デスゲーム

長寿俊之介

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デスゲーム

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「お集まりのみなさーん、死にたいですかー!」

 壇上に上がった前川(まえかわ)は、第一声からそう叫んだ。

 ここはホテルの一室。会議場にも使われる大広間である。
 集まった100人ほどの人々は、何を言い出すんだという表情をしていた。

「あれ? こちらは自殺願望の方々の集まりでしたよね? でしたら、みなさん、いつ死んでもいいんですよね?」

 前川はけしかけるようにマイクで言い放った。
 会場はざわついてきた。

「ひょっとして、死ぬのを止めてくれると思ったんですか? 何をおっしゃいますことやら。我々はみなさんの死にたいという願望を叶えて差し上げようというんです」

 前川の言葉に、会場はいよいよざわついてきた。

「ふざけるな!」
「それでも人間か!」
「非常識よ!」
「そっちが呼んだんだろう!」

 人々の叫び声がこだまする。

「ハッハッハッ、ということは、みなさんは自殺がよくないことだと認識されているわけですね?」

 前川は問題を投げかけた。

「当たり前だろう!」
「本当は死にたくないわよ!」
「なんなの、これ!」
「わざわざ来てやったのに!」

 人々は会場から帰ろうとした。
  すると、一斉にドアが閉ざされた。

「もう逃げられませんよ~」

 前川はにやけながら言った。

「ふざけるな、バカバカしい!」

 一人の年配男性が構わずドアから帰ろうとした。

「ん? 開かないぞ! 早く開けろ!」

 年配男性はドアを蹴り上げた。

「面倒な方ですね~」

 前川は拳銃を構えると、年配男性に向けて発砲した。
 年配男性は頭を打ち抜かれて、吹っ飛んだ。
 床にもんどり打って倒れると、頭から出た血が広がっていった。

 会場はシーンとした。
 何が起きたのか理解ができなかった。

「早く片付けてください」

 前川がマイクでつぶやくと、黒いスポーツウェアを着た男たちが、年配男性の遺体をさっさと運んでいった。
 人々は固まってしまった。

「我々の指示に従わない方はこうなりますので。おおっと、みなさんで私を襲おうとしても無駄ですよ」

 前川は指をパチンと鳴らした。
 すると、黒いスポーツウェアを着た男たちが続々と舞台そでから出て来た。
 全員、マシンガンを携えていた。

「早く死にたいな~って方は、どうぞ、ご勝手に。ここからすぐに脱出してください。直ちに、我々が処分しますので」

 会場の人々は、誰一人、ピクリとも動かなかった。

「あら、そうですか。では、私の指示に従ってください」

 音楽が流れてきた。
 この場に似つかわしくない、軽快な音楽だった。

「さあ、はじまりました。自殺願望者たちが繰り広げます、生き残りをかけたデスゲーム、『みんなで死ねば恐くない』のお時間です!」

 なんと、ビデオカメラまでが回っている。
 この状況を記録に残すつもりなのである。

「進行役を務めます、私、MCの前川です。よろしくお願いします」

 前川は一人、はしゃいでいた。
 誰も彼も緊張に満ちていた。

「早速ですが、みなさんにやっていただきます」

 前川は指をパチンと鳴らした。
 すると、舞台上に横断幕が現れた。
 そこにはこう書かれてあった。

『紙コップで運試し!』

「さあ、来ました! 第1の関門、紙コップで運試し!」

 盛り上がっているのは、当然、前川だけだ。

「みなさん、喉が渇きませんか? そうでしょう。緊張して喉が渇いてきたかと思います。そこで! みなさんにお茶をごちそうします。日本人ですからね、高級茶葉、玉露で入れたお茶を飲んでいただきます! ハイ、拍手!」

