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「恨みがないと言ったら嘘になる。痛かったし苦しかったしな、悔しかったし怒りの感情にこの身を焼かれたよ。初めは豹を恨んだ、でもそれ以上に疲れてしまってな、ただ思念となってこの世を彷徨って、豹を恨み続けて何百年もの間漂い続けた。ただただ疲れたよ。呪いの始まりはわしだとされてるがな、もう今となっては呪いの目はこの世界の悪しきの感情の捌け口のようになってしまっていて、わしの手から離れた所にある。恨み妬み嫉み怒り悲しみ、死の直前に味わった苦しみが残留思念となって皆その痛みを忌み子に背負わせようとする」
「ずっとずっと終わらないの?」
「そうだな、類は類を呼ぶってもんだ、悪が悪を招くんだ。でも二人を抱いた瞬間、ただこの世を彷徨うだけだった亡霊のわしに、手が、足が、体が、見えた。気付けば二人を胸に抱いて店の中に立っていた振り返れば婆さんもいた。これを奇跡と呼ばずしてなんと呼ぶか。本当は皆救われたいと思っているんだ、わしは直に兄弟の目を治してやった。開かれた目は宝石のような美しい翡翠の瞳じゃった。瞬きと一緒に零れた涙の感触は今でも覚えてる」
「私もタツミの目が大好き」

 うんうん、ってお爺ちゃんは私の頭を撫でてくる。

「世界に嫌われ厭われた逆行の中で、それでも他人を思いやろうとする心に、わしは光を見た。それでこの二人なら負の連鎖を断ち切れるかもしれんと、呪いを力を抑える眼鏡を作った。忌み子もまた自分の人生を呪い恨み苦しんで死んでいく、だから呪念が終わらない。ならばお前達は幸せに生きよ、とそうすれば何か変わるかもしれないとな」
「タツミは……上手に幸せになれてるかな」

 お爺ちゃんはパイプを咥えて火を点けて、おひげの生えた口から白い煙が吐き出される、その口元が笑って。

「幸せだろう、家に帰ってこんな可愛い黒猫が待っているんだ。帰るのが楽しみだろうて」
「そっか良かった」
「呪いだって突き詰めれば人の心だ。呪いたくなるくらい恨んでんだな。この恨み晴らさでおくべきかってヤツだ。赦せりゃいいけれど人は怒りをそう簡単に手放せない生き物だからの。でもその怒りを持ち続ける限りずっと自分を苦しめる」

「許すのが難しいのは、私も知ってる。私は難しいと思ったから許そうって思ったの。それを乗り越えたらまた一つ大きくなれる自分がいると信じて。きっと今も許せていなかったら、その時を思い出してムズムズしてた。でももういいんだって自分から話かけたら、その人は私の力になってくれた」

 ふむ、とお爺ちゃんは頷くと私の鈴を鳴らして。

「そうかそうか、弟の方まで手懐けたか大したもんじゃな」
「手懐けてないよ、相変わらず頭撫でさせてくれないし、近付くとフーフー威嚇されちゃう」
「生粋のブラコンじゃからな。アイツの頭を撫でらるのは兄と……」

 タツミがいたら怒られそうだけど、お爺ちゃんの膝に乗ってお話していたら、おばあちゃんが紅茶とミルク、それと可愛いハートのお砂糖にお菓子の詰まったバケッドを持ってこっちに来た。

 それでお爺ちゃんはお婆ちゃんの背中を叩く。

「そうそう、うちの婆さんくらいじゃな」
「え、凄い! ドロをいいこいいこできるんですか?」

 見上げればお婆ちゃんはにっこり笑っていた目をようやく開けた、ルビーのような真っ赤な瞳だった、そして人間。近くにきて分かったけど背高いし、細いけど筋肉質? な感じだ、開いた口から八重歯が覗く。

「いいこいいこ、とはまた違うかしら? 毎日二人に剣の稽古をつけてあげてたんだけど、あまりにも直ぐへばるものだから、倒れる度に蹴り飛ばして前髪を掴んで【さっさと立て!】と揺らしてたのね。触ると言ってもそんな感じかしら? ウフフフ」
「?!」

「こっわいじゃろー!? やっと目の見えるようになった子豹に! 兄には力があるから大剣を、弟には力が弱いから軽い剣を二本と投げ付けてな、自分の身丈程もある剣を死ぬ気で振れと言い放っての、お陰で回復魔法の応用が利くようになったわ、口笛吹くふりして回復してやったりの。可哀想て力が増強される魔法かけようもんなら、いらん事するなとわし切られるしの! 死んどるから死なんけど! ちなみにやつらの魔法はな、それはそれはワシが優すぃ~く教えてあげたんじゃよ。賢い子じゃて召喚魔法までスイスイ覚えてな、調子乗って地獄の門番なんて呼び出してからに殺されるところじゃったわ。わし死んどるから死なんけど! 二人は死ぬから必死に追い返したわ」

