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王子様とお姫様

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 和やかに談笑しているおじい様とお父様、アッシュのご両親――リード公爵夫妻に挨拶をしてから、二人で舞踏室からベランダに出る。
 マルト王国でも由緒ある家系、コリンズ侯爵家の孫娘という、新たな身分のおかげもあり、皆から婚約を祝福してもらえた。
 白い手摺てすりに両手を置いたロージーは、幸せそうなため息を吐く。

「まるで夢みたい……ステキなドレスを着て、魔法の靴を履いて、お城の舞踏会で踊って。
 『灰かぶり』のお話そっくり!」
「『灰かぶり』? あぁ、亡くなった母上から聞いたって、おとぎ話?」
「そうよ――魔法使いにドレスとガラスの靴をもらって、王子様と踊るの!」

「なるほど、王子じゃなくて申し訳ないが。もう一曲踊っていただけますか、ロージー姫?」
 悪戯っぽく差し出された、婚約者の右手に左手を重ねて
「喜んで。だってあなたは、わたしの王子様ですから」
 元灰かぶり姫は、そっとささやいた。


 誰もいないベランダで、漏れ聞こえる音楽に合わせて、くるりくるりと回りながら
「いや、エルムならともかく――俺は『王子』って柄じゃないだろ?」
 照れ隠しで、否定するアッシュ。

「いいえ、王子様です……!
 だって『ただの給仕』のわたしを、まるでレディの様に扱い、プロポーズまでしてくださった。
 そんな方、お話の中にしかいないと思ってたのに」
 ステップを踏む足を止めて、潤んだ瞳で見上げると

「給仕だろうが、令嬢だろうが――きみはきみだろ?」
 不思議そうな瞳に、見下ろされた。


「俺は、あの魔法のせいで……小さい頃から『役立たず』と、陰で笑われて来た。
『魔法が役立たずなら、剣の腕を磨けばいい!』と割り切ったふりをして、鍛錬に励んで。
『魔法入らず』と、仲間たちは認めてくれたけど。
 ずっと真夜中みたいな、出口の無い闇の中に、いた気がする」
 大きな左手がそっと、ロージーの頬に触れた。


「そんな俺に……あの『魔法の言葉』で、光を。
 朝を。
 教えてくれたのは――ローズマリー、きみだ」
 長身を屈めたアッシュの金色に輝く瞳が、ロージーの若草色の瞳を、至近距離で捕らえる。

「愛してる。
 初めて『薔薇の名前』で会った、あの時から」
 ささやく様に告げられた告白と共に、優しいキスが落ちて来た。


「まるっきり、『おとぎ話』の挿絵みたいだねぇ……」
 うっかりキスシーンを目撃してしまい、憮然と舞踏室の出口に寄り掛かり。
 右目をすがめてマッチを擦って、細い葉巻に火を付けるエルム。

 上着の内ポケットから取り出したのは、密偵からの『報告書』。
『「王」と呼ばれた狼の像が、ワードロウの街に入った途端、本物の狼に変化した理由について。
 ローズマリー・フローレス男爵令嬢の魔法「バーニング・ウルフ」の残滓ざんしに、反応した可能性があると、某魔法学者が女王に進言』
 その一文に眉をしかめ、紫煙を吐きながら続きを読む。

『ただし女王はその意見を、真っ向から否定。「憶測だけで、未来ある令嬢に罪を着せる事は、断じて許しません!」』

「女王陛下、やるねー!
 そうそう。たかが『憶測』で、大事な従姉妹がやっと掴んだ幸せに……傷一つ、付けさせる訳にはいかないんだよ!」
 ぐしゃりと握った報告書を、灰皿に放り葉巻で押しつぶす。
 ぼうっと小さな炎と共に、疑惑のタネは灰になって消えた。


「こんなとこにいたのか……主役のお二人さん!」
 表情を一変したエルムが、寄り添っていた親友と従姉妹に、明るく声をかける。

「エルムお従兄にい様……!」
 嬉しそうに声を上げたロージーに、目を細め、
『ほんっと相手がアッシュでなきゃ、かっさらうんだけどね?』
 心の中で呟いて。
「すっごくキレイだよ、ロージー! 一曲くらい、お兄様と踊ってよ!」
 初恋だった叔母――ロージーの母親――に生き写しの従姉妹を、甘えた声で誘う。

「よろしいですか?」
 ぱっと顔を輝かせて、アッシュを見上げるロージー。
「うっ――まぁ、一曲だけなら」
 甘々な婚約者が、しぶしぶ出した許可を貰って。
「やったー! レディ、お手をどうぞ!」
 差し出した手に重ねた手袋の甲に、エルムはちゅっと、リップ音だけのキスを落とした。

「きゃっ……」
「おいっ! 許したのは、ダンスだけだぞ!」
「これは、おじい様と……みんなの分だよ!」
「みんな……?」
 首を傾げたアッシュとロージーに、バルコニーの奥を親指で示す。
 そこには、


「ローズマリーお嬢様!」
「おめでとうございます!」
「アシュトン様、お嬢様を頼みますよ!」
「おめでとーっ!」
「にゃーっ!」
 晴れ着を着た、元執事と家政婦と料理人、ナイトを抱いたディビーの姿が。

「みんなっ……!」
 駆け寄るロージーの背後の庭から、ボンッボンッ――次々と、魔法の花火が上がる。

「今まで、本当にありがとう……!」


 赤に黄色に紫、金色に若草色――様々に色と形を変えながら、きらきらと、夜空を彩る花々の前で。
 元灰かぶり令嬢は、それは幸せそうな、大輪の笑顔を見せた。
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