前略、僕は君を救えたか

文字の大きさ
上 下
42 / 49

生と死と12

しおりを挟む
 遮光の薄いカーテンから朝日が透ける。記憶がないから少し寝ていたみたいだ。隣を見たら桜はいなかたった、白杖もない。時計を見たら九時って……?!
 慌ててトイレに行って顔を洗ってキッチンに向かったら、広めのシンクの前に瀬戸さんと桜が並んで立っていた、僕の足音に気がついて桜が振り返りる。手には緑色の何かを持ってて、

 「おはようおにいちゃん、見て! ダビデの星だって」
 「おはよう……おう、何だよそれピーマン?」
 「おはよう梧君、ピーマンじゃなくてオクラだよ」
 「うちの畑で取れたんだ」

 っと、ドアの影に隠れていた父さんがフライパンを持って顔を出した。

 「おはよう、父さん」
 「おはよう梧、久しぶり」

 眼鏡を直しながら笑う父さんは少し痩せてたけど、顔色は悪くない。昨日僕から話しかけるって言った癖に寝坊ってめっちゃ恥ずかしいな。 僕がいない間に三人は仲良くなっていて、ちょっと気まずさを感じる中、瀬戸さんは笑顔で続ける。

 「朝、桜ちゃんに畑の紹介をしたの、あっちもこっちも見せてあげたくなって、しまって今からご飯を作るところ、ちょっと待っててね」
「美鳥さんが色んな野菜を触らせてくれたよ」
 「よかったな」

 昨日まで少し警戒気味だった桜が瀬戸さんを名前で呼んでて、距離が縮んでいるのに焦りを感じつつ、僕もキッチンに立った。
 四人並んだ台所、僕が火の前に立ったら父さんがこれ炒めておいて、と鶏肉の入ったフライパンを渡してきた。

 隣では桜がダビデの星なるオクラをスライスしてる、このくらい? と美鳥さんに聞いて美鳥さんはもう少し薄く、と手を取って切り方を教えていた二人は姉妹のように見えて、母さんがこの姿を見たらどう思うんだろうと一瞬よぎったけれど、頷きながら微笑む父さんを見たら、なぜか悲しい気持ちになった。

 美鳥さんは言ってなかったけど、父さんはきっと余命が決まってる。だからもしかしたら、これが最後の会話になるかもしれないし、これが最後の笑顔になるかもしれない。
 僕は何をしたらいいのか、何を優先順位の頂点においたらいいのかわからなくなった。
 美鳥さんと父さんの最後の時間に僕等が割り込んでいいのだろうか。

 山菜のお味噌汁とオクラのお浸し、鶏肉と可愛い丸い形をしたズッキーニの炒め物、押し麦の入ったご飯。
 朝から豪華で箸が進んだ、父さんはあまりご飯を食べなかった。洗い物を終えて、美鳥さんは定食屋さんに出勤するって、というかあのお店は美鳥さんの実家だった。

 三人で送り出して、父さんと桜と僕、さて何をしようか、何を話そうかとなった。
 そういえば、桜は接骨院で働いているけど、今日は大丈夫なのかな、そして僕も昨日警察に行かないままここまで来てしまった。

 携帯の充電はとっくになくなってる。最後に携帯を使ったのは、桜のメールの後、恩田さんに「また会えるのを楽しみにしてるね」とメッセージを送ったきりだ、返信も見ていない。

「行きたい所があれば連れて行くよ」

 と父さんが車のハンドルを握るジャスチャーをしながら言う。

「お兄ちゃんが来た時は何をしていたの」
「僕? が来た時は……特に何もしてないかな、家の周りを散歩して、ちょっと森に入って」
「そうそう、ブラブラしてご飯食べて、次の日もブラブラして帰ったんだよな」
「へえ、じゃあそのプランでいいよ」

 玄関を出て、昨日は気が付かなかったけど、扉の脇に車いすが置かれていた。

「父さんが乗るの?」

「治療中ね、ちょっと歩けない時もあったから、でも今日は大丈夫」
「じゃあ私が乗ろうかな」
「若いんだから歩きなさい」

 父さんは桜のお尻を叩いて、三人で笑って外に出た。
 さっき話した通り、ただブラブラと家の周りを歩く、父さんの歩幅に合わせてゆっくり山道を進む、桜は父さんの肘をしっかり握りながら白杖を動かしてる。
 始めて聞く鳥の声に、東京の道端には咲いていない花。桜に今どんな所を歩いてるのか、父さんと一緒に説明してあげる。

「この先は緩い上り坂になるよ」

 父さんが桜の手をそっと叩いて、桜は頷く。

「デコボコの道、大変だけど楽しいね。人がいないから頭も痛くならない」
「昔来た時は考えなかったけど、コンクリートの道がないって不思議」
「逆だよ、都会のコンクリートの道しかないのが不思議なんだよ。何でも補整しないと気が済まない。街路樹も桜並木も、東京の自然は不自然な自然だよ」

