四六時中、「好き」を伝えて

香田

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四六時中、「好き」を伝えて

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ひびき、好きだよ」
「…知ってる」

そっけない言葉に、辟易したように逸らした顔。
――あぁ、なんて可愛げのない。
何度目かも分からない後悔に苛まれる。
けれど、どれだけ悔やんだって、口から出て行ってしまった言葉はもう戻ってこない。

――早朝。
ベッドの上、おはようの後の寝起きで少し掠れた「好き」。
――朝。
玄関先、行ってきますのキスに続く、どこか離れがたそうな「好き」。
――夕方。
キッチンの傍、凭れ掛かるように抱き着き、甘えたな調子になっている「好き」。
――夜。
リビングのソファーで、二人寄り添いながらの談笑に混じる「好き」。
――深夜。
ベッドの上、おやすみの前の愛おしむような響きを持たせた囁き声の「好き」。

かなでは、毎日飽きるほどたくさんの「好き」をくれる。
そしてオレは、それに飽きることもなく、毎度幸せな気持ちにさせられるのだ。

だから、オレも奏に同じだけ「好き」を返したい。
なんなら、オレの方が年上だし。大人の男としての威厳を見せつけてやりたい。
「オレも好きだよ」と、余裕たっぷりに返すシミュレーションは何度も繰り返している。
なのに、いざ実践しようとすると、言葉と行動が全然伴ってくれない。

嬉しそうに緩んだ笑い声を上げて、奏が後ろから抱きついてくる。
にこにこと締まりのない表情に、ほっと息を吐いた。
どうやら、怒ってはいないようだ。
というか、奏はオレのこの態度に一度たりとも怒ったことがない。
恋人の度量の広さに感謝を通り越して尊敬の念さえ覚える。

「奏って、『好き』って言うの好きだよね」
「え?」

奏はきょとんとした顔を、肩越しにこちらに向けている。
あ、今のまずった、かも。
ただ素直な感想を述べただけだったけど、その前の返答からして良い意味には取られないかもしれない。
慌ててフォローを入れようとすれば、ふと回された腕の力が強まった。

「好きの二文字じゃ足りないくらい、響のことが好きだから」

だから、『好き』って言いたくなんだよね、と続いた言葉の甘さに、一瞬呼吸が止まる。
砂糖を煮詰めた様な言葉と声は、ひどく甘ったるく耳元で響いた。
途端に壊れたように、心臓がドクドクと鳴る。

「な、なんだそれ」
「でも、それでも全然足りない。本当はもっと響に言いたい」

信じられない言葉に絶句する。
あれでも、足りないのか。
奏からもらえる「好き」は、確かに幸せな気持ちを運んでくれる。
けれど、砂糖と同じで、幸せだってきっと許容量があるはずだ。
過剰摂取しすぎたら、心臓がもたなくて死んでしまう。

「好きって言っても、好きって返ってこないのに、言うのやめたくならないの?」

精一杯の心理状況で返せた言葉の、あまりの酷さに内心で頭を抱える。
本心としては、つい数十秒前と同じ、純粋な疑問を投げかけただけだ。
なのに、字面の嫌味っぽさと言ったら、思わず苦笑してしまう。
仕事の場じゃコミュニケーション能力に問題ないはずなのに、恋愛事となると何でこんなに不器用になるのか。

「ならないよ。っていうか、いつも返してくれるじゃん」
「………は?」

奏の言葉に耳を疑う。
自分の記憶の中じゃ、まともに返せれた記憶はない。
もしかして、奏の中では「はいはい」とか「ふーん」とかも、返答の内に入るのだろうか。
不可解げに眉を寄せ、後ろを振り返ると、奏は変わらず頬と目尻を緩ませて、こちらを見ていた。

「好きっていうとすぐ顔赤くなるし、相槌ん時はすまし顔だけどさ、その後オレにバレないように隠れて嬉しそうに笑ってんじゃん」

あれ、ほんとに可愛いんだよね、と続いた言葉は、もはや耳に届かなかった。
その前の言葉が、あまりにも衝撃的すぎて。

うそだ。
だって、自分はそんなの知らない。
ずっと、無意識にやってたんだとしたら、今すぐ穴を掘って永遠に埋まってしまいたい。

「そんなわけ…」
「じゃあ鏡見てくる?今、耳真っ赤だよ」
「見ない!これは、もしそれが本当だったら恥ずかしすぎて死ねると思っただけで!」
「赤くなったのは、もっと前からなんだけどな」

後ろから回っていた腕が緩められ、肩を引かれる。
体が向かい合わせになると、奏の右手が俺の頬を包み、そのまま親指で目尻を撫でた。

「響はね、オレの「好き」と同じくらい、目とか表情で、いつもオレに「好き」って伝えてくれてんの」

――目は口程に物を言う。
急激に上がった体温と集まる熱を自覚して、ただ呆然とする。
顔を逸らしてしまいたい気持ちを抑えて、こちらを見つめる視線に応えた。

どうやらオレも、好きの二文字じゃ足りないくらい、こいつのことが好きみたいだ。
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みんなの感想(1件)

知世
2022.04.12 知世
ネタバレ含む
香田
2022.04.17 香田

初めまして。
めちゃくちゃ嬉しいです!ほんとに励みになります!╰(*´︶`*)╯
こちらこそ読んでいただいて、感想もいただいて、ありがとうございます!

解除

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