19 / 21
王子様とお姫様
しおりを挟む
和やかに談笑しているおじい様とお父様、アッシュのご両親――リード公爵夫妻に挨拶をしてから、二人で舞踏室からベランダに出る。
マルト王国でも由緒ある家系、コリンズ侯爵家の孫娘という、新たな身分のおかげもあり、皆から婚約を祝福してもらえた。
白い手摺に両手を置いたロージーは、幸せそうなため息を吐く。
「まるで夢みたい……ステキなドレスを着て、魔法の靴を履いて、お城の舞踏会で踊って。
『灰かぶり』のお話そっくり!」
「『灰かぶり』? あぁ、亡くなった母上から聞いたって、おとぎ話?」
「そうよ――魔法使いにドレスとガラスの靴をもらって、王子様と踊るの!」
「なるほど、王子じゃなくて申し訳ないが。もう一曲踊っていただけますか、ロージー姫?」
悪戯っぽく差し出された、婚約者の右手に左手を重ねて
「喜んで。だってあなたは、わたしの王子様ですから」
元灰かぶり姫は、そっとささやいた。
誰もいないベランダで、漏れ聞こえる音楽に合わせて、くるりくるりと回りながら
「いや、エルムならともかく――俺は『王子』って柄じゃないだろ?」
照れ隠しで、否定するアッシュ。
「いいえ、王子様です……!
だって『ただの給仕』のわたしを、まるでレディの様に扱い、プロポーズまでしてくださった。
そんな方、お話の中にしかいないと思ってたのに」
ステップを踏む足を止めて、潤んだ瞳で見上げると
「給仕だろうが、令嬢だろうが――きみはきみだろ?」
不思議そうな瞳に、見下ろされた。
「俺は、あの魔法のせいで……小さい頃から『役立たず』と、陰で笑われて来た。
『魔法が役立たずなら、剣の腕を磨けばいい!』と割り切ったふりをして、鍛錬に励んで。
『魔法入らず』と、仲間たちは認めてくれたけど。
ずっと真夜中みたいな、出口の無い闇の中に、いた気がする」
大きな左手がそっと、ロージーの頬に触れた。
「そんな俺に……あの『魔法の言葉』で、光を。
朝を。
教えてくれたのは――ローズマリー、きみだ」
長身を屈めたアッシュの金色に輝く瞳が、ロージーの若草色の瞳を、至近距離で捕らえる。
「愛してる。
初めて『薔薇の名前』で会った、あの時から」
ささやく様に告げられた告白と共に、優しいキスが落ちて来た。
「まるっきり、『おとぎ話』の挿絵みたいだねぇ……」
うっかりキスシーンを目撃してしまい、憮然と舞踏室の出口に寄り掛かり。
右目を眇めてマッチを擦って、細い葉巻に火を付けるエルム。
上着の内ポケットから取り出したのは、密偵からの『報告書』。
『「王」と呼ばれた狼の像が、ワードロウの街に入った途端、本物の狼に変化した理由について。
ローズマリー・フローレス男爵令嬢の魔法「バーニング・ウルフ」の残滓に、反応した可能性があると、某魔法学者が女王に進言』
その一文に眉をしかめ、紫煙を吐きながら続きを読む。
『ただし女王はその意見を、真っ向から否定。「憶測だけで、未来ある令嬢に罪を着せる事は、断じて許しません!」』
「女王陛下、やるねー!
そうそう。たかが『憶測』で、大事な従姉妹がやっと掴んだ幸せに……傷一つ、付けさせる訳にはいかないんだよ!」
ぐしゃりと握った報告書を、灰皿に放り葉巻で押しつぶす。
ぼうっと小さな炎と共に、疑惑のタネは灰になって消えた。
「こんなとこにいたのか……主役のお二人さん!」
表情を一変したエルムが、寄り添っていた親友と従姉妹に、明るく声をかける。
「エルムお従兄様……!」
嬉しそうに声を上げたロージーに、目を細め、
『ほんっと相手がアッシュでなきゃ、かっ攫うんだけどね?』
心の中で呟いて。
「すっごくキレイだよ、ロージー! 一曲くらい、お兄様と踊ってよ!」
初恋だった叔母――ロージーの母親――に生き写しの従姉妹を、甘えた声で誘う。
「よろしいですか?」
ぱっと顔を輝かせて、アッシュを見上げるロージー。
「うっ――まぁ、一曲だけなら」
甘々な婚約者が、しぶしぶ出した許可を貰って。
「やったー! レディ、お手をどうぞ!」
差し出した手に重ねた手袋の甲に、エルムはちゅっと、リップ音だけのキスを落とした。
「きゃっ……」
「おいっ! 許したのは、ダンスだけだぞ!」
「これは、おじい様と……みんなの分だよ!」
「みんな……?」
首を傾げたアッシュとロージーに、バルコニーの奥を親指で示す。
そこには、
「ローズマリーお嬢様!」
「おめでとうございます!」
「アシュトン様、お嬢様を頼みますよ!」
「おめでとーっ!」
「にゃーっ!」
晴れ着を着た、元執事と家政婦と料理人、ナイトを抱いたディビーの姿が。
「みんなっ……!」
駆け寄るロージーの背後の庭から、ボンッボンッ――次々と、魔法の花火が上がる。
「今まで、本当にありがとう……!」
赤に黄色に紫、金色に若草色――様々に色と形を変えながら、きらきらと、夜空を彩る花々の前で。
元灰かぶり令嬢は、それは幸せそうな、大輪の笑顔を見せた。
マルト王国でも由緒ある家系、コリンズ侯爵家の孫娘という、新たな身分のおかげもあり、皆から婚約を祝福してもらえた。
白い手摺に両手を置いたロージーは、幸せそうなため息を吐く。
「まるで夢みたい……ステキなドレスを着て、魔法の靴を履いて、お城の舞踏会で踊って。
『灰かぶり』のお話そっくり!」
「『灰かぶり』? あぁ、亡くなった母上から聞いたって、おとぎ話?」
「そうよ――魔法使いにドレスとガラスの靴をもらって、王子様と踊るの!」
「なるほど、王子じゃなくて申し訳ないが。もう一曲踊っていただけますか、ロージー姫?」
悪戯っぽく差し出された、婚約者の右手に左手を重ねて
「喜んで。だってあなたは、わたしの王子様ですから」
元灰かぶり姫は、そっとささやいた。
誰もいないベランダで、漏れ聞こえる音楽に合わせて、くるりくるりと回りながら
「いや、エルムならともかく――俺は『王子』って柄じゃないだろ?」
照れ隠しで、否定するアッシュ。
「いいえ、王子様です……!
