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Ep1-3 - 恋人ごっこ
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その後は、結局始まりが始まりだったために、廣瀬さんの遠慮が完全に抜け切ることはなく、恋人というよりは友達に近いような雰囲気でディナーを終えた。
このままではレンタル彼氏No.1キャストの名が廃ると思い、せめて最後にと帰り道に右手を差し出す。
キョトンとした顔をしてオレの手を見る廣瀬さんに、お客受けの良い笑顔を張り付けた。
「駅まで手繋がない?」
「え?」
「今日、あまり恋人らしいこと出来てなかったから」
「…ありがとう。でも、大丈夫です」
思わず、「へ?」と聞き返す。
断られた経験がなかったオレは、その時おそらく間抜けな顔をしていたと思う。
「僕を受け入れてくれて、たくさん面白い話をしてくれて、今日は本当に楽しかったです。それだけで満足してます。佐野さんがよろしければ、また予約をさせてください」
レンタル彼氏冥利に尽きる言葉に本来なら心中大喜びするところだが、自分のサービスに物足りなさを感じているオレは、何とも言い難い気持ちになる。
もう一度笑顔を取り繕って、是非とだけ答えた。
ーーーーー
ーーー
ー
廣瀬さんと出会ってから2ヶ月、今回は4度目のデートになる。
2回目、3回目も友達みたいに談笑しながらご飯を食べて解散した。
今日こそは、”恋人”らしい雰囲気を作って、No.1レンタル彼氏としての仕事を全うしたい。
心の中で決意を固めていると、廣瀬さんが足を止めた。
「着いたよ」
店内に入ると、上質な絨毯と煌びやかな照明がオレ達を出迎える。
受付の男性に個室へと案内され、座り心地の良い椅子に腰を下ろした。
「廣瀬さんの選ぶ店って、いつもセンス良いよね」
良い雰囲気作りは、誉め言葉から。
褒めて気分を盛り上げることで良い雰囲気に持ち込もうと、褒め言葉の定番から一つ拝借する。
とはいえ、本当に廣瀬さんの選ぶ店はセンスが良い。
雰囲気も良ければ料理も美味しいし、デートで連れて来られたら大半の女の子は大喜びするだろう。
出来れば今後の仕事の参考にもしたいという下心もある。
「そうかな?」
「うん。どうやっていつも見つけてるの?」
口元に指をあてて少し考え込んだ後、廣瀬さんは口を開いた。
「友人に教えてもらったり、上司に連れて来て頂いたり、仕事の会食で使ったり、色々かな。そのお店の中から、佐野さんが好きそうなお店を選んでるよ」
「オレの好きそうな店?」
「うん。だから佐野さんに気に入ってもらえたなら嬉しいな」
にこりと笑いかけられて、その場に立ち止まる。
イケメンに口説かれた女の子のような、ムズムズとした感情が湧き上がった。
今、レンタル彼氏とその客という立場が、完全に逆転していたような気がする。
「こちら、本日の鮮魚のカルパッチョでございます」
ウェイターがテーブルの上に料理を並べる。
つやのある白い皿には美味しそうな料理が盛り付けられていて、ごくりと唾を飲み込んだ。
はやる気持ちを抑えて口元へ運べば、見た目と遜色のない味が口の中に広がる。
「美味しい?」
「美味しい!」
オレの返答に廣瀬さんが嬉しそうに微笑む。
この後、いつもならオレが話題を振り、他愛のない会話が始まる。
そうしてあっちこっちと話の内容を転々としながら盛り上がっていき、デザートを食べ終わる頃には解散の時間になっている。
だから、仕掛けるのなら今このタイミングしかない。
カトラリーを皿に置き、廣瀬さんの食べる姿をじっと見つめる。
いつもと様子の違うオレに、廣瀬さんは戸惑ったような視線を送った。
「…何か付いてる?」
「ううん、廣瀬さんの美味しそうに食べる姿、可愛いなと思って」
口説き文句を口にした途端、廣瀬さんがぴしりと動きを止めた。
それから何か言いたげに、当惑した表情でこちらを見やる。
廣瀬さんの反応に手応えを感じ、内心でガッツポーズを作った。
この後どんな返答が来ても、甘い言葉を返して、良い雰囲気に持ちこんでみせる。
「あ」
廣瀬さんが何かに気付いて、声を上げる。
どうかしたかと思い小首を傾げると、廣瀬さんの指が口元を掠めた。
突然の行動に動揺していると、廣瀬さんがくつくつと笑う。
「ソース、付いてたよ」
微笑ましそうに笑いながら、廣瀬さんは膝上のテーブルナプキンで指を拭う。
オレは甘い言葉どころか二の句が継げずに固まった。
廣瀬さんのペースに飲まれていることに、オレは悔しまぎれに小さく唸る。
「…廣瀬さんさぁ、モテるでしょ」
「そんなことないよ?佐野さんこそ格好良いしモテるでしょ?」
廣瀬さんの問いかけに、一応格好よくは見られているんだなと安心する。
なら、渾身の甘い言葉がことごとく躱されているのは何故なのか。
