総務の袴田君が実は肉食だった話聞く!?

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おしまいの後

ありあ君とメスネコ ◎

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 自分の感情を素直に端的に叙情的に述べられる性格かと言えば、答えはノーだし、生活にも行動にも旋律的に事を運べた試しがない。





 でもボクの名前はありあだ。



 母は有名なオペラ歌手だったけど、結婚を機に引退。
 それでも教会や小さなコンサートに歌の講師と、今でも歌の仕事に従事している。
 父はバイオリンニスト、そんな音楽一家の一人息子のボクだ、さぞかし音楽に精通した道を歩んできたのだろうと思いきや、少し違った。
 歌も音楽も、生まれた瞬間から馴染みがあった、だってお腹の中から子守唄はお金を払って聞く歌声な訳だし初めて触れた楽器も4000万円のバイオリンだった。
 だからこそ、一流の両親だからこそ分かってしまったんだと思う、ボクが体が音楽に向いてないことに。



 ボクの右耳はほとんど聞こえない、左耳も聞こえが悪い、物心ついた時、生まれつきボクの耳はそういう病気だったとお母さんが教えてくれた。
 でも決してそれは悪いことなんかではないよ、と励ましの言葉と共に。

 ハンデがあったって音楽している人なんてたくさんいる、でも地元じゃ神童と呼ばれた子供が進学校に行けば100位以内に入るのがやっとで、井の蛙だったように。
 耳が聞こえなくて音楽をやったとして、そこそこはいけても一流を目指すのは厳しいことを、両親は誰よりもわかっていた。
 だから、ボクに音楽の道を目指せと強制してこなかった。

 体が弱かった訳ではないけれど、補聴器を隠す為に伸ばした髪が風に舞うのが嫌であまり体を動かす遊びはしなかった。
 なにより、お母さんがあの綺麗な声で絵本を読んでくれるのが好きで、外に出るより家で本を読んでいる方を選んだ。
 またボクも本を読んで色んな知識を褒められるのが嬉しくて、お母さんの歌声の波を感じながらたくさん本を読むのは心地良くて勉強はあまり苦にならずにここまで来れた。
 父は一年の大半をコンサートで海外で過ごしているけれど、いつも優しくボクを応援してくれて、何よりもボクの【好き】を優先してくれた、反抗する理由もないし、避ける時間もない距離間だった。

 歌以外にお母さんの趣味と言えば裁縫で、リサイタルのドレスは自分で作っていた。
 教えている音楽教室で発表会があれば、それはもう張り切って生徒のお母さん達と楽しそうに衣装作りをしていたよ。

 そしてボクの人生が変わった日、場所は日暮里、お母さんが今年の発表会は歌も音楽もジブリで統一させるのよ、と息巻いていた。
 ボク達は発表会のコスチュームを作りに繊維街にやって来たのだ。
 発表会は、同じ音楽教室のピアノやエレクトーン教室の生徒共合同で行われて、かなりの規模なのでボクも裏方でお母さんを手伝ってる。

 日暮里駅から少し歩けば、そこは繊維の町でボク達は馴染みの店に足を運んだ、直にお目当ての生地を見付けるとお母さんは嬉しそうに手に取って言う。
「私は、目立たないようにコキリにしようかしら」
「コキリ?」
「そう魔女の宅急便のキキのお母さん、目立たないけど重要な役でしょ?」
「ああ……あの人コキリって言うんだ」
「そうだ、絶対生地余るし、むしろ多めに買ってありあの服も作るわね」
「え? キキはやだよ? ボク一応男なんだから」
「はいはい。残念だけどキキはもうピアノの年長さんクラスが5人でやると決まってるから、ありあの出番はなし」
「ふーん?」

 ふふと笑われて、その口が悪戯そうだから睨んでおいた。
 いじめられる程ではないけれど、中性的なこの見た目をからかわれた事は何度だってある。
 いや、わかんないや、もしかしたら悪口言われまくっているのかもしれないけど、ボクは耳が悪いから聞こえない。

「じゃあ黒猫のジジがいいんじゃないの?」
「ジジ?」

 お母さんは紺色の布を揺らして、一層口角を上げるとボクの体に布を押し付けて側に置かれた小道具用のカゴから都合よく見付けた、猫耳のカチューシャを頭に乗っけてきたのだ。

