総務の袴田君が実は肉食だった話聞く!?

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 突然顎を上げられて唇が重なる。
 動揺していた舌を舐め取られて拒絶する前に顔が離れた。

「なっ……にするんですか」
「初めてキスは袴田君としちゃった?」

 濡れた唇を親指で拭われて、目の前の美形が獲物を捕らえたような目つきで笑う。

「これで俺が本気だったってわかった? 今ので泣いちゃダメだよ。いっつも尾台ちゃんが無防備に誘われてるの助けてあげたのに、何のお礼もないんだもん」
「あの有沢さん」
「まあ本気ってゆうか……俺だって尾台ちゃん好きだったんだよって、そんくらい言ったっていいじゃん? わかってるよそんなの知らなかったって言いたいんでしょ? いいよいいよ、言ってないもん自分責めなくていいよ。ごめんね俺が勝手に好きになっただけ」

 有沢さんの目……きらきらしてて……。

「ねえ尾台ちゃんさ、男に裸見せたでしょ」
「え」
「やっぱそーだよね、最近やたらと綺麗になったし……」
「んん……」

 頬親指で擦られて、

「それが袴田君だったらって考えるとマジ腑に落ちないんだけど、ああ……そんな反応しちゃうんだ、前だったら振り払うか怒りそうだけど……気持ちいいの?」
「やッ……」

 耳の下こしょこしょされてびくってした。

「ほら直ぐ艶のある声出すし、尾台ちゃん色気ダダ漏れだよ。気をつけてよねうちの会社男ばっかなんだから」
「わかりました、あの……もう触らないで下さ」
「俺これからもっと外出多くなるんだから自衛しなきゃダメだよ」
「ごめんなさい」
「何で謝まるの? 振られたみたいだから止めてよ、俺尾台ちゃんに告白なんてしてないでしょ」

 有沢さんは、じゃあ行こうねって先を歩きだした。
 口を拭って触られた所を擦って、された事と言われた事を反芻する。
 私が立ち止まってたら、数歩先から戻ってきて手を引っ張られた。


 カップルみたいに手は繋いでるけど無言で何の言葉も浮かばないまま会社に到着して私達は別れる。


「もっと会社遠くても良かったのに直ぐ着いちゃった」
「…………」
「じゃあ俺午後」
「…………目黒ですよね」
「おお! そうだよ、そんでその後は」
「一度帰ってきて打合せして次は恵比寿、そのまま直帰って書いてありました」
「そうそう、そのまま取引先と会食の予定なんだ尾台ちゃんは本当賢い子これからも宜しくね」
「はい」
「あのさ」
「はい」
「うん、あれ……今日の告白…………付き合おうってヤツさあれ嘘だから、気にしないでね」
「…………え」
「うん、嘘にしよ? あれは嘘! だから本気にしないでいいから、それでさ……」

 キスしそうな距離で有沢さんは笑った。













「大好きだったよ尾台ちゃん」







「なっ」
 くるって体を反転させられて、背中にトンと有沢さんの額がくっついた。

「なんて、これも嘘…………うん嘘、ずっと尾台ちゃん見てたのも嘘、桐生君見つめてた尾台ちゃん見てたのも袴田君と笑ってる姿見てた俺も全部全部嘘。でもこの世は嘘だらけだからいいよね。誰も本心なんて話さないじゃん、だから言わせてよ大好きだったよって嘘なんだからさ」
「有沢さん」
「大好きだった本当に。言えなくて毎日苦しかった、好き……ああようやく言えるんだ嘘だから、ねえ尾台ちゃん辛かったらさいつでも俺のとこ来ていいからね、俺癒し系だしエッチも上手いから……何てね嘘嘘。気にしないでね俺すげー性格悪いってさっきわかったしょ? 近付かない方がいいよしかも嘘つきだから騙されないでね大好きだよ、俺の事で傷付かなくていいからね、じゃあね」


 そのまま背中を押されて部屋に入って……有沢さんはトイレで顔洗ってこよって行ってしまった。



 何の何の何の何の感情も入ってこない。

 自分には関係ないと思っていた厚意だと思っていた行動も、それに付随した感情も……何なんだ、どういう事なんだ、だって私はこんなに人に好かれるような人間ではなかったじゃないか。

 ドアに掴まって部屋を見た。





 私が思っていた以上に職場は人間の気持ちに支配されていたんだって気付いた。
 お金で回っていると思ってたのに。




 席に戻って黙ってたら、あらあらちょっとご飯食べに行っただけなのに……ってめぐちゃんが何かを察してなでなでしてくれた。
 始業時間になって桐生さんはいつの間にか仕事をしてた。

 ルーチンワークを熟して熟して熟して…………良かった新規の案件がなくてって思った。
 今新しい仕事なんて考えられないや。
 有沢さんの気持ちに…………袴田君の……。



