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変人、出発する
しおりを挟むあっという間に時は過ぎ、いよいよ二週間後には入学式が控えている。隣国―――ルシャド王国へ持ち込む荷物を纏め、一足先に学園の寮に入る事にしたキャサリンは、滂沱の涙を流す父親にハグをする。
「きゃしぃぃ……行かないでおくれ………っくっうっ」
「お父様、永遠の別れでは無いのですから」
そう宥めるも効果はイマイチで、寧ろ「永遠の別れ」だけを拾った侯爵があらぬ勘違いをしたが為に、更に涙を増長させてしまう結果となった。背骨がミシミシと悲鳴を上げ始めた頃にやっと夫人が夫をキャサリンから離す。
「ほらしっかりなさって、あなた」
「っくっ……うっっ……うぇぇええん」
娘としては、母に縋り付いて幼子の様に大泣きしている父の姿は見たくなかったというのが正直な所だ。顔が引き攣ってしまったのは仕方の無い事だろう。
「姉さんが出発する迄に父上は戻りそうにもないから、もう行っちゃったら?」
チラリと後ろに呆れた視線を投げ肩を竦めるのはキャサリンの自慢の年子の弟、フレデリク=フィッツだ。侯爵と色味も顔立ちもそっくりだが、中身は割とあっさりしていたりする。
フレデリクの言葉に頷いたキャサリンは、静かに後退りをして馬車に乗り込んだ。
「お父様、お母様。行って参ります。フレディも元気でね」
手を振ってそのまま出発する―――筈だった。
「フィッツ侯爵令嬢殿!お待ち下さい!」
馬車から顔をほんの少し出して後ろを見れば、近衛騎士の制服を身に纏った青年が馬の上から何やら叫び、こちらに向かっているのが見えた。明らかにフィッツ侯爵家に用がある様だが、キャサリンはこのまま気が付かないフリをして逃げたくなる。
「失礼します。フィッツ侯爵令嬢殿はいらっしゃいますか。ザカリー殿下の伝令をお伝えしたく」
馬上から華麗に降りた騎士は僅かに乱れた息を調え、侯爵夫妻を一瞥した後フレデリクに話し掛ける。14歳にしては些か艶やか過ぎる微笑みを浮かべ、フレデリクは騎士から書面を預かり目を通した。そして僅かに目を見開いたと思うと、いつもの外向けの笑みを貼り付ける。
「畏まりました、と殿下にお伝え下さい。直ぐに王城に向かいますとも」
それに騎士は一礼で返し、直ぐに馬の上に跨って駆けていった。キャサリンは眉間に皺を寄せてフレデリクに聞く。先程何を2人が喋っているのかはっきり分からなかったのだ。
「フレディ、どうかしたの?」
「姉さん、これから王城に行って。王太子殿下がお呼びだそうだよ」
「…………っ」
何故ここでザカリーが出てくるのかさっぱり分からない。私も貴方もお互いにお互いを避けてきたじゃないかと、キャサリンは更に眉を顰める。まさか最後の嫌味でも言うつもりなのだろうか。
フレデリクは馬車の扉に手を掛け、俯いたキャサリンの顔を覗く。その表情は心配げに眉尻を下げる侯爵のあの顔とそっくりだ。
「姉さん、「大丈夫、平気よ。……王城から出たら、直接ルシャドに向かっていいかしら?」」
「………あぁ。気をつけて」
肯定する割には腑に落ちない顔をしているフレデリクに、キャサリンは綺麗な笑顔を向ける。そして、片手でヒラヒラと手を振って、馬車を王城に向けて出発させた。
これが終われば、もう殿下とは会わなくていいもの―――。
キャサリンはカラカラと規則正しい車輪の音を聴きながら、窓の外をぼんやりと眺めた。
………馬車の後方から発せられたであろう雄叫びは聞こえない振りをした。
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