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パーティー
しおりを挟む「来月末にパーティーがあるんだが、一緒に来ないか?僕のパートナーとして」
隆弘さんにそう誘われて、断れるはずもなく、オーダーメイドスーツから何から何まで用意してもらい、隆弘さんと共にパーティーに参加した。
僕はごく一般的な暗めの紺色のジャケットに白シャツに赤色のネクタイというシンプルなスーツ。
対して隆弘さんは黒いスーツに黒いシャツを身に着けている。ネクタイは着けずに一番上のボタンをひとつ開けていて、程よい露出が隆弘さんの魅力をさらに引き出しているように思えた。
就活生にしか見えない僕とは違って隆弘さんはオシャレにスーツも着こなしてしまう。
素直に似合っている、カッコイイと気持ちを伝えれば、その三倍もの褒め言葉が返ってくる。中身はやっぱり隆弘さんらしい。
三坂さんの運転するリムジンに送ってもらい、隆弘さんにエスコートされながら着いたのは高級そうなホテルの上層階のパーティー会場であった。
きらびやかな会場と同じぐらいに、きらびやかに着飾った人たちが楽しそうに談笑している。
僕でも知っているような芸能人の方もいたりして、自分がここにいるという場違い感が否めない。
そんな中でも隆弘さんはビジネスの面でも人としてもモテるらしく、どこかの会社の偉い人と思われるおじさんからすごく美人な女性の方々にまで囲まれていて、何となくいたたまれない気持ちになって、「人酔いしそうだから少し離れてるね」と彼に伝えて僕はその場を去った。
それでもせっかく来たのだから美味しいものでも食べようと、会場の壁際にあるまだほとんど手の付けられていなかった食事に手を伸ばす。
ビュッフェスタイルなので色んな料理が食べられるのだが、さすがは高級ホテル。ジャンルの異なるどの料理もすごく美味しくて、周りの人にまで勧めたくなるほどだった。
ひとりで食事を楽しんでいると、ふと横から女性に声をかけられる。
「どれが一番美味しかった?」
振り向いてみると、すごくキレイな女性の方がそこに立っていた。
「僕が食べたやつは全部美味しかったですよ。どれって言われたら…うーん……」
「ふふ、ごめんね。よく食べてたから何かオススメあるかなと思って聞いてみただけ」
僕を揶揄うように笑う姿も魅力的で、つい話に耳を傾けてしまう。
「何してたの?」
「ああ、いや…なかなか話の輪に入れなかったので、せっかくなら美味しいもの食べておこうかなと」
「なるほど。賢い立ち回りだ」
「あなたは何してたんですか?」
「私は幸せそうに食事をしている君を見かけて、可愛いなと思ったから口説きに」
そう言いながら女性は僕の腕を取ると、柔らかな胸が腕に当たる。
「か、彼氏がいるので、口説かれるのは困ります……!」
慌てて距離を取るようにそっと女性の腕を払おうとするが、しっかりと抱き締められていて簡単に引き離すことができなかった。あまり女性と関わったことがないゆえに、どれぐらいの力で振り払えばいいのか分からずに戸惑っていると彼女はさらにアプローチを続けてくる。
「彼氏と別れなくても、今夜だけ…ダメ?」
耳元で吐息混じりにそう誘われる。
あんな素敵な人を裏切ることなんて考えた事すらない─隆弘さんを傷つけるなんて考えたくもないし─僕は微塵も気持ちが揺らぐことなくお断りする。
「ごめんなさい……!」
頭を下げながら僕が断ると、突然彼女は食事の並べられたテーブルの方に倒れ込み「きゃあ!」と大きな声を出した。するとその声に会場中の視線が集まってくる。
「大丈夫ですか…?」
急いで彼女に手を差し伸べると、ぺしりとその手が払いのけられる。
「大丈夫もないわよ!あなたが私を無理やり口説こうとしたから、離れようとして倒れたのに!」
「え……?」
