8月のサバイバー~ヘンゼル&グレーテルのお留守番チャレンジ~

壱邑なお

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【番外編3】くものみね 後編

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 バナナオ・レをひと口飲んで。
「じゃあ、そろそろ部活行くわ」と、足元のバッグを肩にかけた佐々木陽太ようたを、
「待って待って……!」
 立花あんが、慌てて引き止める。

「何?」
 きょとんと見返して来た、仔犬のような黒い瞳に
「こっちから体育館行くと、家庭科室の前通るでしょ? お兄ちゃんと咲花はなちゃんが今、2人きりだから!」
 じれったい『両片思い』の仲を進展させたくて、この状況をセッティングした杏が、ライトブラウンの瞳できりっと告げた。

「えっ――家庭科室に?」
「うんっ!」
大雅たいがと2人きり?」
「そうだよ!」
「それは――ぜひとも、見に行かないとっ!」
「ちょ、ダメだってばーっ!」
 キラーンと目を輝かせた幼馴染のバッグを、両手で掴んで必死に引き留める。
「わはは……その程度じゃ、俺は止まらないぜ!」
 楽しそうに杏の頭を、くしゃっと撫でる陽太。
「仲よしダネ……」
 いちごオ・レをズッと飲みながら、乃愛のあ・ベネットが、ふふっとつぶやいた。

「あー……空、青いな?」
「うん」
「ダネ?」
 結局3人並んで、渡り廊下の腰壁にもたれて。
 バナナオ・レとココアといちごオ・レを飲みながら、夏がまだ色濃く残る、9月の空を眺める。

 ふと、杏が思い出す。
 そういえば『あの日』も、こんな綺麗な青空だった。
『今日から「佐々木先輩」って呼ぶ』と宣言した――5ヶ月前、4月のあの日。

 中学に入学した翌週にあった、バレー部の親善試合。
 お兄ちゃんのセットアップから、MB(ミドルブロッカー)の陽太くんがクイックで、マッチポイントを決めたとき。
 ずしりと体育館に響く、ボールが跳ねる音と歓声に負けない位、『やったぁー! 陽太くーん!』って、大声出して応援していたら。
「試合が終わった後、お前のファンらしい奴らが、『前方彼氏面かれしづらかよ』って、陽太にからんで来た」
 って、お兄ちゃんから聞いた。

「ファンって――誰それ! 何で陽太くんに、そんな事言うの!?」
「うーん、ヤキモチ?   まぁ陽太が『彼氏面ってどんなつらっすか? 見本見せてくださーい!』って絡み返したら、ソッコー逃げたし。直接お前に言ってくる度胸は、なさそうだけど――気をつけろよ?」
 頭ポンポンしながら、『杏は何も悪くないから、気にするな』って言ってくれたけど。
 陽太くんの『迷惑』になるのだけは、イヤだと思ったから。

「もう中学生だし。今日から、『佐々木先輩』って呼ぶね?」
 とさり気なく、笑顔で伝えた。
「そっか。じゃあ俺も……杏ちゃんじゃなくて、『立花妹』って呼ぶわ」
 って返された時は、何でか泣きそうになったけど。

「Clouds(雲)……ポップコーンみたい」
 ポカンと出た乃愛の声に、はっと記憶の中から引き戻される。
「たしかに、もこもこしてんな? あーゆうの、日本こっちでは」
「「『雲の峰』って」」
 視線も合わせないまま、自然と重なる声。
 顔を見合わせて思わず、2人揃って吹き出した。

「高木のばーちゃんネタ、鉄板だよな!」
「うんっ! 教えてもらった言葉って何でか、ずっと忘れないんだよね!?」
「『ばあちゃん寝た』?」
 きょとんとした顔の乃愛に、
「咲花ちゃん――じゃなくて、高木部長のおばあさん! すっごく物知り……えっと、昔の言葉とか何でも知ってるひとで、色々教えてくれるの!」
 得意気な顔で、杏が説明する。

「That much!(そんなに?)会ってみたい!」
「今度一緒に、遊びに行こ?」
「うん! あっ――アン、カミ!」
「かみ?」
 首を傾げた杏に乃愛が、スカートのポケットから出した、折り畳み式の小さな鏡を差し出した。

「コッチ、ピョンって」
「あっ、ホントだ」
 ツインテールに結った髪の左サイドが乱れて、髪の束が少し飛び出している。
「俺がさっき、やっちまったか? 悪い!」
 慌てて謝罪をする、幼馴染。
「全然だいじょぶ! 家庭科室戻ったら、結び直すから」
 とりあえずゴムを両方外して、さっと手櫛でまとめたアッシュブラウンの髪を、右側ワンサイドに流しておく。

 視線を感じて顔を上げると、ポカンと口を開けた陽太が見下ろしていた。
「何か……いきなり、おとなっぽい」
「ほんと!? ドキッとしちゃった?」
『やった!』と、ガッツポーズしたい気持ちを押さえて、悪戯っぽく笑いかけると。

「うん……した」

 初めて見るキラキラした眼差まなざしで、かすれた声でうなずくから。
 キュンッとねる様な嬉しさが、胸の奥からポコポコと、まるでポップコーンマシーンみたいにあふれて止まらない。

「アンとセンパイのcheek(頬っぺた)、コレと同じ色」
 イチゴが描かれた、濃いピンク色の紙パックをかかげた乃愛が、歌う様に笑った。

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