銀のオノ、金のオノ

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15、きーちゃんの寝かし付け

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「登山ってどんな服装で行くんだっけ」


 リビングにある共有パソコンで両親に話し掛けたらママが答えてくれました。
「暑くたって長袖長ズボンは必須よねもちろん薄手のやつ。虫刺されや葉や枝でケガするかもしれないし」
 パパはママの動物園から預かってきた可愛いイグアナちゃんを撫でながら言います。
「ザック、ザックカバー、ヘッドランプ、レインウェア、ガイドブック、1リットル以上入る容器の飲料、行動食、日焼け止め、ティッシュペーパー、特に芯を抜いたトイレットペーパーなどは量があっていいね。それと薬類、ビニール袋、手ぬぐい・タオル、小銭、トレッキングポール、スパッツ・ゲーター、カメラ、モバイル、サングラス、エマージェンシーシート、テーピングテープ、さいふ・ICカードと……それと」
「パパ、私富士山登る訳じゃないんだけど? 山登り初心者でも登頂できちゃうイージーな所にいくのよ」
「ごめんごめん、ママとの初デートが富士山にご来光を拝むプランだったから熱入っちゃった」
「夜中に登り始めて、輝く朝陽が富士さんのご来光だった時は息が止まったわ」
「頂上で皆でじっと静かに眺めたんだよ、自然と涙が出てきて、ママが優しく手を握ってくれた。その瞬間この人と結婚したいって思ったんだ」
「うんうん、本当プロポーズしてるカップルもいたもんね」
 と二人はなんか思い出話始めちゃったから無視しとく。

 無視してるけど、別に両親の思い出びたりのおのろけが嫌いな訳じゃない。いつまでも仲が良くていいじゃないですか。

 むしろ小学生の時に遊びに行ったお友達のお家でお父さんが家にいて、挨拶早々、友達とその子のお母さんがキモイから出ていけ出て行けって煽って、苦笑いしながら、家を出て行ったその子のお父さんを思い出すと、なんだかいたたまれない気持ちになって、うちはママがそういう感じじゃないくてよかった思う。

 パパやママは……もちろん私が好きだろうけど生まれ変わっても働きたいって胸を張って言える仕事があるから、そこまで私に干渉してこなかった。

 私が初めて○○できたと同じくらい、パパは赤ちゃんイルカのナナちゃんが初めてご飯食べた事を喜んでいたし、ママはライオンのマリオ君に奥さんができたって我が子のように嬉しそうにしてた。
 彼等には人間だ、我が子だ、血の繋がりだ、ってそういうくくりはないんです。

 勉強もスポーツも趣味も、強要されないかわりに褒められる事もなかったですね、いや人並みには褒めてくれてたけど、これ頑張ったんだよって言わないと褒めてくれなかったかな。一番褒めてくれたのは銀……まあいいや、それくらい私以外にも目を見張る楽しいものを抱えている両親でした。
 いいじゃんそういうの、もっと甘えたいなって時もあったけど今となっては大好きな二人です。

 それで、話を戻すと、予定集合時間から、主要駅までの時間を計算、その時間帯に開いているコンビニをリサーチ、ホームから一番近いトイレや朝食がとれそうなカフェもリサーチリサーチ。

 プリントアウトした地図に書き込んで、これを明日朝本当に使用できそうか、お店は開いてるか、品揃に価格を調べないと。
 目的地に着いてからも、色々調べておかないとだな。小さい時は何にも考えずにのほほんと皆に流されて行っていたけど、修学旅行なんかもこうやって先生達が下調べしてくれてたんだよなって転んでケガした同級生を見て、先生が駅の南口に薬屋さんがあるっておぶって即答していたのを思い出した。

 恵真さんからの指示書を見ながら明日のタイムテーブルを組み立てていたら、いつの間にかママとパパはいなくなっていた。
 電波時計が背後で鳴って、PC画面を見ればもう十二時です。多分パパもママも声かけてくれてたんだろうけど気が付かなかったんでしょう。
 ちょっと目が痛くなって擦っていたら、スマホが光って銀君です。

【リビング電気ついてる、きーちゃん?】

 そうですよって返そうと思ったら、

【きーちゃんの部屋のカーテンはしまってない、まだ起きてるの?】

 答える前に次がきて、仕方ないのでそうですよって文は消して、はいまだ起きてますって返そうと思ったら、

【明日の準備してるの? そっち行っていい?】
「ダメ!」

 それはって直に返す「もう寝る所だったので大丈夫です」送れば、
【明日早いから眠れないならキコを寝かしつけてあげるよ】
「ヒッ」

 スマホを持った手がブルってします、あれは…………前に大事なプレゼンがあって眠れないって言ったら、じゃあ部屋に行くから首輪して待っててと言われて、待っていたらそれはもう言い表せないぐらい可愛がられて気付いたら眠ってました。
 翌朝、お肌ツルツルの頭の中スッキリで、その年一番大きな声でプレゼン出来たのを覚えていますが、めっちゃ筋肉痛で首輪や手錠の跡を隠す服選びに多少時間を要しました。
 お肌が綺麗になって頭がリフレッシュされるのはいいとして、今回筋肉痛で登山は出来ませんので、お断りした後スマホを見るのを止めました。
 それで少し調べ物をして、お風呂に入ってベッド、さあ寝よう! ともう一時を回ったと言うのに、瞼が重くなってくれません。

 きっとあれです、銀君に明日何言われるんだろうってビビっているからです。
 だって今日だって二人になれる時間はいくらでもあったのにその時じゃダメなんです、明日わざわざ登山中に言いたい話って何です?!

 ママとパパが頂上でプロポーズなんて言ってたけど、それは有り得ないないないない!! そうでしょ? 銀君好きなのナイスバディだし、銀君は私と幼馴染じゃなきゃよかったって言ってた。
 後者に関しては実際聞いた話じゃないけど、私を引き留めてまで嘘つく意味が分かりません、そんな小細工しないでしょ。
 だから、ええっと……言われるとしたら、もうこういう関係は解消したいとかそっち系の私にとってあまりよくない告白だと思うんです。
 だから、さっきから無心になってリサーチしてたんです、考えたくないから。

 明日、山を登ったら、もう一緒に出勤できなくなるのかな、と考えただけでも、眠りたくないのです。体丸めて目つぶって苦しい苦しい。

 お揃いのストラップももうつけてくれなくなっちゃうのかなってぎゅって握って泣きそうになって涙は引っ込めたけど、辛くって変な溜め息出る。
 逃げたくて布団をかぶって丸まる、無意識に鼻を啜ってしまったら、カチャってドアが開いた。

 コンコンってノックもなしに、ドアが開いて誰か入ってくる、一歩踏み込まれただけで、私はその人が誰だか分かってしまって体が強張った。

「きーちゃん?」

 私の好きな体が疼く低い、声です。

「きーちゃん?」

 もう一回ワントーン高く呼ばれて、返事しようか迷った。
 なんだ結局くるんじゃん。小学生の時に銀君は我が家の鍵をパパとママから手渡されてる、もちろん私も、小野さんの家の鍵を持ってる。
 だから家に入れるのは不思議じゃないけれど。

「きーちゃん……」

 みしっとフローリングが軋む音が聞こえて近付いてくる、それでも答えないでいたら、布団の中で包まっていたのに、銀君は真っ暗な部屋の中で的確に私の首を掴んできた。
「ヒッ」
 骨張った指にギリっと一度血管を潰されて緩められて、頭真っ白です。息を止めながら唾液を飲み込みます。そして、

「キコ」
「はい」


「寝かしつけに来た」



 三十六計逃げ出したい。
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