 誰一人、拍手などしない。

「みなさん、ノリが悪いですね~。では、はじめます! みなさん、1列に並んでください」

 だが、誰もその場を動こうとはしなかった。

「1列に並んでください。できないんですか? 仕方ないですね~」

 そう言うと、前川は人々に向かって拳銃を構えた。
 すると、会場の人々は一斉に動きはじめた。
 すぐさま1列に並んだ。

「はい、よろしいでーす。やればできるじゃないですか」

 前川はやっと拳銃を構えるのを止めた。

「では、みなさんにお茶を配っていきまーす」

 なんだ、ただのお茶か。

 安心した会場の人々は、一人ずつ、紙コップを受け取っていった。
 全員に紙コップが行き渡ると、テーブルの上に置いてあるポットから各自でお茶を注いでいった。

「全員が注ぎ終わるまで待ちましょう。みなさん、お仲間ですからね」

 何でもない、飲めばいいのか。
 会場内の人々は、ひとときの小休止に安堵した。

「はい、全員に行き渡りましたね。それでは、みなさん、飲んでください。喉をうるおしちゃってください!」

 会場内の人々は言われたとおり、一斉にお茶を飲みはじめた。
 美味しいお茶だった。高級な茶葉だと納得できた。

「全員、飲み終わりましたら、紙コップを回収いたしまーす」

 飲み終わったところで、スポーツウェアの男たちが紙コップを回収していった。
 何てことはない。普通のお茶だ。
 ただ、男たちが終始、手袋をはめているのが気になった。
 空になった全員の紙コップを回収したところで、前川は腕時計をのぞいた。

「うーむ、そろそろ」

 前川は指をパチンッと鳴らした。
 すると、あちこちで急に苦しみはじめた。

「はふっ、ぐふっ、おわあっ」

 もがき苦しみ出した人々は、その場で大量の血を吐いていった。

「キャーッ!」
「どうなってる!」

 人々が慌てていると、前川が冷静に答えた。

「はいはいはい、時間通りでしたねー」

 前川は鐘を鳴らした。
 カラン、カラン、カラン。
 鐘の音だけがむなしく鳴り響いていた。

 もがき苦しみ出した人々は、その場に倒れ、動かなくなった。
 絶命したようだった。

「はい、お疲れ~」

 何事も起こらなかった人々は、死の恐怖に怯えた。
 すぐ隣の人間が、もがき苦しみながら亡くなっていく現実を目の当たりにし、受け止めきれなかった。

「タネを明かしましょう!」

 前川だけがうれしそうに紙コップを掲げた。

「この紙コップ、実は内側に毒が塗ってあったんですね~。運のいい方は外れたようです。おめでとうございます」

 何がおめでとうございますだ。
 などという言葉も出て来なかった。
 会場内の人々は、死が隣り合わせであることを認識した。
 そして、なぜ、こんなところへ来てしまったのだろうかという後悔の念が押し寄せていた。


 小野田香里奈(おのだ かりな)もその一人だった。
 フリーターだが、最近はめっきり仕事が無くなった。

 このままでは餓死するかもしれない・・・。

 そんな追い詰められた状況下で、自殺というキーワードが頭をもたげてきたことは間違いない。
 生きる希望を失い、こんなところへ、のこのこと出て来てしまった。

 気の迷いだった。
 自殺はダメだよと、言ってもらいたかったのかもしれない。

 ところが、ここへ来てみたら、死と隣り合わせの真逆の世界。
 後悔しても遅かった。
 迂闊な自分を呪った。


 周囲は凍りついていた。
 いつ、自分の番になるか、わからない。
 自殺志願者として応募したとはいえ、他人の死をまざまざと見せつけられると、死の恐怖に恐れおののいた。

「さあ、盛り上がって参りました。すぐに死体を片づけますので、しばしお待ちを」

 スポーツウェアの男たちは手早く遺体袋に、倒れている遺体を入れていった。
 その隙に乗じて逃げようと、後ずさりしている者がいた。
 遺体を片づけるために入口は開いている。

 今だ、今しかない!
 そう踏み切った男性がいた。走ってこの場から立ち去ろうとした。
 すると、パーンッという銃の音がした。
 逃げ出そうとした男性は前川に頭をぶち抜かれ、即死した。

「あなた方も懲りないですねー。ここから逃げられるわけがありませんよ。あきらめてください」

「お、お前ら、それでも人間か!」

 一人の男性が叫んだ。

「ああ? まあ、一応」

 前川はすぐにその男性も射殺した。

 拳銃から出た煙を吹いて、

「ふう、困ったものです。反抗的な態度は気に入りませんね~」

 誰しもが死を覚悟した。

 この前川という男は、殺しを楽しんでいる。
 ここから逃げ出すには遺体袋に入るしかない。


「!」

 香里奈は気がついた。

 そうだ、遺体だ!
 遺体袋に入ればここから脱出できる!