 他にももっとあるよ、でも一番は袴田君の事……。
 ゆっくり聞いていこうって思った自分の過去に袴田君の過去。









 夕方になった。
 やろうと思えば仕事はいくらでもあるけど上手く調整して定時には上がれそうだ。

 トイレに行った時、袴田君も定時までに仕事片付きそうだって……。
 朝の私だったらもっと喜べたかもしれないのに、今はちょっと憂鬱になってる。

 憂鬱? 違うな怖い。
 きっとこの感情は恐怖。


 着替えを済ませて、聖橋で袴田君を待っていた、車で行きましょうって一度袴田君のマンションに行くの。





 それなのにどうしてよ。





 袴田君のマンションだよ、ドキドキしてよ私のバカ、どうしていつもみたいにワクワクしてくれないの。
 ゆっくり流れる川を見てたら、二滴だけ涙が落ちて流れて消えた。

 例えどんな過去があったって、私に嘘をついてたって、それでも袴田君が好きだよって言える勇気がほしい。

 勇気がないのは私に自信がないからで、そんなの分かってるのにやっぱり傷付くのが怖い。
 袴田君を信用できない自分が嫌い。

 逃げたい逃げたい逃げられない会いたい苦しい助けて。

 袴田君に早く来て欲しいのに怖い。
 袴田君は私を待つ時間だって喜んでくれるのに。

「お待たせしました」
「袴田君……」

 振り返ったら眼鏡が光って、奥にある灰色に私が写ると直ぐ抱き寄せてくれた。
 力強くて息吸うの大変だったけど止まっちゃってもいいかなって思うくらい心地いい痛みだった。

「尾台さん?」
「袴田君…………どうしてもって言うならちゅうしてもいいよ」
「どうしてもしたいです」

 顔上げたら眼鏡を直した袴田君が瞼を伏せる、綺麗な顔が近付いて柔らかい唇がくっついて体の奥から熱が湧く。
 袴田君とキスした時だけに渦巻くこの熱がたまらなく好きだ。
 優しく体撫でられて、唇が離れて深く息を吐いた。

「尾台さん」
「はい」
「好きです」
「そんなの知ってるからぁ」
「うん」

 泣きそうな意味は分からなくて、胸殴ったら袴田君は頷いて手を繋いでくれた。

 マンションに着いて家には入らないで袴田君は車を取りに行った。
 車が出てきて助手席に座って、改めて考えさせられた、そもそもこんな豪華なマンションと高そうな車乗ってる袴田君って何者なんだろうって。



「袴田君さ」
「はい」
「今日色々話したいの」
「はい」
「でもちょっと情報がいっぱいで頭絡まってて……少しだけ黙って考えてもいいかな」
「もちろんです。何か力になれる事があれば言って下さいね」

 それで移動中は黙って頭の中整理して。
 話したいのは今の状況と、袴田君の過去と……私の過去と……。

 暗くなった町を眺めながら大丈夫、明日は明るいんだって自分を奮い立たせた。





 アパートに着いて、


「服取って直ぐ出てくるので袴田君はここで待ってて下さいね」
「持ちますよ」
「服だよ、大丈夫だから」

 相変わらず袴田君は過保護で付いてきて、そしたら家の前に。

「おかえり絵夢ちゃん」
「らいちゃん…………」

 夜でも目立つ白髪の青年がアパートの前に座ってて私を見て立ち上がった。
 付けていたヘッドフォンを首に掛けて暗がりに見えた表情はこっちを…………袴田君を睨んでいた。

「誰そいつ」
「あの、会社の人……えっと袴田君この子私の甥っ子で」
「甥……」
「袴田? ああ、こいつが袴田君なの?」

 目の前に来て不機嫌そうならいちゃんは袴田君を爪先から頭まで睨め付ける。

「はじめまして、絵夢さんと同じ会社で働いて」
「こんな冴えない草食地味眼鏡が好きって? 嘘だろ全然絵夢ちゃんが好きなタイプと違うじゃん」
「ちょっと! 好きなタイプとか知らないし」
「お前さ絵夢ちゃんの事どう思ってんのか知らないけど、絵夢ちゃんはオレと結婚するから消えろ」
「結婚……? 君と絵夢さんは甥と叔母の関係でしょう」
「だったらなんだよ、オレと絵夢ちゃんは計り知れない深い血の絆で繋がってんだよお前の入る余地なんかねぇよ」
「ちょっとらいちゃん」

 袴田君の眉間にピクッて皺が寄ってらいちゃんの腕を引っ張ったら、らいちゃんに顎鷲掴みにされて。

「おじさん近親相姦って知らないの? 見たい?」
「痛いよ離して」
「こないだもしただろ? その後一緒に寝たし」

 涙ぼくろが近付いて、目を背けたらすっと大きな手が間に割り込んで私の口を覆った。



「無理矢理じゃなきゃキスの一つもできないクソガキが結婚だなんて笑わせるなよ」
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