その後は美味しい料理に舌鼓を打ちながら、友達のように会話を弾ませて、いつも通りに食事を終えたのだった。
このままではレンタル彼氏No.1キャストの名が廃ると思い、せめて最後にと帰り道に右手を差し出す。
キョトンとした顔をしてオレの手を見る廣瀬さんに、お客受けの良い笑顔を張り付けた。
「駅まで手繋がない?」
「え?」
「今日、あまり恋人らしいこと出来てなかったから」
「…ありがとう。でも、大丈夫です」
思わず、「へ?」と聞き返す。
断られた経験がなかったオレは、その時おそらく間抜けな顔をしていたと思う。
「僕を受け入れてくれて、たくさん面白い話をしてくれて、今日は本当に楽しかったです。それだけで満足してます。佐野さんがよろしければ、また予約をさせてください」
レンタル彼氏冥利に尽きる言葉に本来なら心中大喜びするところだが、自分のサービスに物足りなさを感じているオレは、何とも言い難い気持ちになる。
もう一度笑顔を取り繕って、是非とだけ答えた。
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廣瀬さんと出会ってから2ヶ月、今回は4度目のデートになる。
2回目、3回目も友達みたいに談笑しながらご飯を食べて解散した。
今日こそは、”恋人”らしい雰囲気を作って、No.1レンタル彼氏としての仕事を全うしたい。
心の中で決意を固めていると、廣瀬さんが足を止めた。
「着いたよ」
店内に入ると、上質な絨毯と煌びやかな照明がオレ達を出迎える。
受付の男性に個室へと案内され、座り心地の良い椅子に腰を下ろした。
「廣瀬さんの選ぶ店って、いつもセンス良いよね」
良い雰囲気作りは、誉め言葉から。
褒めて気分を盛り上げることで良い雰囲気に持ち込もうと、褒め言葉の定番から一つ拝借する。
とはいえ、本当に廣瀬さんの選ぶ店はセンスが良い。
雰囲気も良ければ料理も美味しいし、デートで連れて来られたら大半の女の子は大喜びするだろう。
出来れば今後の仕事の参考にもしたいという下心もある。
「そうかな?」
「うん。どうやっていつも見つけてるの?」
口元に指をあてて少し考え込んだ後、廣瀬さんは口を開いた。
「友人に教えてもらったり、上司に連れて来て頂いたり、仕事の会食で使ったり、色々かな。そのお店の中から、佐野さんが好きそうなお店を選んでるよ」
「オレの好きそうな店?」
「うん。だから佐野さんに気に入ってもらえたなら嬉しいな」
にこりと笑いかけられて、その場に立ち止まる。
イケメンに口説かれた女の子のような、ムズムズとした感情が湧き上がった。
今、レンタル彼氏とその客という立場が、完全に逆転していたような気がする。
「こちら、本日の鮮魚のカルパッチョでございます」
ウェイターがテーブルの上に料理を並べる。
つやのある白い皿には美味しそうな料理が盛り付けられていて、ごくりと唾を飲み込んだ。
はやる気持ちを抑えて口元へ運べば、見た目と遜色のない味が口の中に広がる。
「美味しい?」
「美味しい!」
オレの返答に廣瀬さんが嬉しそうに微笑む。
この後、いつもならオレが話題を振り、他愛のない会話が始まる。
そうしてあっちこっちと話の内容を転々としながら盛り上がっていき、デザートを食べ終わる頃には解散の時間になっている。
だから、仕掛けるのなら今このタイミングしかない。
カトラリーを皿に置き、廣瀬さんの食べる姿をじっと見つめる。
いつもと様子の違うオレに、廣瀬さんは戸惑ったような視線を送った。
「…何か付いてる?」
「ううん、廣瀬さんの美味しそうに食べる姿、可愛いなと思って」
口説き文句を口にした途端、廣瀬さんがぴしりと動きを止めた。
それから何か言いたげに、当惑した表情でこちらを見やる。
廣瀬さんの反応に手応えを感じ、内心でガッツポーズを作った。
この後どんな返答が来ても、甘い言葉を返して、良い雰囲気に持ちこんでみせる。
「あ」
廣瀬さんが何かに気付いて、声を上げる。
どうかしたかと思い小首を傾げると、廣瀬さんの指が口元を掠めた。
突然の行動に動揺していると、廣瀬さんがくつくつと笑う。
「ソース、付いてたよ」
微笑ましそうに笑いながら、廣瀬さんは膝上のテーブルナプキンで指を拭う。
オレは甘い言葉どころか二の句が継げずに固まった。
廣瀬さんのペースに飲まれていることに、オレは悔しまぎれに小さく唸る。
「…廣瀬さんさぁ、モテるでしょ」
「そんなことないよ?佐野さんこそ格好良いしモテるでしょ?」
廣瀬さんの問いかけに、一応格好よくは見られているんだなと安心する。
なら、渾身の甘い言葉がことごとく躱されているのは何故なのか。
その後は美味しい料理に舌鼓を打ちながら、友達のように会話を弾ませて、いつも通りに食事を終えたのだった。
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