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痛い所

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 サラリと言ってドロは握った左拳にキスをした、青白い光が渦巻いて離れていた私の場所でも温度が下がっていくのがわかる。
 開かれた手のひらに水の粒が集まって、空気が凍りそうに冷える。初めて氷の結晶を目で見た、ドロの手に浮く数滴の水が結晶になって体の周りに舞っている。

 ピピみたいに詠唱する様子もなく、手のひらの結晶をふうっと吹けば息が吹雪になって、ドロの足元が白く光って地面が凍り始めた。
 見た事のない光景だった、頭上から雪まで降ってきた、緊張の息が白くなる寒くて震える。だめ、念じなきゃって思ってるの集中できなくて、白銀が音を立てながら侵食してくる。
一面の草木を凍らせて、凄いスピードで足元まで迫って、逃げる間もなく体が固まれば指一本動かせなくなる、コロッと魔石が手から落ちる。
 ピヨも、身動きが取れなくなって焦る私達を前にドロはゆっくり剣を振るった。
「摘んでいくか」
 真っ白に塗り変えられた草原を軍靴がギシっと踏み込んで、行先はヒヨコの兄弟だ。
「待って待って!! あなたが邪魔なのは私でしょう? その子たちは関係ない」
「あ? 僕を敵だ、と先に言ったのはこいつらだ。なぜ見逃す必要がある」
「だってまだ子供だよ」
「だから?」
 同じ綺麗な顔の作りなのに、どこまでも冷徹な口調に冷めた視線。でもここで引いたらいけない気がした、こんな私の為に二人は命を懸けようとしてくれた、何にもできない自分はもういやなんだ。

「だから、あの、何でもいう事聞くから……その二人は見逃して……」
「…………」
「見逃して下さい」

 真っ直ぐ目を見て言えば、ドロは首を傾げながら頷いた。
「分かった」
 キシキシっと雪を踏みしめて今度は私の方に来る、ピヨが何か叫んでいた。
 胸が苦しくて、いっぱい白い息が出る強張る、寒いからじゃない、だって汗かいてきたし。この先何が起きるんだろうって……って不安で怖くて唇を噛む、でも引いたらいけない。

 ドロは目の前まで来て、キラッと美しい刃を光らせた。
 そして、一言。
「許せ」
 と、
「何を?」
 答えを躊躇しているようだった、初めてみたドロの表情、蒼い目が泳ぐ、止まって深く瞼を閉じて開ける。
 始めの言葉が裏返って揺れていた。

「お前達が、もし呪いで死んだら。兄様は絶対に自殺してしまう。だからこうするしかないんだ。他人が殺めたと分かれば絶望しても僕を殺して諦めるかもしれない。もし自殺しても自分を呪う事はない。でもお前達が呪いで死んでしまったらもう兄様に生きる意味がないんだ。最近兄様は苦しむ時間が増えた、そして成長しないお前達と……何か呪いの浸食を受けているのは確かなんだ。確証はない、でも、兄様は僕達忌み子の希望なんだお前なら愛しい人に生きていてほしいと思うこの気持ちを理解してくれるだろ」
「…………」
 紅い眼帯を抑えて、指の隙間から布が水分を吸って深紅に変わる、ドロもまた苦しそうだった。
「矛盾しているんだ、僕のしていることは。わかっている、だから恨むなら僕を恨め。お前達のお陰で兄様も僕も生きてこられた、だからこそ呪いでお前を失ってしまうのが恐い。僕は殺されても構わない、お願いだ兄様が壊れてしまう前に消えてくれ」
 最後の一文は目を見て言ってくれなかった、彼が何をしたいのかわかったような、わからないような……変な気持ちだった。
 でも、これだけは言わないとと思った。

「私……バカだからわからないんだけど」

「……」








「呪われてると、いけないの?」










 色々聞いた、タツミが辛いって事もわかった、大変なのも苦しいのも、でも私の空っぽ頭じゃ解決できそうな名案思い浮かばないし、言葉なんてない、だったら今が大事なんじゃないの。

「呪われてたって、ご飯美味しいし、遊ぶの楽しいし、えっち気持ち良いし、それでいいんじゃないの。苦しい時は私が側にいるし、楽しい時だけ一緒にいる関係なんて、そんなの家族じゃないよ。明日なんて誰にもわからないじゃん。私だって玩具用に作られた猫だなんて呪われてるよ。でもこの体じゃなかったらタツミに出会えなかったんだ、だから自分を悔いたりしない。名前だってタツミでいいよ、誰だって隠したい事ってあるもん、私ももっとタツミ独占したいの隠してる。本名を名乗れなかったのだって理由があって、でもその理由が私を信用してないから、だなんて何で決めつけるの? 命乞いしてる訳じゃない、皆が助かるなら死んだっていいよ。でも私のタツミは呪いになんか負けない。だってタツミは私が大好きだもん、ずっと一緒にいてくれるって言ってくれた。今とっても幸せなの、それじゃいけないの? 人が死んだら悲しいよ、それでいいじゃん。私は呪いでなんか絶対死なない」
「…………」
「ねえ、何となくわかった。あなたが私が邪魔な理由って本当は……」
 そこまで言ったら、ドロは舌打ちして剣を強く握った。私の首を持とうと手が伸びてきて、やっぱり怖くなって続きが言えなくなる、長い指が前髪に触れそうになる瞬間。

