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テレパシー
しおりを挟む私は一体どうしたんだろう、あんな言葉誰にも言った事がなかった。
お兄ちゃんにも言ってない。
そんな風に思ってないはずなのに
それなのに胸の奥から出てしまった。
深く閉じ込めてあった感情だったのかなんて、自分でもわからない。
苦しい息を吐いたら同時に音になってしまった言葉……。
助けてってセリフ。
でもねえ……?
その助けてって何だったんだろう。
だって私は着るものも食べるものも住む場所にも困ってないじゃないか。
家族も皆健康で信用できる上司に笑い合える職場に、没頭できる趣味に、私を理解してくれる兄にお父さんがいるじゃないか。
少しお母さんがキツイ性格かもしれない。
でも何もかも上手くいってて順風満帆に幸せな人生送ってる人なんてこの世に何人いるの。
いや、むしろいないよそんな人。
皆少なからず何か悩みを持っててそれと戦いながら、隠しながら生活してる、無理して笑って頑張って生きてる、それが普通でしょう。
たかが少しお母さんが口うるさいだけで、それがまるで地獄とでも言うように“助けて”なんて言ったら罰があったってしまいそうで怖い。
そんな小さな事で泣きそうになって自分が悪いのにお母さんのせいにして生きてる。
失敗したって自分のせいじゃないってお母さんに責任転嫁してきた癖に、嫌な事がおきればお母さんのせいだって嫌悪感を抱く。
何だって私が決めてきた道じゃないか、孝行な娘になるって。
いやだ、ジレンマが喉を突き破りそうで、また助けてなんて弱音を吐きそうだ。
でも違うの、私はこれで良かったんだ。
こんなんで愚痴ったら、お前の何が辛いんだって甘ったれるなってどこかの誰かに怒られてしまう。
「辰巳さん辰巳さん」
「はい」
繋がれた手を解く時、辰巳さんの手を引っ張った。
どうしたの? って私の声が小さいのか、背が低いからなのか辰巳さんは少し体を屈めてくれた。
「ごめんなさい」
「何が」
「私……変な事言いいました、ごめんなさい」
「うん」
「何でもないですから、ごめんなさい忘れて下さい」
と自分の中では真面目に謝ったつもりだったけど、辰巳さんには笑われてしまった。
「ふふ……うん、分かった」
「…………辰巳さん?」
「本心の寧々ちゃんと本心じゃない寧々ちゃんの言い方が良く分かりました」
「あ、待ってそういうの嫌です。全部本当の私……です」
離れたスーツの裾を掴んで頭を横に振るけど、辰巳さんは首を傾げるだけだった。
「なら逆に聞きますけど“わかりました、じゃあ金曜日はなかった事にしましょう”だなんて僕が言うとでも思いますか」
「……」
「そんな偽りの拒絶で引き下がる位なら僕はあの日君を抱いてるよ、それで終わりにしてる。でもそういんじゃないって理解してくれないか」
「…………」
ちょっと強い言い方、口を閉ざしたらクスッて笑ってごめんねって温かい指で強張った唇をなぞってくれた。
優しくて、怖い。
「ねえ、寧々ちゃん」
「?」
「君が何を求めてるのかって僕は知ってるよ」
「…………」
「それは人として当たり前の事なのに、君はそれを望む事を悪だと思っている。でも僕もそうだったからわかる、それを求める事は可笑しい事じゃないんだよ」
裾を掴んでいた手を握られて拳にキスされて、頭を撫でられて……また難しい言い方をされて、答えがわからない。
私は何を求めてるのか、なんて……そんなの……ないと思うんだけど。
私はこうやって普通に生きているし。
はあ、胸が痛いこれは恋なの、何なの。
さっぱり分からない。
ラブレターを貰った訳でもないし。
告白された訳でもない…………いや、された……のか?
でも付き合って下さい! みたいのじゃないしよく分からない。
息が苦しい、似た気持ちを経験した事は幾度とあって、でもそれは二次元の話、両想いだったのに叶わなかった恋とか、バッドエンドだった時の胸のモズモズに似てる……。
バッドエンド……?
口に出すのも嫌な単語だ。
会社に着いて辰巳さんは外国人の社員に話し掛けられて私の肩を叩くと、そのまま姿を消した、そういうの前まではやっぱ英語話せるんだー位で何とも思ってなかったけど、今は顔手で覆いたくなるくらいカッコいいなとか思ってしまうんだけど、別に恋ではないと思う。
うん、恋ではないぞ!
更衣室に向かいながら、もうボロボロの下着は変えた方がいいよなって思った。
でも買うなら300円位のパンツとか2000円のプチプラなブラショーツセットじゃなくてちゃんとしたの買いたいよな。
それは辰巳さんのためじゃなくていい年してるから…………だよ?