 開けた場所に出て、大きな石に座ってまた来た道を戻って、一時間程散歩して家に戻って来て、今度は縁側に腰を降ろす。
 父さんがお茶を持って来た。娯楽もない、音楽もない、携帯もない、静かな空間でお茶を飲みながら三人で畑を眺めていた。

 父さんは、何で僕等が突然長崎に来たのか聞いてこない、僕が今何をしているのかも知りたがらない、病気の話もしない。いつまでいるのかも言ってない。母さんの話もしてない。
 ただ、時間を共有するだけ、きっとそれが父さんの答えで、僕等が来た理由も病気も母さんの事も、もう父さんには必要がない情報なんだ。未来がないから。
 僕もいずれ死ぬ、桜は一度死にそうになった、父さんは目の前に死が迫ってる。





「死ぬって何?」





 あ、しまった、勝手に口から出てしまった、もちろん二人に聞こえてて、父さんが首を傾げた。

「死んだことないからわからない」
「ごもっとも」

「私はね死後の世界は無がいいな。もう何も感じない所でゆっくりしてたい」
「そんな風に考えるなんて、今の若い子は苦労してるんだね」


 そうかな、皆そう思ってるよ、と言いながら桜はトイレに行くと立ち上がった。父さんと二人きりになって風が吹いた。







「桜がこういう所で暮らしたかったって言ってた」


「そうか? 東京の方が便利で楽しいだろ?」
「それは……」


 父さんの横顔が、あの日の悲しそうにしていた顔と重なる、こっちを向いて困っような顔で、

「お前はそう言ってたよ。覚えていないだろうけどな」


「うん……いや、うん……どうだったかな」

 視線を逸らして、胸が痛くなって深呼吸した。覚えている癖に、何だよ今の返事は。またこのまま言えずに終わるのかな。
 前回はもちろん父さんの死なんて考えてなかったけれど、今回はさよならが最後のさようならになってしまう、またねが続かないバイバイだ。お腹に力を入れて息を吸う、このままでいいわけない。







「ねえ、父さんさ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死後の世界が科学的に証明された世界で。

智恵 理侘
ミステリー
 二〇二五年九月七日。日本の研究者・橘紀之氏により、死後の世界――天国が科学的に証明された。  天国と繋がる事のできる装置――天国交信装置が発表されたのだ。その装置は世界中に広がりを見せた。  天国交信装置は天国と繋がった時点で、言葉に出来ないほどの開放感と快感を得られ、天国にいる者達との会話も可能である。亡くなった親しい友人や家族を呼ぶ者もいれば、中には過去の偉人を呼び出したり、宗教で名立たる者を呼んで話を聞いた者もいたもののいずれも彼らはその後に、自殺している。  世界中で自殺という死の連鎖が広がりつつあった。各国の政府は早々に動き出し、天国教団と名乗る団体との衝突も見られた。  この事件は天国事件と呼ばれ、その日から世界での最も多い死因は自殺となった。  そんな中、日本では特務という天国関連について担当する組織が実に早い段階で結成された。  事件から四年後、特務に所属する多比良圭介は部下と共にとある集団自殺事件の現場へと出向いた。  その現場で『heaven』という文字を発見し、天国交信装置にも同じ文字が書かれていた事から、彼は平輪市で何かが起きる気配を感じる。  すると現場の近くでは不審人物が保護されたとの報告がされる。その人物は、天国事件以降、否定される存在となった霊能力者であった。彼女曰く、集団自殺事件がこの近くで起こり、その幽霊が見えるという――

アザー・ハーフ

新菜いに
ミステリー
『ファンタジー×サスペンス。信頼と裏切り、謎と異能――嘘を吐いているのは誰?』 ある年の冬、北海道沖に浮かぶ小さな離島が一晩で無人島と化した。 この出来事に関する情報は一切伏せられ、半年以上経っても何が起こったのか明かされていない――。 ごく普通の生活を送ってきた女性――小鳥遊蒼《たかなし あお》は、ある時この事件に興味を持つ。 事件を調べているうちに出会った庵朔《いおり さく》と名乗る島の生き残り。 この男、死にかけた蒼の傷をその場で治し、更には壁まで通り抜けてしまい全く得体が知れない。 それなのに命を助けてもらった見返りで、居候として蒼の家に住まわせることが決まってしまう。 蒼と朔、二人は協力して事件の真相を追い始める。 正気を失った男、赤い髪の美女、蒼に近寄る好青年――彼らの前に次々と現れるのは敵か味方か。 調査を進めるうちに二人の間には絆が芽生えるが、周りの嘘に翻弄された蒼は遂には朔にまで疑惑を抱き……。 誰が誰に嘘を吐いているのか――騙されているのが主人公だけとは限らない、ファンタジーサスペンス。 ※ミステリーにしていますがサスペンス色強めです。 ※作中に登場する地名には架空のものも含まれています。 ※痛グロい表現もあるので、苦手な方はお気をつけください。 本作はカクヨム・なろうにも掲載しています。(カクヨムのみ番外編含め全て公開) ©2019 新菜いに

