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生と死と16
しおりを挟む朝と変わらず、テレビは恩田さんのニュースで持ち切りで、父さんに消すか聞かれたけど、消しても気になるから、そのままでいいと言った。
最近報道されなくなった、イラク、シリア情勢の話が続いて、半分まで食べ終えた所で画面の上に速報の文字が点滅した。
もちろん恩田さんの速報だ。アナウンサーが原稿を読み上げる。
【誠意を見せない政府のせいで、二十四時間後、りょうに裁きの刃が振り下ろされるだろう】
直にアナウンサーはスタジオの専門家に意見を聞いている。
元から腹なんて減っていなかったけど、美鳥さんが作ってくれたぞ、の気持ちを汲んで付けた箸だったが、止まってしまった。
だって後二十四時間したら恩田さんは死んでしまうんだろ? 飯なんかどうでもいいよ。
じっとテレビを見つめている僕に、もう誰も近寄ってこない。桜は大分距離を取った場所でニュースに耳を澄ませてる。
無性にイライラして、ごめんなさいもご馳走様も言わずに立ち去る。
縁側に腰を降ろして、携帯を見る。あの時はよくわからず呆気にとられるだけだった恩田さんの音楽を再生した。
目の奥に刺さるレーザービームに体が浮く重低音、暴れるヴァイオリン、脳の奥まで響くフルート、重なって混ざり合って、今ならこの音が何となく分かる気がした。
叫んでるんだ、こうだよって答えはないけど、君が伝えたい想いみたいのは、胸の痛みと共に勝手に体に染み込んでいく。
こんな状況になったから僕にも理解できたのかもしれない、でもだったら、初めから僕と同じような境地にまで達っしていた人達は彼女の音楽がいかに凄いかってわかっていたんだろう。
助けてあげたい、もっと聞いていたいのに、もうこの先恩田さんの新しい音楽が聞けないのかと思ったら悔しさでどうにかなりそうだった。
僕と同じ気持ちの人がいるのか、話題になったせいか、前回視聴した時より爆発的に動画再生回数が伸びていた。
コメントには
【メンヘラ系音楽ww】
【お触り禁止の人w】
って恩田さんを知りもしないで揶揄、侮辱するヤツもいたけど、国境のない音と差別のない共鳴を支持する人も多かった。
コメント欄は色んな言語で埋め尽くされていた。
僕も何か力になりたいって考えても、動画の彼女を見つめる事しか出来なくて悔しい。
でもそうしてる間にも刻々と時間は過ぎていく、夜になって携帯でどのニュースサイトを見ても、テレビを見ても恩田さんについての速報は流れなかった。
長崎だからか? 僕のらくがきの話もない。アクセルを踏み間違えてコンビニに突っ込んだ高齢者の車と、熊が町中に現れたニュース、ストーカー、詐欺、ローカルニュースはあれど恩田さんに進展はなかった。
夕飯なんて食べてる暇はない、僕はもっと恩田さんの情報がほしくて、PCまで借りた。桜はその夜、美鳥さんの部屋で寝た。
バカだ、調べたところで、彼女の経歴が分かれば分かるほど、その栄誉ある功績と絶え間ない努力と、幅広い人望に自分がいかに劣ってるか虚しくなるだけだし、助けたいのに出来ないジレンマに駆られるし。
誹謗中傷の記事を見れば腹が立って、お前は何がしたいんだって何度も床を殴った。
どうにもできない、できないのにこれで夜が明けて昼になったら、24時間経ってしまうんだ。
何にもできないけど、何も出来ないからって寝てられるか? 寝ないだろ? 眠くない、恩田さんだって寝てないよ。
目が重く腫れてきた、翌日を知らせる朝日が部屋を照らした、恩田さん解放の進展はない。
鳥が鳴いてる、月も星も、もう帰ってしまった。勝手に太陽が昇ってる。
昨日宣言した24時間まで後10時間を切っていた。何も思いつかないまま焦ってる。戸が少し開いて、外で「わッ!」って声がした。
「ご、ごめん! おはよう梧君、寝てないの? まさか起きてると思わなくて」
「おはようございます」
美鳥さんが一旦、戸に身を隠して、少し顔を覗かせる。
「夕飯食べていなかったから、大丈夫かなって……これお水」
「本当にごめんなさい、迷惑かけて」
すっと戸の向こう側からペットボトルが出てきて、受け取ったら美鳥さんは僕の様子に安心したのか、戸の向こうに座った。
「謝らないで? お友達だったんでしょ? わかんないけど……ちょっと顔見知りの同級生位だったら、もっとこうだってああだって、話すじゃない? でも梧君は本当にショックを受けていたから、もっと親密な子だったのかなって」
「はい……えっと、詳しくはあれだけど、最近話したばかりだったから」
「そっか」
ペットボトルの蓋を開けて一口水を喉に流した、胃に冷たい感覚が響いてお腹が空っぽだったことに気が付く。美鳥さんが静かに言う。
「何もしてあげられないって歯痒いよね」
「…………」
「何か一つでもいいから、代わってあげたいって思っちゃう」
「……そうですね」
「あ、ごめん。私とは違うのにこんな話して。おにぎりもあるから、食べてね」
僕が返事をする前に、美鳥さんはおにぎりと漬物が乗ったお皿を置いて部屋から離れていった。
もう大丈夫ですって返したかったけど、まだ無理で僕はその後トイレにいって部屋を出なかった。
昼過ぎだ、父さんがお祭りに行くって誘いに来た。気分じゃないと言えば、そうかと直に引き下がって、庭から車の音がした。
最悪だが、少し意識が飛んでて僕は寝ていたみたいだ、昼ご飯は適当に食えって言うから、空のペットボトルを置きに台所に向かう、そしたらまさかの桜がいた。
「あれ? 桜、一緒にお祭りに行ったんじゃなかったの?」
「行かないよ、お父さん達の邪魔したくないし」
「ああ……」
「それに私がいない間にお兄ちゃんが逃げるかもしれないし」
「何だそれ」
一応笑っておいたが、桜はクスリともせずに僕を睨んだ。すると家の電話が鳴って、出ようか迷う。
電話を見ていたら、桜が、
「お兄ちゃんが出たらまずいでしょ、警察かもしれない」
「そうだな」
「でもお兄ちゃんが来ていないか聞かれて来てないって答えたら時間が稼げるし、警察がここまで嗅ぎつけてるって判断できるから出た方がいいよね」
「何かお前凄いな」
「サスペンス大好き」
「そう」
桜の手を取って電話の前まで連れて来て、受話器の上に乗せれば、妹は緊張した様子もなく受話器を上げた。
「はい、もしもし…………え?! うん、そうだよ。えっと……ああ、うん。お金は大丈夫、うんうん、元気だったよ。あ、そーだったんだ、もちろん、いい人いい人。私も元気、そっちは? ……そっか、わかった、また連絡するね。はい、じゃあまた」
桜が受話器を置いて一分位の電話で何となくその相手が分かる。
「母さん?」
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