上 下
7 / 21

『魔法いらず』の警備隊長

しおりを挟む
 その夜、パブ『薔薇の名前』は大盛況だった。
 5個のテーブル席に陣取った、20名以上の隊商一行が、呑んで騒いで盛り上がっている。

「あれっ、満席……!?」
 ドアベルを鳴らして入って来た、顔なじみの軍人達に
「いらっしゃいませ! 申し訳ございません。 
 カウンター席でよろしかったら、こちらにどうぞ!」
 店主のスタンリーが、愛想の良い笑顔を見せた。

「じゃあ、そうさせてもらおうかな……隊長、よろしいですか?」
 常連の隊員が振り返った先には、店主が初めて見る背の高い軍人の姿が。

 うなずきながら剣帯から長剣を外し、店内をさり気なく見渡す、鋭い金褐色の瞳。
 少し癖のある黒髪に黒い軍服。
 何気なく立っているようで、全く隙のない長身。

『これが「国境警備隊の『魔法いらず』、魔法がいらない程強いと噂の――アシュトン・リード大尉か。
 下手に避けるより、お近づきになった方が得策だな』
 頭の中ですばやく値踏みを終え、スタンリーはにっこり笑いかけた。

「隊長様ですか? 
 店主のスタンリーと申します、どうぞお見知りおきください。
 えっと、5名様ですね? 
 少し手狭で申し訳ないですが、すぐカウンターに席をご用意しますので」
 流れるように伝えてから小窓越しに、奥のキッチンに向かって叫んだ。
「おーい! 椅子をもう1脚、持って来てくれ!」

「はーい!」
 答えて現れたのは、編み込んだハチミツ色の金髪を、黒いリボンで一つにまとめ、黒いドレスに真っ白なエプロン。
 ティールームの制服のまま、両手で木の椅子を抱えたロージーだった。


「お嬢様――ごほん、『ロージー』! 夜はこちらに来たらダメだと言ったろ!?」
 動揺を隠せない店主の言葉に、
「ごめんなさい、『叔父さん』! ルイーズ叔母さんもメイジー姉さんも、今手が離せなくて」
 首をすくめて謝ってから、
「いらっしゃいませ! こちらにどうぞ」
 にっこり……軍人達に笑顔を見せる、幻の看板娘。

『可愛い!』
『可愛い――!』
『付き合いたい!』
 ぽわーっと見とれる、一同をかき分けて。

 ぐっと伸びた大きな右手がひょいっと、ほっそりとした両手から、重そうな椅子を取り上げた。
「あっ――!」
 驚いて見上げたロージーの若草色の瞳が、ランプの光を受けて、黄金色に輝く瞳と出会う。

 丁寧にカウンターの前に置かれた、椅子を目で追いながら。
「ありがとうございます!」
「いや……」
 お礼を言うと気まずそうに、首の後ろに右手を当てて視線を逸らす、背の高い軍人。

 その仕草が、
『照れた時の、ディビーそっくり!』
 思わず、くすりと笑った時。


 いきなりぐいっと、後ろから右腕が掴まれ、乱暴に引っぱられた。
「痛っ! 何するんです!?」
 転びそうになったのを、ぐっと踏みとどまって。
 ロージーがきっと顔を上げると、

「そいつらばっかり、相手にしてないで――俺たちの席にも来いよ!」
 テーブル席を全部占拠していた、商人達――『よそ者』の一人が、ロージーの腕を掴んだまま、にやにやと笑っている。

「ちょっと、お客さん……!」
 慌てて店主が、カウンターの奥から飛び出し、
「離しなさいっ――!」
 ロージーが叫んだ瞬間。


 がっ……!

 とんっと軽くアシュトンが突いた、さやに入ったままの長剣。
 ロージーの腕を掴んでいた商人の鳩尾みぞおちを、鞘の先がぐりっと、的確にえぐった。

「ぐえっ……!」
 呻き声を上げてゆっくり、床へと転がり落ちる酔っぱらい。
「あっ!」
 引きずられて、ロージーも倒れそうになる。

 その時大きな右手に、ぐいっと引き上げられ、
 ふわりと抱き留められた。


 黒い軍服の胸元に、とんっと頬が当たる。
 そっと肩と背中を押さえる、大きな手の温もり。
『えっ……わたし今、抱きしめられてる?』
 元婚約者にだって、手を握られたこともないのに――!?

 ぶわっと熱が集まって、みるみる赤く染まるロージーの頬。
 見下ろす金色の瞳が細められ、柔らかな光を帯びる。
「カウンターの奥で、待っててくれ」
 耳元でささやく声。
 と温もりが消え、心配顔の店主に向けて、とんっと優しく背中を押された。


 床に転がりげほげほと、苦しそうに咳き込む、先程の酔っぱらい。
「げほっ――やりやがったなっ!」
「こいつ、軍人だからって容赦しねぇぞ!」
 隊商の用心棒らしい、一際ひときわゴツイ男が椅子を蹴り、筋肉で盛り上がった右腕をひゅっと、顔目がけて打ち込んで来る。

 ひょいと屈んで避けたアシュトンが、反動に乗って肩を回し、相手の脇腹に右の拳を叩き込んだ。
「ぐぉっつ……!」
「ぎゃっ!」
「痛ぇっ!」
 後方にぶっ飛んだ男が、仲間を道ずれに床に転がる。

「何だなんだ! 喧嘩売ってんのか!?」
「売られた物は買うのが、俺らの商売だぞ!」
 残りのおよそ20人。
 酔っぱらい連中が、次々と席を立つ。

「お嬢――ロージー! 怪我はないですか!? いや、ないかい?」
 あわあわと敬語を混ぜながら、『姪』にたずねる『店主』の様子に。
 くいっと片眉を上げた隊長が、かたりとカウンターに剣を立てかける。


「すぐに片付ける……!」
 ざっ!と背後に、4人の部下を従えて。
 国境警備隊隊長、アシュトン・リード――通称『魔法いらず』は、右の拳を左掌に当てながら楽しそうに、口の端で笑ってみせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。

香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー 私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。 治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。 隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。 ※複数サイトにて掲載中です

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?

田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。 受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。 妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。 今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。 …そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。 だから私は婚約破棄を受け入れた。 それなのに必死になる王太子殿下。

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

処理中です...