私の手のかかる幼馴染の話。

柊 月

文字の大きさ
上 下
2 / 3

中編

しおりを挟む



 ディートリヒのチャンスは直ぐに訪れた。



「フローレンス=アルトリア!お前との婚約を破棄する!」



 誰もが「コイツ何言ってるんだ」と白けた目でエドガーを見る。
 それもそうだ。ここは社交場、しかもディートリヒの父――ベルガッド侯爵が開いた夜会で、婚約破棄を宣言する場では無い。深い笑みを浮かべながら壇上でエドガーを見下ろす侯爵にちらりと目を向けて、皆恐々として青ざめる。が、誰もエドガーを止めようとはしない。そんな中、フローレンスは首を横に振ってエドガーを窘める。



「エドガー様、そのお話は後で致しましょう」

「いいや、ここでする!」



 頭がイカれた奴はどうしようもないな、と一連の流れを見ていたディートリヒは毒を吐く。ディートリヒは壇上からひっそりと降りて、いつでもフローレンスに駆け付けられるように近くに移動した。

 エドガーは得意げな笑みを浮かべると、かの子爵令嬢をその腕に抱きながら、フローレンスを指さす。一方のフローレンスは、これまた綺麗なアルカイックスマイルだ。



「ベルガッド侯爵様、このようにお騒がせしてしまい申し訳ありません」

「いいや、構わないよ」



 父のように慕うベルガッド侯爵に許可を得たフローレンスは、エドガーに一歩近づく。



「エドガー様、婚約破棄は慎んでお受け致します。……ですが、理由をお聞かせ頂けますか?」

「理由?はんっ!そんな事も分からないのか!ここにいるリリアをお前は虐め、泣かせた。そんな女なんて御免だからな!」



 はて。全く以って違うものは何処からどう突っ込んで良いか分からない。「事実無根です」と言ったところで目の前の二人が納得する訳がない。



「何処でわたくしがリリア様を虐めたのか是非教えて頂きたいですわ」

「一昨日リリアが学園の階段から落とされたんだ。それはお前に決まっている!」



 リリアは大きな目に涙を溜めながら、エドガーに抱きつく。それにヘラヘラとだらし無く頬が緩んでいるエドガーが気持ちが悪い。



「エドガーさまぁっ!私っ、私っ、怖かったんですぅぅう!」

「リリア、大丈夫だ。俺がお前を守る」



 何を見せられているのだろうか。とんだ茶番だ。



「一昨日は友人と共におりました。リリア様とはお会いしておりませんわ」

「嘘を付くな!本当にどうしようもない女だな。侯爵家の俺に伯爵家のお前が逆らうなんて。―――仕置をしなければな」



 エドガーは眉をくいと上げ、舌でぐるりと唇を舐めると、歪な形で笑った。それは酷く悪寒がする笑みで、逃げなければいけないとは分かっているのに、フローレンスは動けない。

 片手に握られたナイフ。
 何も映っていない逝った瞳。
 迫る危機に何も対応出来ない。

 ギュッと瞼を閉じて震えを堪えていたその時だった。

 よく知っている落ち着く、彼の―――ディートリヒの香りがフローレンスの鼻を掠めた。驚いて瞳を開けると、そこには幼馴染の広い背中が映る。



「どういうつもりですか、エドガー殿」



 ディートリヒの穏やかだが突き放すような冷酷な声色に、フローレンスは瞠目した。今までそんな冷たい声を聴いたことが無かったからだ。

 エドガーは、自身が振りかざした手を掴んだディートリヒの絶対零度の視線に当てられて、一瞬怯んだものの、尚食ってかかる。



「誰だお前は!お前には関係ないだろう!離せ!不敬だ!」



 ディートリヒは華麗な動きでエドガーを捻り倒し、近くの従者に拘束させて跪かせる。同じ侯爵位だが、ユーグ家とベルガッド家では圧倒的な地位の差がある。勿論、ベルガッド家の方が格式が高い。ディートリヒを不敬だというのなら、エドガーは不敬という言葉には収まらないだろう。



「これはこれは。確かにご挨拶させて頂くのは初めてでしたね。ディートリヒ=ベルガッドです」

「離せ!!拘束を解かなければ、どうなるか知らないからな!」



 これはもう更生の見込みがない。侯爵に退場を命じられたエドガーは、喚きながら無理矢理引き摺られていった。

 1人取り残されたリリアは唖然としたままホールの真ん中で突っ立ったまま動かない。しかし、段々と事態を掴むと、逃げるように会場を後にした。

 誰もが口を噤んだまま、しんと静まり返るホールの中、侯爵は壇上の真ん中に立つと、再度夜会の開会の辞を表し、何事も無かったかのように楽団がたおやかな音を奏でる。

 色々急展開過ぎて頭が追いつかないフローレンスは、ナイフが迫ってくるあの光景がフラッシュバックして震えが止まらない。それに咄嗟に気がついたディートリヒは、彼女を横抱きにし、目配せだけで侯爵に許可を取ると、颯爽と会場から出た。

 きゅっと、幼馴染の温もりに身を寄せると、それに応えて抱き締める力を強めてくれる。とくんとくんという一定の心臓の音が心地よくて、強ばる身体が少しずつ解れていった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

[短編]週末だけ犬になる俺を、ポーカーフェイスな妻が溺愛してくる

沖果南
恋愛
皇帝ウォーレンはうっかり週末に犬になる魔法にかかってしまった。なんだかんだいってのんびり犬生活をエンジョイしていたウォーレンだったが、ある日内緒にしていた完璧な妻カレンに犬の姿で出会ってしまい、大パニック。しかし、カレンは実は大の犬好きでなんだか様子がおかしくなっており――… 両片思い、恋愛要素はちょっぴり薄めのアホコメディです。頭を空っぽにして読んでください。 ・エブリスタで連載していた作品です。

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

伯爵令嬢の苦悩

夕鈴
恋愛
伯爵令嬢ライラの婚約者の趣味は婚約破棄だった。 婚約破棄してほしいと願う婚約者を宥めることが面倒になった。10回目の申し出のときに了承することにした。ただ二人の中で婚約破棄の認識の違いがあった・・・。

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

処理中です...