反則だ。よって、蒼井は失格だ」とは、言うものの、そんなルールは聞いたことない。
 アニーが、さらに食ってかかる。

 アニーの性格が許さないのだろうし、自分に勝った蒼井が負けるのも、許し難いのだ。


 ジム・ライトは担架で運ばれているが、アニーとギルド職員は、まだやりあっているようだ。


 そこに、ギルドマスターと毒堀が、観覧室から会場へ割って入ってきた。

「サンダンス、これは、どういうことだ!?」

 サンダンスとは、“そのギルド職員”のことだ。

 --マスターが、ここに来たということは、部下達が、マスターを抑えられなかったのか?

 この女の抗議が長過ぎるのか?

 おそらく、どちらもだろう。
 サンダンスは、舌打ちせずには、いられなかった。


***


 サンダンスが、この街のギルド職員になったのは、10年ほど前のことだ、以前の職は強盗だ。 

 何度か捕まり、脱走を繰り返したが、盗賊団は壊滅することは無かった。

 その盗賊団は、専ら馬車と銀行を襲っており、専門家といっても良いぐらい馬車と銀行を襲っていたが、この国のシェリフは優秀なのか、サンダンスは何度か捕まってしまった。※1


 ある日、銀行を襲撃した際、1人のシェリフと格闘となったのだ。

 大金を手にして、仲間たちとズラかるところに、そのシェリフは1人でやって来た。

 油断していたこともあり、5人のうち、3人がアッという間にヤラれてしまった。


『これは、ヤバい』とサンダンスは思った。

 今は、こちらは2人いるが、どちらかがヤラれるのは、時間の問題だとサンダンスは理解していた。

 そこに、もう1人、シェリフが現れた。

「ジムか!? 良いところに来てくれた。ジムは右の奴を相手してくれ」と言うと、この凄腕のシェリフは、瞬時に、もう1人の仲間の盗賊団員を始末した。


 残るはオレだけだ。
 オレは死を覚悟した。
 そのとき、その無敵に思えたシェリフは倒れていた。

 何が起こった……



 見ると血まみれのカランビットナイフを持ったシェリフが立っていた。
 確か、ジムとかいったよな。

 ジムは、
「馬の用意は?」と聞いてくるので、

「当然している」と回答した。



 2人は、カネを詰め馬で逃走した。

 ジムは「相方を失ったショックでシェリフを辞める」と上手く退職し、今では、用心棒をやっている。

 まあ、解雇だったのだろうが……


 また、オレは、その日から、サンダンスと名乗っている。


 経歴を偽り、このギルドに辿り着いたが、元強盗には、ここの給与は満足のできるものでは無い。

 ましてや、こんな便利屋がいたのでは、ギルドへの依頼単価が下りかねない。


 さて、ギルドマスターが詰め寄ってきた時、「ここらがここも潮時か?」とサンダンスは呟いた。


 ジムは部下らが、何とかするだろう。

 そう判断したサンダンスは、ジムのいう“あの人”から頂いた魔法石を取り出した。

 そして、魔法石は赤い光を放った。

 すると……

『バリン、バリン』とガラスの割れる音が、あちこちで聞こえてくる。 

「魔物だ! 魔物が襲ってきたぞ」という声が聞えてきた。

 街中で、魔物達が暴れているのだ。



 ギルドにもゴブリンライダーが侵入してきた。

 ギルドに手続きをしに来ていた一般住民達は、魔物から逃げるも、ウルフに跨ったゴブリンライターから逃げることは難しく、何人かは棍棒で殴られ血を流していた。

 ギルドにいたハンター達も交戦するも、走り回るウルフに追いつける訳もなく、住民を守る防衛戦が主体となっていた

 そこに、大きな雄叫びが響いた。

「ワオオオオォーーン」と、地鳴りかと思うほどの力強く、大きな声だ。

 そこに現れたのは、仔牛ぐらいある巨大なウルフだ。
 しかも、尻尾はとても大きく二股に分かれている。

 巨大なウルフが、ゴブリンライダーに体当りすると、ゴブリンもウルフも天高く舞い上がる程の威力がある。そもそも、体格が違い過ぎる。


 今まで、いい気で調子に乗っていたゴブリンライダー達が、青ざめるのが伝わってきた。

 逃げ惑うゴブリンとウルフ。
 我先にとギルド施設から出ようとするが、巨大ウルフの牙に噛みちぎられている。

 すると、ハンター達は、住民の護りに出撃して行った。

 オレは、巨大ウルフの近くに寄ることにした。
 確かめたかったのだ。

 ギルドマスターや他の職員は、「危ない!」と口々に警告をしたが、“ふたり”は初対面ではなかった。

「お前は、あの時の……」

 そう、あの時! あの時だ!

 墓場でアンデッドに襲われた時、また、野営をしてゴブリンに襲われそうになった時、いつもオレを助けてくれる大型の四足動物は、巨大なウルフだった。



※1 シェリフ 保安官や治安維持に努める者の総称 
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