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3.バルト海を並び行く幽霊たち

3-13.ウサギとカメ

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3-13.ウサギとカメ

 世の中には、例外というものがあったりする。

 ウサギより速い亀がいるとか。
 ライオンを襲う鹿がいたりするとか。

 幽霊船は中型船のキャラベルだ。
 こちらは、大型船のガレオン船だ。

 つまり、ガレオン船がキャラベルより速く動くはずはない。しかも風が少ない内海だぞ。


 普通なら、本船が幽霊船に追い付き張り付くなど、有り得ないのだ。
 だが、この船は、ガレオン船でも遅くはない。
 帆の数も多く、船底も設計より強化されている。
 キャラベルを捕まえることは無理ではなかった。

 そして、どうやら、本船から見て、幽霊船を12時として、8時と6時に敵船がいるようだ。
 だが、本船が幽霊船に張り付いたので、砲撃が幽霊船を越えて着水している。

「無駄なことを」と、私は苦笑した。

 だが、これが新たな砲撃合図だったようだ。
 猛烈な砲撃が始まった。
「なんだ、隠れていたのか?」

 後方の6時と8時からの砲撃と前方からの砲撃で、挟まれてしまった。

 しばらくして、幽霊船に着弾した。
「味方を撃ったのか?」

「こちらも撃つぞ! ヤスミン!」
「カノン砲。てぇーーー」



「キャプテン、撃ち返してきました。カノン砲です」
「なに、カノン砲だと。スペインでもいるのか? マリーネ、情報は?」
「いえ、スペイン海軍がいるという情報はありません。この海域にいるのは、イギリス商船と例の貴族です」
「兎に角、応戦する」
「「「了解」」」


「お嬢ッ、何か知らない船が大砲を撃ってきているッ」
「お嬢様、これは?」
「分からないけど、こちらのキャラベルも被弾している。放っておくわけにはいかないわ。ラパンデメル号出航する。海賊旗を上げろ」


 私は、正面と後方から挟撃され、一つ間違えれば、この霧の中とは言え、直撃を受けて沈没の危機だ。
 いくら狙って撃っていなくても、当たるときは当たる。

「幽霊船を盾にしたのに、正面から撃って来るのだ。仲間ではないのか?」
「ミーナ、そう。なんか撃ちすぎでしょう。これは」と、エマリーも不審に思っているようだ。


「キャプテン、灯りの方向からの砲撃以外に、新たな敵船を発見、こちらに突っ込んできます」
「なんだと、全船、全力砲撃だ」


「お嬢様、正面にキャラック船が五隻、海賊船です」
「こちらも全力砲撃で突破する」

 黒船海賊団とラパンデメル号とその配下のキャラベルがすれ違う。

「おい、ハインリッヒ、マリーネ。見たか? あの海賊旗を」
「はい、キャプテン」と答えたのはマリーネだ。
「赤い海賊旗を、俺たちに向けてきた。追撃をする」
「了解。反転だ」

 赤い海賊旗とは、何か?
 赤い旗を相手に向けることは、「皆殺しをする」と言う意味になる。

 つまり、シュバルツは「皆殺し」をすると挑発されたということだ。

 彼が、それを許すはずもなく、追撃する黒船海賊団。
 そこに、マリーネが、「キャプテン、あの船が、例の貴族の乗る『ラパンデメル号』、クレマンティーヌの船です」
「なら、なおさら逃がすわけにはイカンな。海賊旗を高く上げろ」


 先まで、挟撃をされていた私たちだが、突如、静かになった。
 耳をつんざく砲撃音が遠ざかって行く。
 そして、聞こえなくなった。
 それは、不気味としか言いようがない。

「どうしたんだ?」という船員たちの様子だが、私も不思議に思っていた。
 残されたのは、私たち白いガレオン船と被弾し少し出火している幽霊船だ。

「お頭、どうします?」
 目の前に船があるんだ。頂けるものがあれば、頂くことにした。

「ゆ、幽霊船に入るの?」と、嫌がる船員もいた。
「ローズが、お祓いをしてくれるから大丈夫だ」というも、当の本人の様子がおかしい。
 無言で下を向いている。手に持っているのは聖書だろう。

 そう、海賊船には聖書は必ず置いてある。
 入団の際、聖書が必要になるからだ。

 少し説明をしよう。

 海の上ではトラブルが絶えない。狭い船の中で、いつも同じメンバーなのだから、ストレスも多い。
 そこで、船の上での規範や分け前などを決めた条項を作っておく。
 それを護れるかと、聖書に誓うのだ。
 誓いに署名し、署名は船長室に保管することになる。

 私は、趣味の合鍵づくりを活用して、鍵の上に署名してもらい、その鍵を、船長室の隠し棚に飾っているんだよ。

「ローズマリー、行くぞ」
「は、はい」

 ということで、私たちは、幽霊船に乗り込むことにした。
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