だって正直自分の胸の大きさとか知らないし。
中学の時、女の子が走ってる姿を見てた隣の男子が「アイツ、走る時胸揺れんのいいよな」って言っていたのを聞いてから、私は自分の胸が揺れるのが気になって揺れないように胸を押さえ付けるようなブラにしてる。
歩く時も揺れるのがやだ、だから本当はこの下着合ってないと思う、正直苦しいし痛い。
で、そうだ尾台さんってどんなのしてるのかなって気になるし相談してみようって閃いた。
いつも尾台さん出勤早くて私が着いたら制服着て席にいるけど今日は私来たの早いから更衣室で待ってたら会えるかもしれない。
良かった尾台さんはまだ来てなくて、事務の子が先に出勤して来た。
つくしちゃんも優子さんも来て、こないだはごめんねっなんて挨拶しながら尾台さん尾台さんって本読みながら待つ。
で、少ししたらおはようございますって天使様が現れた。
皆手止めて尾台さんに挨拶してて、そりゃ当然だよ! 尾台さんは事務のエースなんだから……! と私が意味もなく得意気になる。
で、私に気が付いた尾台さんは、
「可愛い眼鏡ちゃんおっはよ!」
ってにっこり笑って言ってくれた。
あ……今日も素敵……私がこの笑顔を守りたい! みたいな、そんな衝動に駆られる、袴田君もこんな風に思ってるのかな。
で、尾台さんは今日もお仕事頑張ろーねぇってへらーって笑いながら着替え始めたんだけど…………!!!!!
ちょ、ちょ、ちょっと待って待って待って!!!!
尾台さん、ストッキングじゃなくて黒のガーターベルトで真っ赤なティーバックなんだけど……!! そんなの会社に着てきちゃダメくない?!!
「月曜日のメールチェックは件数多くてやんなっちゃう~やだなぁ面倒臭いなぁ」
と柔らか~い笑顔で言ってる尾台さん真っ赤なティーバック!! 皆見てるよ!! 相変わらず手足が長くてモデルさんみたい! 体交換したい、でもティーバックは履けない! 凄い! 履いてる人生で見るの初めて! う! れ、冷静になるんだ。
「寧々ちゃん? どうしたの?」
「あの……尾台さんって……そういう下着……なんですね」
とどこで買ったか知りたいし聞いてみる。
「下着……? ああ! やだ恥ずかしい。そっかこういうのあんまり履かないよねぇ、これ袴田君が好きなの……初めはお尻気になるけど慣れたら快適! でも行きも帰りも袴田君が一緒の時だけだけどね? 袴田君心配症だからこれで一人で外歩かせてくれないんだぁ」
ってめっちゃキラキラフェイスで言われた……。
ええ……何か二人共大人しいっていうの、清楚な感じでそんな……? ガーターとか真っ赤なティーバック好きなの袴田君。
と思ったら、キャミソールになった尾台さんにいっぱい赤黒い痣みたいのが……!
「尾台さん何んですかソレ!!」
「あの、えっと……ちょっとお仕置きされちゃって……はあ袴田君しゅき」
「痛くないんですか?!」
「え? やだこれ叩かれたりしてる訳じゃないからね? ちゅうがダイソンみたいな吸引力なんです」
「ダイソン……」
「吸引力が衰えないただ一人の袴田君あははは」
「…………」
マジ意味不明なんけど、私にはもう理解できない二人の何かがあるんだな。
そして男の人はやっぱりああいう際どい下着が好きなのか。
「ちなみにそういう下着はネットで買うんですか」
「んっとー……これは二人で買いに行ったかな、渋谷の道玄坂なんだけど袴田君が選んでレジまで持っていってくれたよ」
「…………」
あの二人がイチャイチャしながら下着選んでってすっごい目立ってそう。
袴田君眼鏡キラッてしながら、尾台さんには赤が似合いますねとか股間に当てたりするのかな。
「寧々ちゃんもほしーの?」
「ヒッ!」
「私達と一緒に今度下着屋さん行く?」
「だだだだだ大丈夫です! お先に失礼します」
「あらあら」
うわぁああん!
全然参考にならなかったぁ! 更衣室を駆け出して泣きそうだ。
てっきり、正統派な可愛らしい下着を着けているのだとばかり思っていたのにぃ!
で、辰巳さんはどんな下着が好きなんだよ! 全くもう!
気になってじっと見てたら、昼休みになる前離席していた辰巳さんが戻ってきて耳元で言ってきた。
「今度一緒にランジェリーショップ行こうねエンジェル」
「?!!」
テ、テレパシー!!!
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