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連載
初恋
しおりを挟む【俺は三度、同じ人に恋をする】
「もう袴田さんと仕事したくありません」
そんなセリフを言われても口端一つ動かないなんて本当俺はどうかしてると思う。
ああ……またかと思いながら、髪をかき上げて声がする方を見た。
「だから何ですか」
「だから……って」
目が合って、逸らされて何がしたんだよ、そっちから睨んできた癖に。
窮屈な胸元をさらに引き上げて、表情は変えないまま出来るだけ、冷静に。
「仕事をしたい、したくないってそれ、あなたどの身分でモノを言ってるんですか。自分が物を買う立場なら分かりますよ。例えば服を買いたいとか、それはあなたがお金を払うんだから好き嫌いで選んで下さい。でも、これは仕事です。あなたの意思なんて関係ないでしょう、賃金の対価として労力を提供する契約をあなたは会社と結んでいます。一々私情を挟んで文句言う暇があるなら、二重でも三重でも資料のチェックをして下さい。俺だって金貰ってなきゃあなたと仕事してないですよ」
「なっ」
「それと、会社辞めたいならまず課長に相談して下さい。俺に言われても困ります」
言い捨てて作業に戻ったらいつの間にか気配は消えていた。
隣でPCを叩きながら一年下の新井君が言う。
「ちょっと袴田さん、マジもう……本当冷や冷やするんで勘弁してもらえませんか」
「仕方ないだろ? 優しく言えば何度も同じミスをする、強く言えば拗ねる、気遣えばさっきの指示はなかった事になってる、しまいには一緒ご飯食べに行きませんかって…………仕事! しろ!」
「まあそんなカリカリしなくたって……知ってます? こないだのバイトの子……結局事務行ったけど辞めたって」
「何で? こっちの事務より業務自体は少ないだろ」
「ん? 合コンでいい感じのアパレル社長ゲットしたって」
「俺とそれ関係ある?」
ちょっと眉間を寄せたら。
「だから目つき! 目つき悪いから! サングラスか眼鏡かなんか掛けて下さいよ! 関係ないのに結局袴田さんに詰められて営業追い出されて事務も居辛くて辞めた、みたいな話になってますよ」
「知るかよ、そんなの」
アホかって朝買って来たコーヒー飲んでたら、頭にバサッと資料が乗った。
「はーかーまーだーいい加減にしろよ? また課長~って女の子が泣きそうな顔で来たぞ?」
「だから何ですか? 俺は給料貰ってんだから働けって言っただけですよ」
「あーもう……そんなんだから……まあいいや、また会長直々に呼び出しきたからさっさと行って来い」
「会長? ああ…………はい」
思いっきり舌打ちして、席離れる頃には背後から出たコネ!! とか高学歴だから態度でかいとか色々聞こえた。
コネだから何だよ、入りたくて入った会社じゃないし、高学歴云々はお前等が勉強しなかっただけだろ僻んでんじゃねえよって眉間の皺は消えないままオフィスを出て携帯を見た。
いつもの画面をリロードして
【このアカウントは存在しません】
と表示されて溜め息が出る、むしろ涙すら出そうになる。
ついでに俺と同じような奴らのページを一通り見て彼女の手掛かりが何もない事にまた溜め息が出る。
頭を掻いて……深呼吸してむしろ謝らないといけないのは俺の方だ、とさっきの彼女に私情を挟んでるのは俺の方だって、苛立ちをぶつけてすまないと言いたくなった。
一人でエレベーターに乗って、小さい自分に嫌気が差す、ああ何て俺は小さい人間なんだと誰もが笑ってる。
この世なんてつまらないモノだらけで生きてたって無意味だと分かっていながら、でも死ぬのも嫌だから生きている、つまらなくなってしまった理由は二つ。
一つは嫌だ嫌だと悪態つきながらも、結局情に絆されて働きたくもない会社でこうやって働いてる事。
二つ目は……というかこの二つ目が原因で俺の人生の九割がつまらなくなった。
長年ファンをしていた人が突然消えたんだ。
それはもう、何もかも消えた、気付いた時には跡形なく消失していた。
残ったのは数枚のネットに上がった写真だけ、彼女の息は忽然と途絶えネットから飛んだ。
それは電波でしか繋がりのなかった俺達にとって彼女の死を意味していた。
何をそこまで彼女に傾倒していたかって話せば長くなる。
でも、もう俺の胸だけに閉じ込めておけないので聞いてくれないか。
そもそもうちはアニメがダメな家だった、よくある巷で言われているような“健全な”家は“アニメ”を嫌うだろ?