 ゴロゴロ……って空が轟いた、大地が揺れる程の轟音だった、当然ドロの手も止まって、しんしんと雪を降らせていた雲が稲妻に引き裂かれる。
 空に雷蛇が暴れて回って、重く重なった黒い雲を食い散らかす、段々と空が茜色に染まって、紅い渦が大輪の花を咲かせて地面に灼熱の花びらが舞い降りた、とっても綺麗な魔法だった。
 フワフワと舞い落ちる真っ赤な花弁が雪を蒸発させて、白銀の世界が溶けていく、肩に炎の花が落ちたと思ったら体を緑の光が覆って弾いて熱さは感じなかった。
 見渡す限り真っ白だった雪原が、また草原に戻っていく。

 暗かった空が、いつもの平和な青空と雲と太陽が顔を出して、遠くの森から鳥の囀りが聞こえた。体の拘束も解けて、ドロが唇を噛めば。



「説明を、ドロ」



 目の前のドロの首元にチャキっと白銀の刃が後ろから押し当てられていた。
「タツミッ」
 突然ドロの背後にタツミが立っていて、手を伸ばそうと思ったけど、こないだの殺気が籠る目に黙った。

「この状況を許せる答えなんて存在しないだろけれど」
「兄さん……」
「俺と一戦するか」
「勝てる訳がないです」

 ドロは闘いを放棄して持っていた剣を地面に投げ捨てた。
 ピヨピヨ!! って黄色いのが飛んできてタツミの両肩に乗る。
 二人共タツミの喉にすり寄ってツンツン怒りを露わにした啄ばみと猛抗議を始める、けどタツミは無視しながらドロの開放すると私を抱きあげた。
「ネネ痛い所は?」
「あるよ」
「どこ」
「むーね!!」
 ぎゅうううううって首を抱き締めて、足背中にホールドさせて、とりあえず怖かったし、これ私のっていっぱいちゅうしとく、私がタツミの肩に腕回してるからピヨは私の頭とタツミの頭に乗っかってるいつものフォーメーションだろうけど、絶対ドロにどや顔してるだろうなって思う。
 色んな話聞いたけど、もういいよ、難しい。でもだからってそれでタツミが嫌いになんてなれないもん。

 タツミもいっぱいキス返してくれて額が擦れあう。

「好きって言っていいよ」
「うん? 好きだよネネ」
「知ってる。そんなの1億年くらい前から知ってる」
「そっか」
「それで……」

 タツミの体から降りて、振り返る。
 ドロの剣を拾って右手に握らせた。

「ねえ」
「…………」
「あなた、仲間に入れてほしいんでしょう?」
「あ?」
「色んな事がこんがらがってるの、私にはこれって答えが出せないけど、でもあなたが寂しくてこういう事をしたのはわかった」

 背後にタツミの気配を感じて手をすっと上げれば手首を掴んで、平にキスしてくれた。

「私がお兄ちゃん取っちゃったからヤキモチ焼いたの?」
「はあ?!!」
「ほら、急に私が出てきてタツミが私大好きだこら、寂しくなっちゃったんでしょう? 仲間に入れてほしいなら素直にそう言えばいいのに」
 ねえ? って上向いたら、ちゅうしてくれた。

「そんな訳ないだろ! 僕は……! 兄さんが心配なだ」
「でも、その目は明らかに、仲間になりたそうにこちらを向いている、の目だよ」

 ピッと眼帯をずらしてみた、タツミとお揃いの緑の目があって、私はこっちの目の方が隣の青より好きだ。
 ドロは慌てて手で目を隠すけど、私の後ろからタツミがその手をはぎ取った。

「大丈夫、私は呪いなんて怖くない」
「……」
「ほら、私はいづれタツミとケッコンするんだから、お姉様の言うことは聞くものよ」
「ドロ心配が過ぎるよ、ネネに触ってたら斬る所だった。お前は弟だ、この関係は何があっても覆らない、大事な存在だ。だから二度とこんな事しないと誓って」
「はい誓います」

 緑の瞳が頷いた。


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