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『魔法いらず』の警備隊長
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その夜、パブ『薔薇の名前』は大盛況だった。
5個のテーブル席に陣取った、20名以上の隊商一行が、呑んで騒いで盛り上がっている。
「あれっ、満席……!?」
ドアベルを鳴らして入って来た、顔なじみの軍人達に
「いらっしゃいませ! 申し訳ございません。
カウンター席でよろしかったら、こちらにどうぞ!」
店主のスタンリーが、愛想の良い笑顔を見せた。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな……隊長、よろしいですか?」
常連の隊員が振り返った先には、店主が初めて見る背の高い軍人の姿が。
頷きながら剣帯から長剣を外し、店内をさり気なく見渡す、鋭い金褐色の瞳。
少し癖のある黒髪に黒い軍服。
何気なく立っているようで、全く隙のない長身。
『これが「国境警備隊の『魔法いらず』、魔法がいらない程強いと噂の――アシュトン・リード大尉か。
下手に避けるより、お近づきになった方が得策だな』
頭の中ですばやく値踏みを終え、スタンリーはにっこり笑いかけた。
「隊長様ですか?
店主のスタンリーと申します、どうぞお見知りおきください。
えっと、5名様ですね?
少し手狭で申し訳ないですが、すぐカウンターに席をご用意しますので」
流れるように伝えてから小窓越しに、奥のキッチンに向かって叫んだ。
「おーい! 椅子をもう1脚、持って来てくれ!」
「はーい!」
答えて現れたのは、編み込んだハチミツ色の金髪を、黒いリボンで一つにまとめ、黒いドレスに真っ白なエプロン。
ティールームの制服のまま、両手で木の椅子を抱えたロージーだった。
「お嬢様――ごほん、『ロージー』! 夜はこちらに来たらダメだと言ったろ!?」
動揺を隠せない店主の言葉に、
「ごめんなさい、『叔父さん』! ルイーズ叔母さんもメイジー姉さんも、今手が離せなくて」
首をすくめて謝ってから、
「いらっしゃいませ! こちらにどうぞ」
にっこり……軍人達に笑顔を見せる、幻の看板娘。
『可愛い!』
『可愛い――!』
『付き合いたい!』
ぽわーっと見とれる、一同をかき分けて。
ぐっと伸びた大きな右手がひょいっと、ほっそりとした両手から、重そうな椅子を取り上げた。
「あっ――!」
驚いて見上げたロージーの若草色の瞳が、ランプの光を受けて、黄金色に輝く瞳と出会う。
丁寧にカウンターの前に置かれた、椅子を目で追いながら。
「ありがとうございます!」
「いや……」
お礼を言うと気まずそうに、首の後ろに右手を当てて視線を逸らす、背の高い軍人。
その仕草が、
『照れた時の、ディビーそっくり!』
思わず、くすりと笑った時。
いきなりぐいっと、後ろから右腕が掴まれ、乱暴に引っぱられた。
「痛っ! 何するんです!?」
転びそうになったのを、ぐっと踏みとどまって。
ロージーがきっと顔を上げると、
「そいつらばっかり、相手にしてないで――俺たちの席にも来いよ!」
テーブル席を全部占拠していた、商人達――『よそ者』の一人が、ロージーの腕を掴んだまま、にやにやと笑っている。
「ちょっと、お客さん……!」
慌てて店主が、カウンターの奥から飛び出し、
「離しなさいっ――!」
ロージーが叫んだ瞬間。
がっ……!
とんっと軽くアシュトンが突いた、鞘に入ったままの長剣。
ロージーの腕を掴んでいた商人の鳩尾を、鞘の先がぐりっと、的確にえぐった。
「ぐえっ……!」
呻き声を上げてゆっくり、床へと転がり落ちる酔っぱらい。
「あっ!」
引きずられて、ロージーも倒れそうになる。
その時大きな右手に、ぐいっと引き上げられ、
ふわりと抱き留められた。
黒い軍服の胸元に、とんっと頬が当たる。
そっと肩と背中を押さえる、大きな手の温もり。
『えっ……わたし今、抱きしめられてる?』
元婚約者にだって、手を握られたこともないのに――!?
ぶわっと熱が集まって、みるみる赤く染まるロージーの頬。
見下ろす金色の瞳が細められ、柔らかな光を帯びる。
「カウンターの奥で、待っててくれ」
耳元で囁く声。
と温もりが消え、心配顔の店主に向けて、とんっと優しく背中を押された。
床に転がりげほげほと、苦しそうに咳き込む、先程の酔っぱらい。
「げほっ――やりやがったなっ!」
「こいつ、軍人だからって容赦しねぇぞ!」
隊商の用心棒らしい、一際ゴツイ男が椅子を蹴り、筋肉で盛り上がった右腕をひゅっと、顔目がけて打ち込んで来る。
ひょいと屈んで避けたアシュトンが、反動に乗って肩を回し、相手の脇腹に右の拳を叩き込んだ。
「ぐぉっつ……!」
「ぎゃっ!」
「痛ぇっ!」
後方にぶっ飛んだ男が、仲間を道ずれに床に転がる。
「何だなんだ! 喧嘩売ってんのか!?」
「売られた物は買うのが、俺らの商売だぞ!」
残りのおよそ20人。
酔っぱらい連中が、次々と席を立つ。
「お嬢――ロージー! 怪我はないですか!? いや、ないかい?」
あわあわと敬語を混ぜながら、『姪』に尋ねる『店主』の様子に。
くいっと片眉を上げた隊長が、かたりとカウンターに剣を立てかける。
「すぐに片付ける……!」
ざっ!と背後に、4人の部下を従えて。
国境警備隊隊長、アシュトン・リード――通称『魔法いらず』は、右の拳を左掌に当てながら楽しそうに、口の端で笑ってみせた。
5個のテーブル席に陣取った、20名以上の隊商一行が、呑んで騒いで盛り上がっている。
「あれっ、満席……!?」
ドアベルを鳴らして入って来た、顔なじみの軍人達に
「いらっしゃいませ! 申し訳ございません。
カウンター席でよろしかったら、こちらにどうぞ!」
店主のスタンリーが、愛想の良い笑顔を見せた。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな……隊長、よろしいですか?」
常連の隊員が振り返った先には、店主が初めて見る背の高い軍人の姿が。
頷きながら剣帯から長剣を外し、店内をさり気なく見渡す、鋭い金褐色の瞳。
少し癖のある黒髪に黒い軍服。
何気なく立っているようで、全く隙のない長身。
『これが「国境警備隊の『魔法いらず』、魔法がいらない程強いと噂の――アシュトン・リード大尉か。
下手に避けるより、お近づきになった方が得策だな』
頭の中ですばやく値踏みを終え、スタンリーはにっこり笑いかけた。
「隊長様ですか?