 まさに死んだふりだ。
 どさくさに紛れて、死んだふりをして遺体袋に入るのだ。
 ただ、死んだふりをするにしても、生き残らなければならない。

 香里奈は今日ほど生に執着する日はなかった。
 これほどまでに、生きたいと思えたことはなかった。

 おおよそ、今、生き残っている者は50名。
 すでに半分に減っている。
 香里奈は機会をうかがっていた。


「さあ、みなさん! 続いてのゲームに参りましょう! 次は何が出るか、楽しみですね~。次のゲームは、これです!」

 舞台の上ではまたしても横断幕が垂れ下がってきた。

『首つり脱出!』

「やって参りました、首つりのお時間です! 今からみなさんには首を吊ってもらいます。しかーし! ロープで首を吊ってもらいますが、中には弱いロープが紛れております。つまり、弱いロープならば首を吊っている間に切れるでしょう。普通のロープならば、そのままあの世へいってちょーだい!」

 そこへ、ロープがぶら下がった台が運ばれてきた。
 上にはロープが輪っかの形でくくりつけられ、ロープの数は50ほど用意されていた。

「はい、では、みなさん、それぞれロープを選んで首にくくりつけてください。外側から見てもわかりませんよ。見るだけ無駄です。自分の運に賭けてください。はい、急いで」

 誰しもが仕方なく、だらだらとロープの元へ行った。

 一人、ロープの数が足らなくて、右往左往している者がいた。
 若い女性だった。

「あれ? 一つ足りないですね~。それは残念」

 前川はすぐにその女性を射殺した。

「はい、ご苦労さん。優柔不断は嫌われますよ~」

 それを見て、慌てて全員が首にロープをくくった。

「さあ、それでは参りましょう! 3・・・2・・・1・・・吊っちゃって!」

 全員が乗っていた台がバタンッと倒れて、全員が首吊り状態になった。

「ううっ、ううっ」

 静かなうめき声だけがこだまする。


 香里奈にとっても賭けだった。
 これで、ロープが切れなければ、死ぬだけだ。

 まさに死の賭けだった。

 意識が遠のいていく・・・。

 隣の人はもう動いていない。ぶらんぶらんとぶら下がっているだけだ。
 おそらく、亡くなったのだろう。
 自分もそうなるかもしれない。

 ああ、もうダメだ・・・。

 香里奈は意識が遠くなっていくのを感じた。

 ブチッ!

 すると、ロープが急に切れて落下した。

 香里奈は迷った。

 ここで死んだふりをすべきかどうか。
 だが、死んだふりがあまりにも見え透いていると、すぐに射殺されるだろう。

 しかし、今回は生き残ったが、次のゲームで生き残れるとは限らない。
 迷いに迷った末、今回は死んだふりを見送ることにした。

 次に賭けるしかない!
 そう思った。


 ブチッ、ブチッ!