「ほら! 完璧!」
「止めてよ」
「何でよージジはオスなんだからいいでしょう? しかも最後はとっても可愛いメスネコと結婚できるのよ?」
「メスネコって……」

 呆れ顔で見ていたら。

「ひぃいいい!!!!」

 後ろから悲鳴が聞こえて、お母さんと振り返える、その声人と目が合った。

「みみみみみみみ見て見て見てお姉ちゃん!!! リアル!!! リアルメルルちゃんだよ三次元にメルルちゃんがいるよしゅごい!!!」
「声でかいよ絵夢……ん? あ、ほんとだ可愛いね」

 そこには金髪のちょっとヤンキーっぽい女の人と制服姿の黒髪の女の子がいて制服の子がボクを見て口に手を当てて震えていた。

「ひゃああ! え? うそ!! コスプレするんですか?」

 目をキラキラにしながら、その人は聞いてきてお母さんが発表会で着せようと思って、と答えるとなるほどーと頷きながらこっちにくる。

 ボクの前に来て、拝むように手を合わせると腰を降ろした。
 ふわっと甘い香りがして、急に至近距離で目が合ってドキドキする、だって可愛いんだもん、凄く可愛い綺麗な人だ。

「小学校……1年生くらいかな?」

 聞かれて、恥ずかしくて答えられないでいれば、お母さんがそうですって代わりに言ってくれて、やっぱり! ってにこりと笑う。

「うちにも同い年の甥がいるんでその位じゃないかなーって! そっか可愛いね? こんな可愛いんじゃ男の子からモテモテだね?」

 やぁあだ、可愛いからぎゅってしちゃおって、きっと女子だと思われてるけど、柔らかい体に抱き締められて声も出なくて、女子の訂正をしてくれそうなお母さんは、金髪の女の人と話してる。

「私コスプレしててね? 今日は新しいコスチューム作りたくてのお姉ちゃんとお買い物に来たの。そしたら偶然あなたを見付けちゃった! あなた私がしてるコスプレの相棒にソックリなんだ! 大きくなってやりたくなったら、いつでも声掛けてね」

 体を離されて、ビックリさせてごめんね、と優しく頭を撫でられて立ち上がっちゃって……お姉さんの声は機械を通しているとは思えない程クリアだった、音の振動が気持ち良くてまだ聞いていたかった。

 気付けば金髪の人は離れた売り場にいて、それを追うようにお姉さんはお母さんに会釈してボクに手を振って別れようとするから、あの! と咄嗟に呼び止めた。
 首を傾げられて、焦る呼吸を整えながら絞り出せたのは「名前は?」の一言だった。
 お姉さんは振っていた手を丸めて猫が手招きするように動かして笑った。


「にゃんにゃんだよ」


 ウィンクと猫の真似をすると、短いスカートを靡かせて行ってしまった。

 その日からドキドキが止まらなかった。
 衝撃的な出会いだったけれど、その後にゃんにゃんさんと偶然出会えるなんて機会は起こらなかった。
 ボクは何度も奇跡を信じて日暮里に行ってみたけどね、彼女の姿を見る日はなかった。
 背が伸びて自分で携帯を持つようになったある日初めて検索した【コスプレイヤー にゃんにゃん】探せば直にヒットして、震えた。

 会いに行って、本当はあの日の話をしたいけど、もう何年も前の話だし、子供だったし、もしにゃんにゃんさんが覚えてなかったら恥ずかしいからと、ファンですって挨拶した、それでも覚えてたらいいなってわざと性別が分からない服装で行ったんだ。
【男】で行っちゃうと絶対思い出してもらえないと思ったから。

 それで、残念な事ににゃんにゃんさんはボクを覚えてなかったけど、あの日と変わらず可愛いー可愛いーとべた褒めしてくれた。
 男としてはあんまり宜しくないんだけど、にゃんにゃんさんに褒められるのは凄く嬉しくて、そのままボクもコスプレをするようになった。

 妹みたいって可愛がってくれて【男】では味わえない距離感に、いつも理性が綱渡りだったけど、この人が運命のメスネコなんだと思ったら、ボクが男として社会的にもにゃんにゃんさんを守れるようになるまではこうして、この姿で一番近くで彼女を守っていこうと思っていた。

 だけどそれは、妄想だった。

 にゃんにゃんさんが突然消えて、当たり前だったあの日が過去になって、どれくらいにゃんにゃんさんがボクにとって光だったかを知った時には遅かった。




 ま、そんなボクの回想はいいか、そんな事より今ボクの目の前で起こっているこの状況を理解する方が先だ。


 放課後、ファミレスで、らい君は言ったんだ。



「第一回、絵夢ちゃんNTR大作戦会議ッ!!!」



 失恋の紫色から一変、らい君はアシンメトリーな白髪に髪色に戻して耳には猫のピアスが光っている、いつの間にか心は完全復活したらしい。
 かく言うボクも、一度はもういいかって思った服を、やっぱりいつでもにゃんにゃんさんに会えるようにってセーラー服に戻した、こっちのが抱き付いた時、にゃんにゃんが抵抗しないから、セミロングの茶髪もそのままだ。

 で、それはいいんだよ!!

