前略、僕は君を救えたか

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手紙6

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「ほらその……お前と……あの、お前とさ……あいつ」

 谷口は言おうか迷って言葉を止めた、けど奥の部屋からの「まだぁ? お腹減ったんだけどおぉ」の声に急かされて、

 君の名前を呼ぶ。


「桔平がやりたいって皆で作ったタイムカプセル、忘れたなんて言わせねえよ」


「うん、言ってない」
「何通か俺の手元にあるんだ」

 谷口は手紙を見せてきて……記憶が蘇ってくる。懐かしい文字を擦りながら当時を呟いた。

「授業中にお腹が痛いって突然先生が倒れた時は驚いたよな。桔平が職員室に走っていった」
「先生、切迫で早くから入院したじゃん? 出産予定日は卒業後だったから、復帰して手紙渡せるようにって桔平が考えて皆に声かけてくれた。楽しかったな? 放課後皆で残って手紙書いてどこに埋めようかって、ワクワクした」 
「でも結局先生は産後鬱と桔平の事とで復職しなかったんだっけ」
「そうそう、そんでタイムカプセルも忘れられてたんだけど、埋めた桜の木の前を工事するって業者が掘ったらこれ出て来ちゃってさ、家が一番近かった俺がとりあえず預かった。中学ん時、「これ、君達のクラスのかな」って用務員さんが突然家に来て驚いたよ」
「そっか」
「連絡のつく何人かには渡した、兵藤は実家にいるって分かってたけど…………なんつーか電話しにくくてさ」
「うん、ごめん」

 どうする? って谷口は手紙を差し出してきて、僕が書いたのと……他にも二通。

「こっちは?」
「手紙書いて、皆家に帰ってスコップ持ってまた学校に集合って約束したろ? お前は妹もついてきた。その時、一緒に埋めたいって持って来た手紙と…………こっちは桔平の手紙、俺が持ってるより梧のがいいかなって」

 封筒の字は確かに桔平の字で、何でただの紙にインクの線を見てるだけで、こんなに苦しくなるんだよ。息が震えて、呼吸が難しくなって苦笑いで誤魔化す。

「相変わらず小学生の癖に綺麗な字してるな、桔平は」
「本当だよ。俺、自分の手紙読み返したんだけど。すっげー汚い字だし、何が悲しいって今の字とそんなに変わんないんだよ」
「ヤバイなそれ。っつか残った手紙はどうしたの」
「連絡ついた奴らに一通預かってもらった、ほら、こうして今みたいに偶然があれば渡して欲しいって、探すまでは……そこは個人に任せてる。捨ててもいいしな。俺も……そうだな結婚してこの家を出て行く時には処分するよ。先生に渡すのはさ、病気もあったし今更遅いし、止めといた。かといって勝手に全部捨てられないから困ったよ」

 谷口は手元にある手紙をスライドさせて眺めて、頷いてる。その枚数は五通くらいで僕のクラスは三十人いたから、何人に連絡がついたのか知らないけど、影で頑張ってくれてたんだな。何だか申し訳なくなって、

「あ……あのさ谷口」
「何?」
「その、手紙……僕も一通預かるよ」
「いいよ、梧には桔平の渡しただろ。その一通の重みって凄いじゃん」
「まあ、そうかもしれないけど、こういう仕事してるし、もしかしたら今みたいに、配達の時や店でばったり誰かに会うかもしれない」
「うん……そう言うなら、ありがとう、じゃあ選んで」

 谷口は封筒を扇状に広げると、一通引けと前に差し出してきた。特に考えもなく真ん中の一通を引く。

「誰?」

 裏を見て名前を読み上げる。

「ええ…………と、恩田 りょう」
「へえ恩田さんか」

 思わず手紙を握り込みそうになった、恩田さんはその……色々あった、図工の話もそうだけど、一番は……僕が少し想いを寄せていた子だったから。ただそんな彼女も桔平の死以来は申し訳ないけど心の片隅にもなかった。だから今名前を見ても、顔が直には出てこなかった。

「彼女について何か調べた?」
「いや? 小学校の電話連絡網じゃ現在使われておりませんだったよ。可愛かったよな、才色兼備のお嬢様で黒髪が綺麗でバレエとフルートを習ってて上級国民みたいなイメージ。今頃すっげー美人になってんじゃね」
「僕と同じだな」
「あ? お前の家鏡ないのか?」

 恩田さんはお金持ちそうだったし、今頃海外なのでは? は置いといて手紙をまとめてポーチにしまった。中の入っていた使い捨てのスプーン類に気付いて、谷口を見る。

「そうだ、お手拭きとか? スプーンいる? 無料」
「もらっとこうかな、洗い物したくないし」
「オーケー」 

 プラスチックのカレースプーンとフォークとナイフを二本ずつ、お手拭きが二枚、「文句言われんの面倒くせえから、多めに渡しとけ!」のじじいの助言を守って取り出せば。

「いや、いらないだろカレーにフォークとナイフは」
「もらっとけよ。グチグチ言われんの嫌なんだよ。クレーム対策」
「俺がクレームいれるの前提で接客すんのやめてくれない?」
「おしぼりがない! ってクレーム入れて、店長連れて来いって玄関で土下座させてTwitterに上げそうな見た目してるぞ」
「暇かよ」

 にやにや押し問答して、小学生の時の些細なやりとりを思い出して、悪い気はしなかった。そんな楽しい合間に谷口は言った。

「そういえば中山って覚えてる?」
「え」
「ああ……忘れる訳ないよな。アイツのその後、知ってる?」
「いや?」

 体が強張る、これは動揺だ。瞬時にあの視線が蘇る。名前を聞いただけで睨まれたみたいだ。もちろん中山を忘れるはずなんてない、何か感情が湧き出しそうだった。
 だが、次の谷口の一言で一気に冷めた、頭が空になった。













「死んだよ」






「死んだ?」
「知らない? 今年の夏にさ、ニュースでやってた。水難事故だって、河原でバーベキューしてたらしいよ? 酒飲んで、酔っぱらって川に飛び込んだ、いい年した大人がさ」
「それ本当に……」
「中山だよ。中山一輝 本名まで出てたし、職業は小学校教師、年齢もばっちり中山と一緒だった。享年四十八歳」
「でも」

 だって、それでも同姓同名っつーか、

「顔写真が中山だったから間違いない。川下で死体になって見つかった」
「…………」

 僕は返されたカトラリーを握り返さずに、目を逸らした。谷口は顔を覗き込んできて、ニヤッと口角を上げた。

「せいせいしたな? あいつが平和に寿命を全うして死ぬなんて腹立つじゃん?」
「せいせい……かは、分からない。嫌いだったけど」
「いい子ぶるなよ。お前が一番中山が憎かったはずだ」
「過去を憎むのは時間の無駄だ」

 いい子ぶっているつもりはない、むしろ憎いとすればその矛先は僕自身で、弱い人間を虐めて悦を抱く様な汚い人間に費やす感情なんて僕にはない。関わりたくないんだ、それが過去の記憶だとしても、僕の脳内に中山を存在させたくない。悪いのは弱かった僕。
 谷口は僕の反応につまらない、と言いたげな表情だ。ぼさぼさ頭の髪を振って首の骨をゴキっと鳴らし、プラスチックのナイフで自分の手の平を叩いて。

「ねえ、兵藤はさ」
「うん」









「本当に事故だと思ってる?」

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