幼児番組なら何時間でも見て良かったのに、少しでも瞳がキラキラになって髪の色がカラフルになるとそれはもうだめだった。
頭が悪くなる目が悪くなる感性が歪む、犯罪者になると。
それでいて、テレビの中で薄気味悪い着ぐるみ共が意味不明な喧嘩をしている理由を聞いたって母さんは上の空で答えてはくれなかった、この時間は情操教育だといって子守を幼児番組に押し付けて自分は電話に夢中だった母の背中を覚えている。
唯一許されていたのは、姉が好きだった魔法少女のアニメで休みの朝には毎週見ていた、異世界に魔法にしゃべる猫、変身するとピンクになる髪に派手で奇抜なコスチューム、巨大な敵にそれに立ち向かう勇気、何もかもが新鮮だった。
休日はしょっちゅう海に連れて行かされた、先の見えない水平線を見ながら父さんは言った。
「海はいい、海はいつも僕らを受け入れてくれる、海は嫌な事を忘れられる、なあ海は素晴らしいだろ雄太」
自分の価値観を押し付けられる程、不快なモノはなかった。
だってそれはまるで、地上が嫌で社会には受け入れてもらえなくて、現実世界は嫌な事をだらけで、海以外は素晴らしいモノがないと言っているようじゃないか。
俺から娯楽を取り上げて無理矢理押し付けられた海に嫌悪感しか抱かなかった。
だから、そんな時は勉強をしたいと言った。
部屋にこもる理由として、マンガはダメ、アニメもダメ、けれど勉強ならば許された。
初めは遊びより勉強が好きだなんて変わった息子だといいながらも周りより成績の良い我が子に鼻高々な両親だったけれど、自分達よりも知識が増えていくにつれ僅かに嫉妬のような感情が疼いたのか、俺は放置されるようになった。
特別仲が悪かったわけではない、会話もする笑いもする、日常生活で些細な苛立ちは感じても喧嘩までは発展しない、そんな家族だった。
でも、やっぱり人は難しい。
ようやく自由になれたというのに、俺は自分に無関心で突き放されたこの感覚が寂しいと感じたのだ、そして自分から両親の気を引くため海に行きたいと言った。
その時の両親の泣く寸前のような笑顔は一生忘れないと思う。
無心になって取り付かれたようにやっていた勉強から離れて潜った海は気持ちよくて吸い込まれる青に全ての柵から解放されるようだった。
ああ、そうか俺は勉強する事で両親に反抗していたんだと気がついた、海が少し好きになった。
高校に入る前だ、姉に姪の子守を頼まれた。
嫌だと断ったけれど、アニメを見せとくだけでいいからと渡されたのは昔よく見ていた魔法少女のDVDだった。
古いし今は新しいシリーズやっているんだけど、結局姪は初代が好きなんだって。
姪を膝に乗せ、本を片手にアニメをスタートさせた。
懐かしいオープニングにドキッと高鳴る胸、ああ……恥ずかしいな、そっかきっと俺の初恋の相手はこの魔法少女だったんだと久々のラブリスの笑顔を見て思った。
可愛い顔に声に服装に強く綺麗な美しい心、当時は意味も分からず見てたけどそのラブリス笑顔に恋心を抱いていたんだ、だから毎週会うのが楽しみだったんだなと自己解析してみる。
寂しい、苦しい、もう死にたい。
そんな気持ちを救済してくれるラブリスの温かいキスに誰もが立ち直り前を向いて歩き出す。
なんだコレ幼児アニメの癖に泣かせるな、といつの間にか床に本を置いて夢中で見ていた、姉が帰宅する頃には姪とマジクロごっこをやってる位、俺はいつの間にかマジクロにはまっていた。
だか、悲しいかなこのアニメはもう十年以上も前に放送を終了していて続編は魔法少女が交代しているのだ。
その頃には家でのアニメの規制もなくなっていたから、とりあえずマジクロを一話からじっくりみて、たまに泣いてラブリスと一緒に笑って俺マジキモいなと思った。
見終わって、見なきゃ良かったと思う程、喪失感と孤独感に襲われて最終話のEDで寂しいンジャーになってしまうかと思った。
ちょうど泣きそうになっていたら、夕飯だと呼ばれリビングに行く、そこでは父さんがニュースを見ていた。
ビール片手にうわーオタクがすげーいるこいつら仕事何してるんだろう、っと偏見の眼差しで指差すテレビの中。
そこには夏コミの映像が流れていた。
会場へ向かう長蛇の列に、この為だけに来日したと言う外国人のインタビュー、ぼかしの入った同人誌に………………。
ドクンッ!
と本当に大きな鼓動と共に俺の心臓の動きは速まった。
「雄太?」
「あ、な……何でもない凄い人だね」
動揺を隠すために口に手を当てた、
「あ、やだ! ご飯炊けてなかった! ちょっと早炊きするからご飯30分待ってて」
「わかった、じゃあちょっと俺勉強の途中だったから」
と足早に部屋に戻った。
いた…………!
ラブリスがいた!
心臓の鼓動が抑えられない、一瞬写ったコスプレしている人の映像にラブリスがいた。
直ぐにPCで検索して、
ああ、この人……。
「凄い……」
思わず息を飲んだ、そのラブリスの完成度は目を疑う程だった。
体型もコスチュームも可愛らしい顔も……ラブリスそのもので……。
表示された名前を指先でなぞった。
「にゃんにゃん……さん…………」
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