 NTR大作戦も結構なんだけど、問題が一つある。
 そう、それが大問題だから困ってる!!!!

 らい君の振り上げた拳を見ながら、ボク達の前に座るそいつは眼鏡直しながら言った。





「へえ、それを俺の前で宣言するんだ。若さって恐ろしいね」




 思いっ切り見下し視線で言いながら、ボク達のテーブルの前にフォークとか用意してくれる。
 上げた手を引っ張ってらい君を睨んだ。
「ばっかじゃないの! どうしてコイツ呼んだんだよ!」
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず!! だろ? オレ、コイツ良くわかんねーから」
「らいおん君、そろそろ俺をコイツって呼ぶの止めませんか」
「やだね」

 学校の後「よし、ありあ飯でも食いながら作戦会議だ!」って言うから来てみたらなんでこのカメコがいるんだよ。

 カメコは一切表情崩さず続ける。

「俺の実力や現状を把握し、自分自身の力量を認識した上で戦えば、うまくいというのはもっともな作戦だと思いますよ。しかも噂じゃなく本人と直接聞くのであれば偽りなく、価値のある確かな情報を収集できます。その発想に行動力って素晴らしいです、さすが進学校に通ってるだけあるね。明命高校の校訓は【紳士たれ】です「信義」「正義」「道義」って素晴らしい教育方針ですよね君達は大志抱いてますか」
「うっせーな」
「らいおん君は少し紳士な行いが足りませんからね。校則はなくとも理事長の逆鱗に触れると宣誓の書き写し100枚とかさせられるから気を付けた方がいいですよ」
「宣誓?」
 何の事だろうと、ボクも口を挟めば袴田君とやらは顔の横で手の平を見せて、咳払いをした。


「宣誓、僕達新入生一同は明命高校の学生としての矜持と自覚を持ち、これからの社会を築く上で必要な人間性や知識を身に付けるべく、勉学に勤しみ何事にも恐れず挑戦し、日々精進する事をここに誓います」


「ああ、それ入学式の時の」
「何お前暗記してんのキモイ」
「一度口にした言葉は大抵覚えてるタイプなので」
「一度口にした……?」
 奴は手を下さずに続けて、
「平成十八年度新入生代表 袴田 雄太」
「ええええ、新入生総代って首席入学した奴がやるんじゃなかったっけ?!」
 らい君興奮してバンバン肩叩いてきて痛い。
「それでねクソガキ」
「あ?」
「一番重要なのは己を知る事ですよ。相手の力がいくら分かっても自分を知らないと意味がない。自分って分かっているようで分からないし、分かっていても変えられない。目の前に圧倒的な脅威があったとしてもどうしても意地を張ったり認められなかったり、人間ってそう簡単に曲げられないよ。本当の自分なんてわかったが最後、弱すぎて、こんなの俺じゃないって受け止められないもんですよ」

 草食に良く似合う紅茶をストレートのまま、カップに口を付けて、ボクもらい君黙ったままだ。
 喉が動いて一息ついて、ボクの方を見た顔はレンズが反射してどんな目をしているのか分からなかった。

「俺もそうだった、勉強とケンカは誰にも負けないって、ずっと突っ張ってきたけど、たった一人の人間がこの世から消えただけで、今まであった生活が成り立たなくなるくらい落ち込んだ。何も手に付かなかった生きている意味がないと思った死にたかった、本当の俺はとんでもなく弱い人間だったよ。きっとそんな自分に心のどこかで気付いてたから周りには大きく見せたくて突っ張ってたんだと思う」

 ズキっときて、詳細を聞く前に食事が運ばれてきた、そしたら、らい君はわーい! ってやってる。
 それを見て、クスってされてるし! よかったつられてボクもしなくて! 笑われるところだった!!
 ポテトを一本摘まんで、ボクは続きを聞きたかったのに、らい君はハンバーグをフォークで刺しながら、さっきの話を断ち切った。