店主のスタンリーと申します、どうぞお見知りおきください。
えっと、5名様ですね?
少し手狭で申し訳ないですが、すぐカウンターに席をご用意しますので」
流れるように伝えてから小窓越しに、奥のキッチンに向かって叫んだ。
「おーい! 椅子をもう1脚、持って来てくれ!」
「はーい!」
答えて現れたのは、編み込んだハチミツ色の金髪を、黒いリボンで一つにまとめ、黒いドレスに真っ白なエプロン。
ティールームの制服のまま、両手で木の椅子を抱えたロージーだった。
「お嬢様――ごほん、『ロージー』! 夜はこちらに来たらダメだと言ったろ!?」
動揺を隠せない店主の言葉に、
「ごめんなさい、『叔父さん』! ルイーズ叔母さんもメイジー姉さんも、今手が離せなくて」
首をすくめて謝ってから、
「いらっしゃいませ! こちらにどうぞ」
にっこり……軍人達に笑顔を見せる、幻の看板娘。
『可愛い!』
『可愛い――!』
『付き合いたい!』
ぽわーっと見とれる、一同をかき分けて。
ぐっと伸びた大きな右手がひょいっと、ほっそりとした両手から、重そうな椅子を取り上げた。
「あっ――!」
驚いて見上げたロージーの若草色の瞳が、ランプの光を受けて、黄金色に輝く瞳と出会う。
丁寧にカウンターの前に置かれた、椅子を目で追いながら。
「ありがとうございます!」
「いや……」
お礼を言うと気まずそうに、首の後ろに右手を当てて視線を逸らす、背の高い軍人。
その仕草が、
『照れた時の、ディビーそっくり!』
思わず、くすりと笑った時。
いきなりぐいっと、後ろから右腕が掴まれ、乱暴に引っぱられた。
「痛っ! 何するんです!?」
転びそうになったのを、ぐっと踏みとどまって。
ロージーがきっと顔を上げると、
「そいつらばっかり、相手にしてないで――俺たちの席にも来いよ!」
テーブル席を全部占拠していた、商人達――『よそ者』の一人が、ロージーの腕を掴んだまま、にやにやと笑っている。
「ちょっと、お客さん……!」
慌てて店主が、カウンターの奥から飛び出し、
「離しなさいっ――!」
ロージーが叫んだ瞬間。
がっ……!
とんっと軽くアシュトンが突いた、鞘に入ったままの長剣。
ロージーの腕を掴んでいた商人の鳩尾を、鞘の先がぐりっと、的確にえぐった。
「ぐえっ……!」
呻き声を上げてゆっくり、床へと転がり落ちる酔っぱらい。
「あっ!」
引きずられて、ロージーも倒れそうになる。
その時大きな右手に、ぐいっと引き上げられ、
ふわりと抱き留められた。
黒い軍服の胸元に、とんっと頬が当たる。
そっと肩と背中を押さえる、大きな手の温もり。
『えっ……わたし今、抱きしめられてる?』
元婚約者にだって、手を握られたこともないのに――!?
ぶわっと熱が集まって、みるみる赤く染まるロージーの頬。
見下ろす金色の瞳が細められ、柔らかな光を帯びる。
「カウンターの奥で、待っててくれ」
耳元で囁く声。
と温もりが消え、心配顔の店主に向けて、とんっと優しく背中を押された。
床に転がりげほげほと、苦しそうに咳き込む、先程の酔っぱらい。
「げほっ――やりやがったなっ!」
「こいつ、軍人だからって容赦しねぇぞ!」
隊商の用心棒らしい、一際ゴツイ男が椅子を蹴り、筋肉で盛り上がった右腕をひゅっと、顔目がけて打ち込んで来る。
ひょいと屈んで避けたアシュトンが、反動に乗って肩を回し、相手の脇腹に右の拳を叩き込んだ。
「ぐぉっつ……!」
「ぎゃっ!」
「痛ぇっ!」
後方にぶっ飛んだ男が、仲間を道ずれに床に転がる。
「何だなんだ! 喧嘩売ってんのか!?」
「売られた物は買うのが、俺らの商売だぞ!」
残りのおよそ20人。
酔っぱらい連中が、次々と席を立つ。
「お嬢――ロージー! 怪我はないですか!? いや、ないかい?」
あわあわと敬語を混ぜながら、『姪』に尋ねる『店主』の様子に。
くいっと片眉を上げた隊長が、かたりとカウンターに剣を立てかける。
「すぐに片付ける……!」
ざっ!と背後に、4人の部下を従えて。
国境警備隊隊長、アシュトン・リード――通称『魔法いらず』は、右の拳を左掌に当てながら楽しそうに、口の端で笑ってみせた。
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