前略、僕は君を救えたか

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手紙9

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 まあ、そんな思い出はどうでもいいか、早く帰っていいなら今直にでもパソコンの前に座って新しくインストールしたイラスト作成ソフトの勉強をしたいんだ。
 新しい物は好きだ、僕は常にその恩恵を受ける側だけど、可能な限り触れられるものは触れてみたい。

 でもアナログも好きだから、僕の絵はそういう新旧を一体させたような絵を描いてる、手書きの絵をここは絵の具で塗ってここはクレヨン、色鉛筆、でもこっちはPCのこのソフト、背景のここだけは違うソフトって色々混ぜて一枚の絵を完成させる。
 そんなの最新のソフトで塗り方変えれば出来るだろって話だ。誰もそんな真似しない、時間の無駄、意味ないって言う。
 だけど、皆がやってないって時点でもう意味があるじゃないか、努力を無駄に終わらせるかは僕次第だろ、投げ出さないって決めてる。僕にはこれしかないし。


 帰宅して、母さんはまだパート中。小学生の頃のスーパーは潰れて、今は他のスーパーで働いてる。
 夕飯はじじいが大量に作ってくれたナポリタンがあると、さっきメッセージを送っておいた。後プリンもたくさん貰ったって。

 僕は店で二人前は食べたし、夕飯は入らないな、水だけ持って部屋にこもって勉強だ。
 まだ窓の外は明るかったから、電気は点けなかった、スマホの講座動画を見ながら練習、ネットで他の人のイラストを見て、調べて、描いて、水飲んで、上手くいかなくなったらタバコ吸って、ダメなとこに気が付いて、描き直して……また描いて。そしたら

 コンコン

「入っていい?」
「ん?」

 振り返れば、真っ暗な部屋のドアが鳴った。時計は九時を指してる、帰宅後のあっという間の六時間だった。

「お兄ちゃん?」
「うん、いいよ」

 ドアの捻る音、桜が顔を覗かせる、桜はタバコが苦手だから窓を開けて空気を入れ替えた。ドアが全開になって、左の目が部屋を見渡す。

「電気は?」
「つけて、パソコンに集中してて忘れてた」
「わかった、プリン持って来たの」
「ありがとう」

 桜は手元を見ずに壁にある電気のスイッチを入れると、反対の手で持っている巾着袋を揺らした。ベッドに置かれた雑誌を退けると、桜はそのままこちらに歩いて来て、ちょうど開いたスペースに腰を下ろした。

「今日は何かあったの? 食べきれないナポリタンにプリンを持って帰って来て。ほらあれみたい、あれ」
「あれって何?」

 桜は巾着袋を僕に渡してきて、中にはプリンとスプーンが二つ。

「うんっとさ、よくニュースとかでコンビニの店員が発注のミスして、間違えて百人前頼んじゃいました、食べて下さい! みたいな」
「ああ、あるね。でもあの店狭いから百人入らないし、そんなオーダー入れたらじじいが死ぬな、いや今度頼んでみようかな、どんな反応するんだろう」
「ふふふ、じゃあどうしたの? 美味しかったけど気になる」

 小さな保存容器を開けて、桜の膝の上に置いたら白い手が容器の形状と蓋の有無を確認してる。指先が少しプリンに触れて、ピクッと細い肩が反応した。

「雑誌の撮影があったんだ、気合い入れて練習してた」
「ああ、それの試作品か」
「そう」

 差し出された手にスプーンを握らせてやれば、桜は笑ってプリンを食べ始めた。僕も一口運ぶ、美味しい。

「それで雑誌の撮影って誰が来たの?」
「ああ……」

 桜は僕を見上げる、身長差の距離感を的確に掴んで僕の顔を覗き込んでくる、瞼を開けて明暗しか判断できない視界に僕が映っていた。

「誰?」
「芸能人」
「の、誰?」
「わからない」
「嘘。そっか誰かな? 私に言いにくい人……んっとアイドル?」
「…………」
「可愛かった?」
「僕の好みじゃなかった」
「うん、そうみたいだね」

 見えている、桜は音でその全てを見る、真実だけを聞き分ける。だから変に気を使ったり嘘つくと一瞬でバレてしまう。しかも勘まで鋭い。

「それと、今日は何かあったの?」
「何で?」
「一度も部屋から降りて来てないって母さんが言ってたから」
「降りてこなかったのは本当にパソコンに集中してたから、でも色々あったよ。出前先で同級生に会った」
「同級生?」
「うん、小学校の時の…………あ、桜」
「何」
「九時と六時の所、プリンまだ残ってるよ」
「ありがとう」