「で、お前のナヨナヨした話なんてどーでもいーんだよ、勝手に弱ってそのまま消えろ! オレが聞きたいのは絵夢ちゃんのことだし、どうせお前が毎回嫌がる絵夢ちゃん押さえつけてアレコレしてるんだろって話だよ。それこそ絵夢ちゃんの弱味に付け込んでさ。そんなんぜってー上手くいかないからな! 力で相手をねじ伏せるなんてお前こそ紳士道から外れてるから」
「ほう」

 紅茶飲みながら顔を傾けて眼鏡が光る、何か嫌な予感がする。

「だーかーらぁー!」
「ねえらい君、そんな話細かく聞いて君が正気を保っていられるの?」
「非常にいい質問ですよ、らいおん君」

 カップをソーサーに置いたカメコは、シャッター切ってる時の笑顔とはまた違うにやっとした表情で唇を舐めた。

「最近尾台さんは力任せに押されるのだけじゃ足らなくなって、隙あらば会社で俺を襲ってきます」
「え」
「直ぐ向こうに人がいるような場所で【たくさんイイコトしてあげるから、ネクタイ噛んで声我慢してね】って」



「…………?!!」
「【私の命令聞かなきゃ結婚してあげないんだからにゃ?】って小悪魔に笑って脅してきますよ。俺の弱味につけこんで凄く卑怯でしょう?」
「そそそそそそそそんな馬鹿ななななな!! 絵夢ちゃんは純粋でちょっとエッチな所が可愛いだぞ!? そんな痴女みたいな……?!!!」
「だから言ったでしょ! こいつ今でこそ見た目こんなんだけど昔ヤンキーだから人いじめるの大好きな人種、らい君いじって楽しんでるんだよ」
「え、オレいじられてるの?!」
「ヤンキーではないですよ、人をいじめた過去もないし、それにらいおん君みたいなバカな頭の色してなかったし」
「バカじゃねえから! 絵夢ちゃんにタンポポの綿毛みたいで可愛い~よ~らいたんって言われてんだぞ」
「君それを言われて嬉しいですか」
「止めなよらい君、綿毛って飛んで行っちゃうんだよ!」
「それよりも、俺はてっきり君達は付き合っていたのかとばかり思っていたんだけど、まだ尾台さんを諦めていないんですね」
「は?! ありあとなんか付き合ってねーし!! こいつオスだぞ! 一生諦めねえからなモブ眼鏡が! 早くあの世行けよ」
ダンッと机を叩いて、らい君が持っていたナイフを突き出せば、
「危ねぇから刃先こっち向けんなコラ、過剰防衛するぞ」
「ヒッ」
 その目はちょっと……! と思っていたら、後ろの席かららい君の首に腕が伸びてきた。

「お客様ぁ~? 他のお客様のご迷ー惑になるので、もう少し声落としてもらっても宜しいですかぁ?」
「げ! サダさん!」

 バックチョーク寸前の所でらい君は鬼の入れ墨の入った腕をバンバン叩いてて、見上げる程の大男の迫力にビビってしまった、静かだったけど後ろの席には話しかけにくいタトゥー入りまくりのロッカーなド派手奴等が座ってる。
 カメコはというと、紅茶飲み終えてタバコも吸えないしそろそろ行こうかなって帰ろうとしてるよ。

「らい、イライラは音楽にぶつけろって言ってるだろこの世にはお前のトリ頭じゃ解決できないことだらけなんだよ」
「わかってるけどぉお! それで納得できないお年頃なのぉおお!」

 後で聞けば、そのヤバみ集団はらい君がバイトしてるライブハウスのオーナーさんだったりして、黙々とポテト食べながら二人のやりとりを見てたら、君可愛いから今度ライブ来ないかってナンパされてしまった、声もいいねって。

 で、カメコは一万円を机に席を立ってる。
 去り際、襟を直しながら思い出したように振り返って。

「あ、そうだありあさん。今度にゃんにゃんさんが一日限定でレイヤー復活するんですけど、一緒にどうですか?」
「一日限定……?」
「昔のように世界で一番綺麗に撮りますよ?」

 カメラ構えるポーズされて、すっげー挑発されてんじゃん、むかつく!!
 ムカつく!!!














 けど見たい、どうしよう。



「やったー行きたい行きたい~」

 迷ってたら、らい君万歳しちゃってるよもう! このバカ!!!
 それを見て、じゃあ楽しみにしてますねって眼鏡直して行っちゃったし!

 ち、ちくしょう…………!!
 このままではアイツの手の平コロコロじゃないか………!!!!!!  う、う、う!!!
 クソ! クソ!! 悔しいのに膝の上で握っていた拳が勝手に天井に向かってた。

「にゃんにゃんさんとコスプレだわぁーいわぁーい!」

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