だって『ただの給仕』のわたしを、まるでレディの様に扱い、プロポーズまでしてくださった。
そんな方、お話の中にしかいないと思ってたのに」
ステップを踏む足を止めて、潤んだ瞳で見上げると
「給仕だろうが、令嬢だろうが――きみはきみだろ?」
不思議そうな瞳に、見下ろされた。
「俺は、あの魔法のせいで……小さい頃から『役立たず』と、陰で笑われて来た。
『魔法が役立たずなら、剣の腕を磨けばいい!』と割り切ったふりをして、鍛錬に励んで。
『魔法入らず』と、仲間たちは認めてくれたけど。
ずっと真夜中みたいな、出口の無い闇の中に、いた気がする」
大きな左手がそっと、ロージーの頬に触れた。
「そんな俺に……あの『魔法の言葉』で、光を。
朝を。
教えてくれたのは――ローズマリー、きみだ」
長身を屈めたアッシュの金色に輝く瞳が、ロージーの若草色の瞳を、至近距離で捕らえる。
「愛してる。
初めて『薔薇の名前』で会った、あの時から」
ささやく様に告げられた告白と共に、優しいキスが落ちて来た。
「まるっきり、『おとぎ話』の挿絵みたいだねぇ……」
うっかりキスシーンを目撃してしまい、憮然と舞踏室の出口に寄り掛かり。
右目を眇めてマッチを擦って、細い葉巻に火を付けるエルム。
上着の内ポケットから取り出したのは、密偵からの『報告書』。
『「王」と呼ばれた狼の像が、ワードロウの街に入った途端、本物の狼に変化した理由について。
ローズマリー・フローレス男爵令嬢の魔法「バーニング・ウルフ」の残滓に、反応した可能性があると、某魔法学者が女王に進言』
その一文に眉をしかめ、紫煙を吐きながら続きを読む。
『ただし女王はその意見を、真っ向から否定。「憶測だけで、未来ある令嬢に罪を着せる事は、断じて許しません!」』
「女王陛下、やるねー!
そうそう。たかが『憶測』で、大事な従姉妹がやっと掴んだ幸せに……傷一つ、付けさせる訳にはいかないんだよ!」
ぐしゃりと握った報告書を、灰皿に放り葉巻で押しつぶす。
ぼうっと小さな炎と共に、疑惑のタネは灰になって消えた。
「こんなとこにいたのか……主役のお二人さん!」
表情を一変したエルムが、寄り添っていた親友と従姉妹に、明るく声をかける。
「エルムお従兄様……!」
嬉しそうに声を上げたロージーに、目を細め、
『ほんっと相手がアッシュでなきゃ、かっ攫うんだけどね?』
心の中で呟いて。
「すっごくキレイだよ、ロージー! 一曲くらい、お兄様と踊ってよ!」
初恋だった叔母――ロージーの母親――に生き写しの従姉妹を、甘えた声で誘う。
「よろしいですか?」
ぱっと顔を輝かせて、アッシュを見上げるロージー。
「うっ――まぁ、一曲だけなら」
甘々な婚約者が、しぶしぶ出した許可を貰って。
「やったー! レディ、お手をどうぞ!」
差し出した手に重ねた手袋の甲に、エルムはちゅっと、リップ音だけのキスを落とした。
「きゃっ……」
「おいっ! 許したのは、ダンスだけだぞ!」
「これは、おじい様と……みんなの分だよ!」
「みんな……?」
首を傾げたアッシュとロージーに、バルコニーの奥を親指で示す。
そこには、
「ローズマリーお嬢様!」
「おめでとうございます!」
「アシュトン様、お嬢様を頼みますよ!」
「おめでとーっ!」
「にゃーっ!」
晴れ着を着た、元執事と家政婦と料理人、ナイトを抱いたディビーの姿が。
「みんなっ……!」
駆け寄るロージーの背後の庭から、ボンッボンッ――次々と、魔法の花火が上がる。
「今まで、本当にありがとう……!」
赤に黄色に紫、金色に若草色――様々に色と形を変えながら、きらきらと、夜空を彩る花々の前で。
元灰かぶり令嬢は、それは幸せそうな、大輪の笑顔を見せた。
28
お気に入りに追加
112
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる