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変人、決意する
しおりを挟む「ねぇキャシー、わたくしの国に留学してこない?」
友人の提案はキャサリンには酷く甘美に聞こえた。この国の法律では16歳の男女は何処かしらの学園に通わなければならないと定められている。これで自分が留学してしまえば、ザカリーとそのお気に入りの子に関わらずに済む。つまり、自分が断罪されるのは限りなくゼロに近くなるのだ。
「………でも、難しいと思うわ。きっと許されないと思うの」
昔は色々打開策を考えた。
婚約者候補からも降りる為に頭の悪い令嬢を演じようとしたり、それこそ留学も考えたりした。だが、出来なかった。いや、しなかった。
途中で諦めてしまったのだ。
どうせ記憶通りに進むのだからと。
「それで本当に良いの?こちらに留学してくれば、殿下に会わなくていいのよ?婚約発表は3年後でいいんでしょう?だったら良いじゃない。その間に良い人を見つければ。ほら、あの殿下なら大丈夫よ」
ちゃらんぽらんだから何かしらやらかすわ。
明言は避けたコーデリアだが、キャサリンにはその先がバッチリ聞こえた。
「ね?キャシー。諦めないで?わたくしは貴方に幸せになって貰いたいの」
良い友人を持ったものだとキャサリンは常々思う。その言葉に勇気を貰ったキャサリンは、両親に進言する事を決意した。キャサリンの返答にコーデリアは破顔する。
「そうこなくっちゃ!貴方と通える事を楽しみにしているわね!」
その日の夜、キャサリンは侯爵夫妻に頭を下げた。案の定、両親はキャサリンの留学に渋る。
「いきなりどうしたんだ。王都の学園では駄目なのか?」
フィッツ侯爵はキャサリンの肩に手を置き、心配げにキャサリンの顔を覗く。鬼の宰相とも呼ばれる侯爵がそんな弱々しい顔をしているなんて部下が知ったのなら彼等は卒倒するだろう。
「はい。どうしても」
基本キャサリンのお願いは二つ返事で許してくれる二人だが、今回は珍しく直ぐには許可を貰えなかった。
「確かにロアノーク辺境伯の令嬢がいるが……そういう問題ではない。留学してしまえば、こっちに帰ってこられるのも良くて半年に一度だ。私達は心配なんだよ」
「きちんと手紙も書きますわ。なるべく家に帰るようにもします。ですから――」
彼女の必死さに夫妻は反対の言葉をもう何も言えなかった。夫人は頭を横に振り、侯爵は一度天井を見上げてから娘に向き直る。
「ちゃんと手紙を書いて、侍女も連れていきなさい。それが守れるなら許可する」
キャサリンは薔薇の花が咲いた様に華やかな笑みを浮かべ、侯爵に抱き着いた。侯爵もまた微笑みを浮かべ、優しく彼女を抱き締める。
……まぁ侯爵と付き合いの長い執事にとっては、あの時の彼は頬が完全に緩みデレデレしていたので、かなり気持ちが悪かt((( ……ようだが。
書斎から出たキャサリンは興奮冷めならない様子で自室に戻り、大きくガッツポーズをした。キャサリンが今回留学という選択をしたのは、何もザカリーと距離が出来るからというだけでは無い。寧ろこちらがおまけの理由かもしれない。
彼女の本命は、留学先のイケメンを描くこと。
これただ一つに限る。
きっと今以上に様々な出会いがある。そうすれば自然と麗人と巡り会える機会が増え、それに伴いコレクションも増える訳で。
ザカリーと離れられ、親友とも毎日のように会え、もっと充実した趣味を好きなだけ出来る。こんな素晴らしい選択肢は他に無いのではないか。
保管庫を開け、丁重に最新作の1枚を取り出したキャサリンは、暫しその絵を見つめる。
「………うふふっ」
嬉しそうに笑みを零した。
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