 ロープが徐々に切れていった。
 生き残った者たちも、げほげほっと苦しそうにしていた。

 生き残った者は9名。
 狭き関門だった。

「おかしいですね~。10名、残る予定でしたが、一人、ロープが切れませんでしたね~」

 他の者たちはみんな、首を吊ってぶら下がったままだった。

 前川は拳銃の先でぶら下がっている遺体をつついていった。
 落ちてくる遺体はなかった。

「1名、予定外に死んだようですね。仕方ありません。運の悪い人です。では、死体を片づけますので、しばしお待ちを」

 スポーツウェアの男たちが遺体を片付けはじめた。
 遺体を袋に入れるとき、一旦、マシンガンをかたわらに置いている。

 それを見逃さない若い男性がいた。

 若い男性は、マシンガンを奪うと、スポーツウェアの一人を人質に取った。

「う、う、動くな! もうこんなことは止めろ! 止めないと、こいつを殺すぞ!」

 若い男性は、徐々に後ずさりしていった。
 生き残った残りの8名は何とかしてくれと祈っていた。

「はいはい、どうぞ、ご勝手に」

 前川はすぐさま人質に取られていたスポーツウェアの男を射殺した。
 若い男性の顔に血が飛び散る。
 人質はすぐに倒れると、若い男性にのしかかってきた。

「うわあっ」

 若い男性は遺体をどかすと、うろたえた。
 マシンガンを構えたまま、後ずさりしていくが、もう手遅れだった。

「チクショー、チクショー!」

 若い男性がマシンガンに手を掛けた瞬間、前川は男性の頭をぶち抜いた。
 男性は天井に向けて、マシンガンをダダダダダッと放つと、そのまま後ろに倒れていった。

「はい、おバカさん」

 その場にいた8人は、これはもう逃げられないと悟った。

 ここで死ぬんだ・・・。

 覚悟するほかなかった。

「失礼しました。時間をとらせました。さあて、気を取り直しまして、最終ゲームに参りましょう! 最後のゲームは、これです!」

 再び、舞台上で横断幕が降りてきた。

『最後は決闘で勝負!』

「さあ、いよいよやって参りました。最後のお題は、『決闘で勝負!』ということで、決闘してもらいます」

 生き残った者たちは、すでに目がうつろになっていた。心そこにあらず、もう死ぬんだという気になっていた。


 香里奈を除いては。

 香里奈はチャンスだと思っていた。
 死んだふりをするチャンスだと。


「では、決闘といきましょうか。誰と決闘するかですって? それはなんと! 私です~、です~」

 うれしそうな前川だった。自分は負けるはずがないと考えているに違いない。

「今から拳銃に一発ずつ弾を入れて、決闘を行います。西部劇でよく見かける、あれですよ。背中合わせに歩きはじめて、そうですね~、5歩、歩いたら振り返って撃ち合うことにしましょう」