あまりの彼女の変貌ぶりに驚いて動けずにいると、近くにいた別の男性が彼女に手を差し伸べて彼女を立ち上がらせる。
「どういうつもり!」
「僕は何も…」
「汚れたドレスとか、転けさせたこととか、諸々の辱めにに対してどう責任取ってくれるの?」
「僕は何もしてませんよ!」
僕は事実を訴えているにも関わらず、汚れたドレスや彼女の同情を誘うような潤んだ瞳から僕がまるで悪役のような視線を浴びせられる。
悪い事はしていないのに誰も味方になってくれなくて思わず泣きそうになっていたところに、いつの間にか事態を聞きつけた隆弘さんが駆けつけてくれていた。
「翔、どうした?」
「どうしたもこうしたもないわ。彼が無理やり私を口説こうとしてきたせいで食事の上に倒れたの!」
「違う、僕は何もしてない!まず彼女から僕に話しかけてきて、口説いてきたの!それをお断りしたら自分から食事の上に倒れ込んで……!」
両方の主張をしっかりと聞いてくれた隆弘さんは天井を見渡した。
「監視カメラで確認しよう」
「なに、私が嘘をついてるって言いたいの?」
「証言がここまで食い違っているのであれば物的証拠は必要だろう。セキュリティ、頼めるか?」
「すぐに準備いたします」
「ちょっと!!」
「あなたの話していることが事実ならカメラを見て事実確認をしてほしいと願いませんか?」
カメラを確認させまいとする女性をぴしゃりと黙らせると、隆弘さんはセキュリティを呼んで、すぐに監視カメラの映像を用意させる。
五分ほどしてパソコンとUSBメモリを持ってきたセキュリティが監視カメラの映像を再生しはじめた。
画角の端で全部は確認できず、見づらい部分もあったが、それでも彼女の方から僕に声を掛けてきたことや自ら腕を組んできて僕がそれを引き離そうとしていた場面はしっかりと収められていた。
「コレを見るに君が翔の名誉を毀損しているように思えるんだが、それ対してはどう責任取ってくれる?」
「こんな見づらいカメラだけで判断できないでしょう!」
「はぁ……大人しく認めたらどうだ?そもそも前提として僕のハニーはもう誰も抱けなくなってるんだ。僕のせいで。だから君を口説こうとするはずが無い」
隆弘さんが大勢の前でそんなことを言うので、僕は顔に真っ赤になるのを感じながらも、彼女が何も言えなくなっている姿を見て、少しほっとする。
このまま硬直状態が変わらないと判断したのか、隆弘さんは「弁護士を通してまた連絡する」と彼女に伝えて彼女の名前や住所や連絡先を全て記録し、自分は名刺だけを差し出して、僕を連れて会場を後にした。
「…隆弘さん、迷惑かけてごめんなさい……」
「僕の方こそ悪かった。翔にもっと気を配っていれば…」
「勝手にそばを離れたのは僕ですし、隆弘さんは何も悪くないですよ」
「君に付いて行くべきだった。ごめんな」
ぎゅっと抱きしめながら隆弘さんは申し訳なさそうに謝罪を繰り返す。そもそも今日の騒ぎはあの女性の人が起こした出来事だし、自分で言うのもなんだが、僕らは二人とも悪くない気がする。それにタラレバの話なんて永遠にできてしまうのでどこかでキリをつけなければ。
「ねえ、隆弘さん。結局はあの女性が騒ぎの中心でしたよね…?」
「まあな」
「それなら僕から頼むのもおかしな話ですけど、キスしてこの話は終わりにしませんか」
「翔がそう言うなら、そうする」
そう言って隆弘さんは素直に承諾してくれた。
「………ところで、実はココのホテルの部屋を取ってるんだが」
続いて隆弘さんは、少し言いづらそうにそう口にする。言い淀むってことは、そういうこと、だよね…?
「泊まってみたいです」
少し照れながらも小さく呟くと、隆弘さんは嬉しそうな表情を浮かべて僕を部屋へと誘う。
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