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眼帯

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 大勢の人の間をタツミはスイスイと縫う様に歩いて行く。
 きっと私なら色んな人にぶつかって中々先に進めないと思う、大通りに出て馬車が横断している時は道の隅に私を降ろして咥えていた所を舐めてくれたり毛づくろいしてくれる。
 だから力強いんだってば、っていつも言ってるのにタツミは私の体クンクンするの好きだから直ぐ鼻で転がされちゃう。
 ボク達も~とピヨが私の横にお尻出してフリフリして、前足でスパーンって弾き飛ばされてるけど、本当学ばなよなあ。
 と思いつつ40回位めげずにすると1回位は舐めてくれるから、健気にやってるよね二人は。
 道端に黄色いぽっちゃりした体が転がって、負けない! って涙を堪えて二人は空を眺めてる、私は地面に踏ん張って背中舐められてる。

 さっきちょっぴり寂しいお別れがあって泣きうになったけど、いつもの私達だ。
 タツミは馬車が過ぎ去った通りを見るや、私を咥えて今だ! と言わんばかりに猛ダッシュしてピヨ達はいやああああーー!! 置いてがないでぇええって叫びながら飛んできた。うん、仲良し。


 少し歩いて人が減ると、タツミは道端で顔を下げる。フードの隙間にピヨが潜り込んで、少し踏ん張った前足が地面を蹴り上げれば、塀、屋根、煙突とタツミは駆け上がって、隣の家、家と住宅街を抜けていった。
 そして、廃下層の区域に足が掛かって、ふわりと飛行する視界には、笑い声の消えた貧しいくたびれた街並みが広がった。

 あの女の子はどこにいるんだっけ、いや、見ない方がいいのかな、違う違うダメだよネネそんな風に諦めないで。
 矛盾しそうになる気持ちに鼻を啜る。


 広場のあった道の上には、比較的名の知れた貴族達が住む、麗上層という居住区域があった。
 鮮やかな花が咲き乱れる大通り、文字通り麗らかな貴族令嬢達が、パーティーでもあるのか着飾って談笑をしていた。
 シャンパンゴールドのドレスに、孔雀かな? 立派な羽をあしらった帽子、走るには向いてない高いヒール、背中や首まで施された化粧。
 もちろん、絵本に出てくるお姫様のような彼女達にこれっぽっちも憧れないと言ったらウソになる。
 キラキラな金髪に、真っ赤な口紅、絹のグローブにアフタヌーンティー……実に優雅な午後だ。
 だからこそ、疑問だった、私は学校に行ってない、でも彼女達は学校に行ったはずだ、学校で何を学んだんだろうって。

 私は廃下層の人を救う知識も、力もない、でも教養のある財産もある。なのに何で苦しい人を救ってあげないの。
 朝市で見たんだ、騎士団がパトロールをしてた、違うのに、そんなとこじゃないじゃん、パトロールしないといけない所は。

 強い人は弱い人を助けてくれるものだとばかり思っていた、タツミが私を助けてくれたように。
 違うの? ってタツミに聞いたら、タツミは違わないけど、ちょっと違うと答えた。

 大事なものは人によって違う。皆根底はそう思ってる弱い物を守るべきだって。でも守りたいもの、それが廃下層の人だと思う人もいれば、守りたいものも大切なのも全て自分で財産で地位だって人もいる。
 でもそれを否定しちゃいけない、どっちも間違っていない。だってその人もまた、そういう風に教わって生きてきたんだから、自分の見てくれの為に鳥が何羽死んだかなんて考えてないし、食べられなかった物を平気で廃棄するのも、そういう環境に生まれてきたんだから、責めるべきはその人じゃないって。
「じゃあ誰がいけないの」
「強いて言うなら社会……国かな」
「そんなものがもしも正せると言うなら、それはもう神様にしかできないね」
「そうだね」
「国を変えるなんて人では無謀だと私にだって分かるよ」


 それ以上タツミは答えなかった、眼下には壊れた町、殴り合いのケンカをしている住人がいた、無表情の子供がそれを座って眺めていた。
 タツミの作ってくれる蜂蜜の入りの温かいミルクを飲めば、あの子も笑うんだろうか、と、ふと思った。

 そろそろ町を出る、出る時に通行証はいらない、ってあの見上げても天辺まで見えなかった門をタツミはこのまま飛び越すつもりらしい、低い住居の中でも比較的高い建物に飛び移ってタツミは町を駆け抜ける。

 古ぼけた煙突の上に立った時だ、タツミが足を止めた、下を見れば…………あ、あれは昨日の女の子の手を無理矢理引っ張ていた男達だった。そしてその前には真っ黒い制服に制帽の男の人、背を向けてて顔は見えない。
 遠目からでも言い争っているのが分かる、町の見回りをしていた騎士団は白い鎧に緑の十字、剣に牙と模様が入っていたけど…………彼は黒い制服だ、でも眼鏡を凝らしたら肩に緑の牙が見える。

 あ、そう言われれば、前にタツミと読んだ絵本に騎士団なのに服が黒くて何で? って聞いたら偉いと服の色が変わるって言ってたっけ、それとマントの色で階級がわかるって、きっと偉い人なんだ。
 でも、だったらどうしてそんな人がこんな町に? 騎士団ですら寄り付かない場所にわざわざ……と思ったら、その人の姿勢が傾いて剣に手が伸びる。

 男達は一瞬後退ったけれど、人数が多い分勝ち目があると踏んだのか、牽制しながら各々武器に手をかけた。
 初めて見る人同士の決闘に瞬きをするのも忘れて見入る、男達の膝が屈伸するや、何かがキラッと光った。そして飛び掛ると思っていた男達の一列目は一瞬で武器を手放し仰向けに倒れていた。

 見えなかったけど、いつの間にか彼の剣は抜かれていた、それで今度は横殴りに切り裂くのが見えた、剣が当たった訳でもないのに刃から放たれた銀光に残っていた男達も脆く膝から崩れていった。
 勝負にもならない圧倒的な力の差、彼は汚れもない剣を振って鞘に戻す。ジャリっとタツミに爪が煙突の細かな石を踏めば、その僅かな音に気付いた彼はこちらに振り返った。

 襟足から見えていたブロンドの透き通った金色、彗眼、赤い眼帯。

 じっと見つめ合って何をする訳でもない、タツミはその場を離れた。

 遠ざかる瞬間、もう一度見たら彼もまた、こちらを見ていた、眼帯に手をかけて私は息を飲み込んだ。









だって翡翠の光を見た気がしたから。






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