Springs -ハルタチ-

ささゆき細雪
ミステリー
 ――恋した少女は、呪われた人殺しの魔女。  ロシアからの帰国子女、上城春咲(かみじょうすざく)は謎めいた眠り姫に恋をした。真夏の学園の裏庭で。  金木犀咲き誇る秋、上城はあのときの少女、鈴代泉観(すずしろいずみ)と邂逅する。だが、彼女は眠り姫ではなく、クラスメイトたちに畏怖されている魔女だった。  ある放課後。上城は豊(ゆたか)という少女から、半年前に起きた転落事故の現場に鈴代が居合わせたことを知る。彼女は人殺しだから関わるなと憎らしげに言われ、上城は余計に鈴代のことが気になってしまう。  そして、鈴代の目の前で、父親の殺人未遂事件が起こる……  ――呪いを解くのと、謎を解くのは似ている?  初々しく危うい恋人たちによる謎解きの物語、ここに開幕――!

復讐の旋律

北川 悠
ミステリー
 昨年、特別賞を頂きました【嗜食】は現在、非公開とさせていただいておりますが、改稿を加え、近いうち再搭載させていただきますので、よろしくお願いします。  復讐の旋律 あらすじ    田代香苗の目の前で、彼女の元恋人で無職のチンピラ、入谷健吾が無残に殺されるという事件が起きる。犯人からの通報によって田代は保護され、警察病院に入院した。  県警本部の北川警部が率いるチームが、その事件を担当するが、圧力がかかって捜査本部は解散。そんな時、川島という医師が、田代香苗の元同級生である三枝京子を連れて、面会にやってくる。  事件に進展がないまま、時が過ぎていくが、ある暴力団組長からホワイト興産という、謎の団体の噂を聞く。犯人は誰なのか? ホワイト興産とははたして何者なのか?  まあ、なんというか古典的な復讐ミステリーです…… よかったら読んでみてください。  

四次元残響の檻(おり)

葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

10年後の君へ

ざこぴぃ。
ミステリー
 2020年8月。千家春彦はある事がきっかけで、2010年8月にタイムリープする。  そこで自殺したはずの同級生、南小夜子から連絡が入る。それは春彦の人生を狂わせていく事になる……。 ……… …… …  ――無邪気に笑う真弓を見て、なぜか懐かしさを感じる。僕の元いた世界は2020年。今から10年後だ。でももうほとんど覚えていない。今いるこの世界に元から産まれ育った感覚さえある。  車椅子を握る手に力が入る。この世界でも真弓と2人で歩んで行きたい……。 「あっ!いたいた!おぉい!真弓!春彦!」 「美緒!遅い!どこまでトイレ行ってたの!もう!」 「ごめんごめん!あまりに混んでたから道路向かいのコンビニまで行ってた!」 「おかげで私達はめでたく結婚しましたぁ!」 「え!?ちょっと!何その指輪!!春彦!もうプロポーズしたの!早くない?」 「してないしてない。それはくじ引きの景品だ」 「あぁ、そうなんだ。はいはい良かったでちゅねぇ、真弓ちゃん。よちよち」 「春彦君!何でバラすの!もう!」 「えぇぇぇ……」 「ぷっ!あははは!」  こんなに笑う真弓を見るのはいつぶりだろう。胸の奥で熱くなるものがある。 ……… …… … 「手を!!手を伸ばせ!!もう少し!」 「もう駄目……私の事はもういいから……春彦君だけでも……お願い――」 「うるさい!!もう少し――!!」 「うぅ……!!」  彼女はもう助からない。そんな気はした。それでも僕は必死で手を伸ばしている。  それは罪滅ぼしなのか、自己満足なのか……?  ――そして彼女は最後に笑って言った。 「ありがとう……」 と。 「いやだ……いやだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」  いつか夢で見た風景がデジャブとなり目の前で起きている。「夢なら覚めてくれ!」そう願うがそんな奇跡も起こることは……無かった。 ◆◇◆◇◆ 執筆2023.11.17〜12.25 公開2023.12.31 本編 『10年後の君へ』 著・雑魚ぴぃ 番外編 『10年前のあなたへ』 著・桜井明日香 挿入歌 『Akaneiro』『光が見えるとき』 著・桜井明日香

処理中です...