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生贄
しおりを挟むコンコンとノックの音が響き渡る。小さい音だったが屋敷が静かすぎるせいで聞き取れてしまった。仕方なく扉まで歩いて、扉を開いてやる。
「またか……」
また生贄か。今回はおそらく人間で言うと3~5歳程度の子供。直接要件を言いに来たらいいものを人間は未だに生贄を引き換えに取引を試みてくる。少なくとも私は生贄を食すわけでもないからこれからどこへ預けようかと考えなければならない。話し合うよりそっちのほうがよっぽど面倒くさいので正直やめてほしい。
そんなことを考えていると金色の髪をまとった小さすぎる人間が私の顔を見つめてくる。その上彼は微笑んできた。この子は私のことが怖くないのだろうか。一応ヴァンパイアであるのだが。
「……まずは怪我の治療。それから風呂とご飯だな」
コケてしまったのか、膝を擦りむいているし手にもかすり傷がある。特に素足で歩いてきたせいか足には全体的に傷を負っていた。少なくともこの年齢で笑顔で耐えることは容易なことではないだろう。
なんだか彼のことが気にいってしまい、私がこの手で育てて、愛すことに決めた。人間と魔族が同じ家で過ごすなんてありえないと言われるだろうがそんなことはどうだっていい。私がそうしたいのだから。
「そこに座れ」
彼を屋敷の奥に入れ椅子に座らせてやる。それから薬を手に取り傷口に塗ってやった。魔界の中でもトップクラスの高級品だから効き目は保証できる。この傷程度なら5分せずとも治るだろう。
「ありがと、ございます」
たどたどしい言葉で感謝の言葉を伝えてくれた。キレイなオレンジ色の瞳にはどんな世界が映っているのだろう。純粋な人間の子供は嫌いじゃない。静かであることが前提だが。
「そういえば名前は?」
「ルーイ……」
「私のことはレヴァとでも呼んでくれ。怪我の方ははどうだ?」
彼は自分自身の足を見るとビックリしたように大きな目をさらに大きく開き、そのまま私に抱きついてきた。予期しなかった行動に一瞬よろついたもののしっかり受け止めることができた。
そのまま彼を抱き上げてお風呂に入れることにした。あいにく私は子供ではないので子供用の服は手持ちにない。この後すぐに服を買うとして、それまでの間裸でいられても困るためとりあえずタオルで巻こうと決めた。
「服を脱いでくれ」
「やだ……」
「それでは風呂に入れない」
「たたかない?」
「怪我も治してやっただろう。大丈夫だ」
なぜこんな子供が生贄として私の家へつれて来られたのかが分かった気がする。実際に服を脱いでもらうと体中にアザができて確信が持てた。彼が私の家に来てくれて本当に良かった。
適当に洗ってやり、しっかりと体を拭いて髪を乾かしてから体中に薬を塗ってやった。しばらくするときめ細やかな真っ白の肌に変わった。この方がよほどキレイなのに人間は愚かだと思った。
「腹は空いているか?」
「ちょっと……だけ……」
遠慮しているのだろうと思い冷蔵庫中からかき集めた食材を使い、できるだけ早く、食べきれないほどの料理をしてやる。得意というわけでも好きというわけでもないが、下手というわけでも嫌いというわけでもない。ただきっと彼は喜んで食べてくれるだろうと思うと私まで嬉しくなって気合が入ってしまうのだ。こんな一瞬でこれほどの愛着が湧いてしまうのかと自分でも笑ってしまうほどに彼のことが愛おしくなっていた。
「どうだ?」
「すっごく、おいしい!」
「良かった。好きなだけ食べてくれ」
たっぷりと食事をすると眠くなったのかウトウトし始めた。ぐっすりと眠ってほしいのだが、その前に服を買いたい。だから寝られてしまったら彼好みの服は選べないので悩ましいところだ。とりあえず一着だけは彼の好みのものを買いたくて服のサンプルを見せる。
「なんで、も」
「可愛い、カッコイイというだけでもいい」
「じゃあおなじの…レヴァと、おなじのがいいな…かっこい…から…」
そう言いながら眠りについてしまったのでベッドで寝かせてやる。ただのシャツなのだが気に入ってもらえたなら嬉しい。世界一かわいい吸血鬼になってしまうな、と思いながら服を10着ほど、他にも必要となりそうなものをまとめて購入した。
「ん……おはよ……?」
「おはよう。早速だがルーイにプレゼントがある」
「ホント!?」
先程までの寝ぼけた顔から一気に笑顔になる。私が手渡したのは彼の手のひらにも乗るぐらいの小さな箱。
「なにがはいってるの?」
「さあな。この杖を振ってみろ」
魔法使いではないがコレぐらいの下等魔法ならば私でも使える。というよりはこの小さな箱の形で送られてくるのだ。
手を添えて箱へ向かって軽く振ると箱が大きくなったと思ったらパッと消えて服や雑貨類がキレイに整頓された状態で並べられた。
「ぼくの?」
「全部そうだ。好きな服を選んでくれ」
目を輝かせながらどれにしようか迷っていたが、最後は今の私と一番似ている服を選んだ。嬉しそうに服を眺める。
こんな時にこんな事を言いたくない。でもいつかは言わなければならない。それが今からというだけだ。と自分を奮い立たせて話しかける。
「大切な話があるんだ。……ルーイは今日から私の家で暮らすことになる」
キラキラとしていた目が少しだけ曇る。どんな事をされていたのか私はその一部しか想像はできないし、数年育ててもらったという事実に変わりはない。彼からすれば彼らが親なのだ。
「寂しいだろうが私にできることなら何でもしてやる。だから――」
「ぎゅ、ってして?」
言われたとおりに抱きしめようと軽く背中に手を添えると、彼から力いっぱい抱きしめてきた。そして顔をうりうりと押し付けてくる。
「だいすきだよ。ずっといっしょがいい!」
そうか、と言って頭をなでてやる。正直ホッとした。嫌だ、といわれても家庭の事情を少し知った以上は家へ帰すことができない。それよりもきっと私が手放せないというのが一番大きいだろう。彼はもう私のものなのだから。
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