私の手のかかる幼馴染の話。

柊 月

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後編

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 暫くして到着したのはベルガッド侯爵邸。フローレンス達が小さい頃は頻繁に出入りしていたが、大きくなってからはあまり入った事は無い。懐かしいと思うと同時に、入って良いのか疑問に思って焦ったフローレンスだったが、それを察したディートリヒが優しく微笑み掛けて首を横に振ったので、彼女は何も言えなくなる。

 応接室に通し侍女達を下げ、ソファーにゆっくりとフローレンスを降ろしたディートリヒは、悲痛な表情で彼女を抱き締める。



「良く頑張ったね。もう少し早めに助ければよかった。ごめん」

「いいえっ!本当に、助けてくれてありがとう……怖かったっ……!」



 泣きたくないのに涙が留めなくポロポロと零れ落ちる。ディートリヒの衣装も汚してしまうからと離れようとしても、細くしなやかだが力強い腕に拘束され、弱いフローレンスの力では逃れる事が出来なかった。

 落ち着いたフローレンスは目尻に残る涙を拭う。そして再度離れようと彼の胸板を押したが、ディートリヒが腕を緩める気配はなく、左腕は腰に回り、右手で頭を支えられてより一層強く抱き締められる。心臓が破裂しそうな程脈打つフローレンス等お構い無しだ。



「で、でぃー?」

「お願い。このままで居させて……?」



 懇願するような掠れた声で言われてしまえばフローレンスは断れない。それは狡いとフローレンスはごちるが、自分もこのままで居たいと思っているのも事実で。そのままディートリヒに身を預けていた。







 そのままどれくらいの時が過ぎただろう。
 ほんの少しの間だったかもしれないし、何十分もこうしていたかもしれない。

 ディートリヒは拘束を少し緩めると、自分の額をフローレンスのそれにこつりと合わせた。フローレンスは目の前の幼馴染が「男性」に見えて、目を彷徨わせる。



「だめ」



 しかしそれを許さないディートリヒは、フローレンスの頬を優しく掌で包んだ。穏やかでのほほんとしていた瑠璃色の瞳は今は熱を帯び、とろりと甘く融けている。



「ローラ」



 初めて呼び捨てで呼ばれた愛称に、フローレンスは肩を震わせる。「なぁに……?」と絞り出した声に、ディートリヒはクスリと笑みを零した。



「かわいい」



 ぼっと顔を真っ赤にさせるフローレンスを見て、更にまた「かわいい」と囁くディートリヒ。頭を何度か撫でたディーはフローレンスから身体を離すと、彼女の前に跪き手を握った。



「ローラ―――いや、フローレンス=アルトリア嬢。僕と結婚してくれませんか。貴方が好きです」



 フローレンスはじわじわと瞼の奥が熱くなるのを感じた。どうしよう、どうしようも無く嬉しい。

 ―――でも。



「私は、1度婚約破棄された女よ。傷物だから駄目よ。貴方に傷を付けられないわ」

「ローラに傷がついたとは思っていないよ。それに僕はそれ程やわではないんだよ?」

「………っでもっ!」



 フローレンスはディートリヒの事を見れなかった。見てしまえば、「はい」と言ってしまいそうだったから。

 知っていた。知らないフリをしていた。
 ずっと彼は自分の傍に居てくれて、それが酷く心地よくて、安心して、それでいて胸が高鳴って。
 今まで手のかかる弟のような幼馴染だと暗示をかけていたのも本当は分かっているのだ。

 だってそうしなければ大嫌いな婚約者と同類になってしまうから。婚約者がいながら別の異性に恋慕する自分が嫌だった。
 だから時折溢れだしそうになる気持ちに蓋をして逃げてきた。

 ディートリヒも知っていた。
 自分の事をフローレンスは想ってくれていると。
 実に分かりやすいものだったから、特別鈍感ではない、寧ろ鋭いディートリヒには筒抜けだった。

 フローレンスがディートリヒに向ける表情は、他の誰に向けるよりも素直で、自然で、穏やかで、全身で好きだと訴えていた。偶に恥じらって頬を染める様子は恋する乙女そのものだった。危うく手を伸ばしかけて自制した事も少なくない。

 だからこそ理解していた。



「――――ローラ。もう君は今は誰とも婚約していないんだよ?」



 実は既に婚約破棄されているのをフローレンスは知らないが、つまりそういうことである。



「あいつとは違うんだ」



 フローレンスは、ディートリヒの説得に胸のつっかえが取れたような気がした。



「フローレンス、必ず僕が幸せにするよ」



 手を握られて柔和に微笑まれてしまえば、フローレンスはその想いを胸に留めておく事は出来なかった。ぎゅっと勢いよく自分の首に抱きつくフローレンスを、ディートリヒはよろけること無く受け止める。



「ディー、大好き。よろしくお願いします」



 愛しさが込み上げたディートリヒはフローレンスの唇にキスをした。リップ音を立てて離れたディートリヒは、髪を掻き上げ息を零す。その姿が非常に扇情的で、フローレンスはカチンコチンに固まってしまう。が、それがまたディートリヒを煽っている事は理解していない。



「僕のローラ」



 2度目の口付けをしようとした時、ノック音が聞こえて中断されてしまった。
 ほっとした表情のフローレンスと機嫌が悪く深い笑みを作るディートリヒを侍女が見て、顔を引き攣らせたのは言うまでもない。




〘完〙
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