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瀬那がだめ押しの言葉を告げると、湊はようやく納得したようだった。
嬉しそうに表情を輝かせる。

「じゃあ、行こう」

湊は瀬那の手に自分の手を重ねる。
突然のことにびっくりして、瀬那はキョロキョロと辺りを見回した。
幸いにも、周囲には二人以外誰もいない。
ほっと息を吐くと、瀬那の慌てる姿が面白かったのか、湊がくつくつと笑い始める。
責めるように睨んでみるが、全く意に介す様子はない。
それどころか、見つめる視線がひたすら甘ったるくて、瀬那の方が逆に睨む気力を失ってしまった。

「そういえば、洋輔と岬は元気?」

洋輔と岬は、瀬那と湊の幼馴染だ。
幼い頃から中学までは、四人で一緒にいることが多かった。
けれど、湊だけ別の高校に入学したのを境に、四人で遊ぶことは次第に少なくなっていた。

「元気だよ。あと変わらずバカップル。教室でいつも二人でいちゃついてる」
「想像つくなぁ。でもま、それなら良かった」

湊が安心したように笑う。
瀬那が笑い返すと、話題が終わって、二人の間に沈黙が生まれる。

瀬那は口を開いて、閉じた。
じんわりとかいた汗が喉元を伝っていく。
昼間ほどうるさくはないのに、虫の音がやけに耳についた。
次の話題の切り出し方に迷っていると、湊が足を止める。

「着いたね」

目の前には瀬那の家があった。
いつもより短く感じた帰り道に、瀬那は物足りなさを感じる。

「じゃあね、瀬那」

湊は繋がっていた手を放そうとする。
離れる前に、思わず瀬那はその手を引き止めていた。

「瀬那?」

振り向く顔は、不思議そうに瀬那を見つめる。
手をぎゅっと握って、瀬那は俯いた。

「オレ、湊の家行きたい」

声を絞り出す。
瀬那の心臓は破裂しそうなほどドクドクと早鐘を打つ。

俯いているため、瀬那からは湊が今どんな表情をしているのか分からない。
ただ、湊が僅かに息を呑んだのが聞こえた。

ほとんど止んでいる蝉の声は、沈黙を埋めてはくれない。
頬を撫でる風からは、すでに暑さは消えていた。

「駄目」

優しい声だった。
突き放す言葉とは裏腹に、湊は少しずつ距離を詰める。
そうして、二つの影が一つに重なった。

「家帰ってちゃんと休んで。これ以上体調崩したら怒るからね」

抱きしめながら、ポンポンとあやす様に背中を叩く。
ひらひらと手を振って、湊は背を向けて離れていく。
遠くなる背中を見送りながら、瀬那は息を吐いて玄関のドアを開けた。

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