 残っていた位置を教えてあげる、桜は丁寧に集めて全てを口に運んだ。僕も食べ終わって容器を重ねた。

「どんな話をしたの」
「そうだな、僕はあまり昔と変わっていないって」
「うん、変わっていないね。私もそう思うよ」
「それと……」

 中山の話をしても、桜は思えていないだろうから、あえて話す必要はないと思った。だから鞄から手紙を取り出して。

「お兄ちゃん?」
「うん、それと昔タイムカプセルを埋めたんだ。その手紙を持って帰って来た」
「へえ」
「桜のも」
「え? 私の?」

 当然だが桜は覚えていないようで、手紙を渡してみても裏表触って首を傾げてる。

「埋める時に桜もついて来て、一緒に入れたいって」
「そっか全然記憶にないや」
「読む?」

 桜の手にある手紙を引っ張ったら、キュッと力が加わって抜けなかった。

「待って! んっと……どうしようかな……だってこれ絶対恥ずかしいヤツでしょ」
「物心ついてない時の手紙なんだから、黒歴史ってよりも可愛いかったな~で済まされるヤツだろ。僕のは六年生とは思えない下手くそな字と文章だったけど」
「でもさ~それを兄に読まれるって恥ずかしいよ」
「そうかな」
「そうだよ。うん、恥ずかしすぎる!! ので、決心つくまでしまっておいて」
「わかった」
「それじゃあご馳走様」

 桜は容器の入った巾着を持って立ち上がった、僕が持っていくよって言ったけど、お風呂に入るからついでにキッチンに寄るって、それで部屋を出る時振り返ってまた僕を見た。

「そうだお兄ちゃん、鼻声だね」
「そうか?」
「夜、寒いから暖かくしなきゃダメだよ」
「…………わかった」

 僕に真っ直ぐ視線を向けて、瞬きをしてドアがしまった。桜がどこまで見えているのか僕は知らない。
 ベッドに寝転がって、桜の手紙を電気に透かす。読まないでって言われると気になるけど、桜は手紙をくまなく触っていたから、一度開封したら気付かれるだろうな。こっそり読むのは止めておこう。それで鞄からもう一通取り出して差出人の名前を読む。



「烏丸 桔平……」



 これは……どうすっかな、お墓に持って行くとか? それが適切なのかな。でも肝心のお墓の場所がわからないな、どうしてあげるのが正解なのだろう。

 目を細めて文字を眺めて、二度と叶わない君との夢を思い出す、考えて、桔平の声や顔を思い出して、もう少し考える。
 それで、気付いた。生きてる桔平とは叶わなかったけど、今からでも遅くない、桔平と合作できるんじゃないのかって。だって物語ならこの手に持ってる。

 手紙、多分僕みたいに先生へのエールと学校、自分の話が書かれているんだろう。その内容に僕が絵をつければいいんじゃないかな。こんなの単なる自己満だけど、あの日約束した癖に僕は桔平に一度も絵を見せていないから。出来る事はやりたい。
 そうと決まれば、手紙を開けてみよう。ちょっとドキドキするけど、今この手紙の所有権は自分だって言い聞かせて手紙を裏返した。

 自分の時より丁寧に封筒を開ける、中には一枚の便箋が入っていた。深呼吸して広げた瞬間、手紙を持っていた手が震えた。体中鳥肌が立って、文字を紡ぐ唇が痙攣した。
















【前略、俺は君を救えたか。

 この手紙を君がいつ読むのかわからない。けれど読んでいるのだから君は生きているんだ、その事実だけで俺は充分だ。
 俺の世界で梧は死んだ。君はあの日、勇気を出して立ち上がってくれた。俺をかばって中山の平手を受けてくれた。嬉しかった、でもそれは間違っていた。
 中山のターゲットは君に代わった。梧は強いからどんな仕打ちを受けても大丈夫と笑っていた。逆に今まで桔平ばかり辛い目に遭わせてごめんと謝ってくれた。

 それは暑い日だった、水も飲まずに校庭を走らされていた君は、いつの間にか桜の木の下で倒れていた。駆け付けた時には、もう息をしていなかった。
 何を後悔しても何を叫んでももう手遅れだった、俺達は君を見殺しにしてしまった。

 君のいないこの世界は地獄だ。

 俺は医者になった、たくさんの命を救った、感謝された、でもなんの償いにもならなかった。
 ねえ梧、本当にごめん、俺のせいで本当にごめん。君には生きてほしい。

 それと好きな人を言わなかった事も謝らせてほしい。俺は君が好きだったんだ、でもこの好きは君を困らせてしまう好きだから言えなかった。
 俺が死ぬのは君のせいじゃない。だから幸せになって、笑って。優しさと強さをありがとう。

 怖い、君をちゃんと救えるのか不安だ。でも必ず梧を守ってみせるよ。
 何度でも立ち上がるから、もう俺の目の前で死んだりしないで。

 そして臆病な俺よ、どうか振り返りませんように。優しい君に泣いて縋ったりしませんように。
 心配性な君の為、最後まで笑顔で征きます。】

































 ねえ、黒いポストって知ってる?













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