 生き残った者たちは、もう何を言っているのか、わからない状態だった。
 意識がもうろうとしていた。

「では、はじめましょう! 最初は誰にしますか? もし、最初の方が私を仕留めたら、そこで終わりです。あなた方は生き残ったのです。さあ、誰が挑戦しますか?」

 すると、中年男性が手を上げた。
 意識がもうろうとしていたが、前川を殺せると思ったら、シャキッとした。

「私がやる、必ず仕留める!」

 中年男性は覚悟を持って言った。

「それは素晴らしい。では参りましょうか」

 お互いの拳銃に1発ずつ弾を込める。
 そして、回転式の弾倉を回した。
 これで、どこに弾が入っているかはわからなくなった。
 
 前川と中年男性は背中合わせに立った。
 中年男性は震えていたが、前川は自信に満ちていた。

「では、カウントちょーだい!」

 機械音でピッピッという音が鳴り響いてきた。
 これに合わせて、5歩、歩いてから撃ち合うのだ。

「それでははじめます! 3・・・2・・・1・・・スタート!」

 二人は機械音に合わせて、5歩歩くと、すぐさま振り返った。
 同時に、お互い、引き金をひいた。

 運悪く、中年男性の拳銃は1発目に発射されなかった。
 前川は冷静に中年男性を狙っていた。
 中年男性は慌てて、構え直した。

 時すでに遅し。
 前川の弾丸は中年男性のおでこに命中し、下を向いていた男性の顔を無理矢理、上に引き上げる形となった。

 中年男性はそのまま倒れて死亡した。
 そして、すぐに遺体は片付けられていった。


 香里奈は前川には勝てないと思った。

 前川という男、どうやらかなり銃の扱いに手慣れている。
 こんな男に素人が立ち向かっても勝てるはずがない。

 香里奈は死んだふり作戦が通用するか、やってみることにした。
 どうせ死ぬなら、やってみてからだ。

 香里奈は手を上げた。


「ほお~、今のを見て挑戦してくるとは、威勢のいいお嬢さんだ」

 香里奈はすぐに死んだふりをしようと思った。
 そして、相手が近づいてきたところで、相手の頭をぶち抜いてやる。

 背中合わせに2人は立った。
 5歩歩いて、すぐに振り向く。

 1発の銃声が鳴り響いた。

 香里奈はすぐに倒れた。

 弾は・・・当たっていた。

 香里奈の左肩を貫通していた。

 だが、香里奈は死んだふりをして待っていた。

「ハハハ、威勢のいいお嬢さんも私には勝てなかったですね~」

 倒れた香里奈から流れ出した血を見て、完全に仕留めたと思った前川は、ゆっくりと香里奈に近づいてきた。

「ハハハ、お気の毒です~」

 意識が遠のきそうになる中で、香里奈はじっとその時を待った。

 前川は香里奈に近づくと、足を軽く蹴ってきた。
 死んでいるかどうか、確かめているのだろう。

 香里奈は今がチャンスだと確信した。

 寝ながら拳銃を構えた。

「あなたも終わりよ」

 香里奈は引き金を引いた。

 だが、弾は発射されなかった。

 撃鉄の音だけが鳴り響いた。

「ふ、ハハハ、ハハハ! 人を騙すのはいただけませんね~」

 前川はうれしそうに言った。

「え? え?」

 香里奈は何度も拳銃を発射させようとしたが、弾は出てこなかった。

「ハハハ! 弾なんて入ってないんですよ~。あなた方のはね、ハハハ!」

 前川という男、汚すぎる!

「残念でした~」

 そう言うと、前川は拳銃を構えて香里奈の頭をぶち抜こうとした。

 すると、香里奈は拳銃を蹴り上げた。
 左肩から出血し、意識がもうろうとする中、拳銃を蹴り上げた。

 拳銃は横滑りして転がっていった。

「あっ」

 と、思った瞬間、残りの6人が前川に飛びかかった。
 拳銃がなければ、この男とて恐くない。
 不思議なことに、周囲のスポーツウェアの男たちは撃ってこなかった。

 6人は前川を取り押さえた。

 そのうちの一人が拳銃を拾ってくると、前川の口の中に銃口を入れた。

「殺してやる、殺してやる!」

 目は血走っていた。

「やめて!」

 香里奈が横になりながら叫んだ。

「殺したら、その男と同じになっちゃうよ!」

「何言ってんだよ! こいつにみーんな殺されたんだぞ! 俺たちも殺されるんだぞ!」

「でも、でも、警察に渡すべきよ!」

「クソッ、クソッ!」

 銃口を口に入れながら、今にも引き金を引きそうだった。

 前川は目を見開いて、荒い呼吸をしていた。

「クソッタレが!」

 口から銃口を外すと、拳銃を投げ捨てた。

「チクショー!」

 前川は笑い出した。

「ハッハッハッ! 勇気がないやつらだ! だからお前たちはダメなんだよ!」

「あなたはただの殺人鬼よ!」

 香里奈は叫んだ。

「ククク、おい! 全員、皆殺しにしろ!」

 周囲のスポーツウェアの男たちが全員、生き残った7名に銃口を向けてきた。

「やれ! やっちまえ!」

 一発の銃声が鳴り響いた。

 ゆっくりと、前川が崩れ落ちていった。

「え?」

 生き残った7名が不思議に思っていると、スポーツウェアのリーダー格と思われる男が言った。

「人を殺すことなんてなんともねえよ。だがな、弟を殺されたら、たまらなくなったんだよ」

 先ほど、前川が殺したスポーツウェアの人間は弟だったらしい。



 他人の死はなんとも思わないかもしれないが、身近な人の死は心が悼む。

 身近な人の死をもってはじめて、死を意識する。

 

 警察が来ると、スポーツウェアの男たちは全員、逮捕された。

 すべては前川が計画したものだった。

 撮影されていたビデオカメラも、証拠として役に立った。

 前川という男は軍隊出身者で、戦場で死の恐怖を体験した男だった。

 戦場における死の恐怖が、あのような男を産み出したのかもしれない。



 香里奈は救急車で運ばれ、一命をとりとめた。


 香里奈には仕事がない。

 だが、死の恐怖を乗り越えた今、香里奈に恐いものはなかった。

 これからはやっていける、そう確信していた。

 
 終
 
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