 紅茶を啜りながら、そうかタツミの鬼訓練はここからきてるのか、なんて思った。

 聞けばお爺ちゃんとお婆ちゃんは元々冒険者だったって、世界最強の人間凄腕女剣士とぽっちゃり温厚な猫人大魔法使い、この世界で最強と言われていた龍を倒したりとかなんとか、語られる昔話はワクワクするような冒険譚ばかりだった。

 甘さ控えめなマフィンにお婆ちゃんが梨のジャムつけてくれて、瑞々しくて美味しい。濃い目の紅茶によく合う。

「タツミって優しいのに剣を抜くと人相が変わるの、こないだ剣に噛み付いて砕いてた」
「【戦いが始まったら全身が武器と思え、首だけになっても攻撃しろ】と仕込んだからかしら? オホホホホ」
「ピヨにも稽古をつける言い出してな、3時間でタツミとネネに会いたいって泣きながら帰ってたぞ可哀想にのう」

 真っ赤な目を伏せて笑ってるけど、うん、なんかタツミの師匠って感じがする! 

「そういえば、タツミの魔法ってお爺ちゃんの匂いがするかも」
「優しい香りだの? わし優しさしか取り柄ないからの。全然懐かんかったけど二人を愛で育てたぞ」
「そんなんだから、店燃やされて処刑されてもヘラヘラしてるのよ、本当バカは死んでも治らないから反吐が出る、困ったものだわ? ンフフフフフ」

 お婆ちゃんは呆れ顔だけど、何だろう、わかんないけど二人は本当に仲良しなんだなって思った。

「わしの目論見は間違っていなかった。お前達の力は弱き者を助けるもんだと教えれば、二人は素直に頷いた、今もその力に驕ることなく真っ直ぐに正しく生きている。呪いの元は人の心、弱きを守り利他に徹する忌み子に、その心を清められて呪いから解放される魂が現れた。大きな進歩だ歴史が変わるかもしれん。私らも呪いから解放された一人だしな」
「ならタツミは……どうして苦しんだろう……上手くいってるんだよね?」

 割れた眼鏡を取り出して、タツミの苦しそうな顔、思い出しただけで泣きそうだ。
 お婆ちゃんがおかわりの紅茶を足してくれて、ありがとうって言ったら、頬を撫でられて眼鏡をかけてこなかった目を親指で擦られた。

「自分の目が良くないのに、あの子に眼鏡を渡したのね」
「うん、私の眼鏡とタツミの眼鏡は違うけど、少しでも眼鏡掛けてたら気持ちだけでも落ち着くかなって」

 答えればお爺ちゃんもお婆ちゃんも笑った。

「そう、こんなに愛されてあいつは幸せなんだよ。だから苦しんでる、生身の人間と同じだ。他人の幸せを自分のように喜ぶって難しい事じゃよ。人はな幸せな人を見ると足を引っ張りたくなる。一等を取った人の裏で二等を取って悔し涙を飲んだ人がいる。美味しい物を食べて笑う人の側で餓死する人がいる。他人の喜びを自分のように喜べるまでに達観した人間なんていない。言わないだけで皆どこか、さもしい」
「わからない、難しい、どういう事?」

 お爺ちゃんはまたパイプを咥えて深く吸って息を吐く、そして。

「呪いが幸せなお嬢ちゃん達を許せないって事だ」
「嫉妬してるのね?」

 お婆ちゃんが紅茶を飲みながら。

「お前だけ幸せになりやがって! ってね」
「そう、ただ、府に落ちないのは」

 お爺ちゃんは眼鏡を持つと蒼い目を輝かせる、レンズに入ったヒビが光って細かな割れ目からヒビが塞がっていく。

「体に不調が出るまで影響が出てる所だ、今までだって、忌み子が生きてる、というだけで呪いから反発を受けていた、でもこの天才的大魔法使いであるわしの魔眼鏡と婆さんが鍛えた鋼の精神で抑えていた筈なのに、ここまで眼鏡が消耗したのは他に問題があるかもしれんて」
「他の問題」

 お婆ちゃんは私の鼻をツンと突いた。

「迷い、とかね」
「迷い……」
「ほらお嬢ちゃん、眼鏡は直ったぞ。これでもアイツが苦しんでいるなら、その問題は二人で解決するものだ。呪いに付け込まれた隙間」

 眼鏡を渡されて、お爺ちゃんにトンと額を突かれて瞬きしたら、視界がグラついてお爺ちゃんとお婆ちゃんとお店が溶ける……体が熱くなる。
 目を瞑って開いたら、





「おかえり、ネネ」
「タツミ……ただいま」
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