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【番外編2】あまつかぜ 前編
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美術室に実験室等、移動教室がまとめて配置されている、都立有川中学校の東棟。
その1階にある家庭科室の窓を開けた途端、ぼわっと吹き込んだ風に、白いカーテンが大きく膨らんだ。
昨日よりほんの少しだけ、湿度が下がった気のする9月の風。
真直ぐな黒髪を肩先で揺らしながら、3年生の高木咲花は目を細める。
「もぉ、夏も終わりだなぁ」
週3で家庭科部の部活がある放課後に、まず部屋の鍵を開けるのは、部長である咲花の役割だ。
家庭科部員は、全学年合わせて13名。
そのメイン活動は、クッキーやパウンドケーキ等お菓子を作る調理実習と、マスコット作りや編み物等の手芸実習。
「えっと今日は『桃缶を使ったゼリー』だから、ゼラチンと砂糖とレモン汁と……」
去年の2学期の終わりに、前部長から引き継いで早9ヶ月。
調理実習の日にはまず、材料が揃っている事を確認する作業にも、すっかり慣れた。
「あっ! 咲花ちゃん――じゃなくて高木部長、ちわっす!」
『よしっ!』と冷蔵庫をパタンと閉めた時、元気良く扉を開けて入って来たのは、1年生部員の立花杏。
「杏ちゃん! 2人きりの時は『咲花ちゃん』でいいけど、『ちわっす』はダメだよ。
まーた、お兄ちゃんのマネでしょ?」
『こらっ』と、わざと顔をしかめてみせると。
4年前の夏に知り合った2歳年下の幼馴染は、「てへっ」と小さく舌を出し、低く結んだツインテールごと首を傾げて笑った。
「アン――入ってイイ?」
そんな幼馴染兼後輩の後ろから、カタカナ発音の声が上がる。
「あっ、ソーリーノア! 部長、入部希望者です!」
じゃーん!と身体を引いて、杏が部屋に招き入れたのは、緩く癖のある明るいショートボブに、落ち着いた緑色の瞳を持つ、すらっと背が高い女子。
「ヨロシク、乃愛・ベネットです」
2学期から1年に編入して来た、校内でウワサの帰国子女だった。
「乃愛は、お父さんがオーストラリア人のハーフなんです。お母さんは日本人だから、日本語もOK……ねっ?」
「うん、難しい漢字以外はOK!」
にこっと笑い合う、ハーフとクォーターの下級生2人。
『はぁーっ、可愛い! おばあちゃんが良く言う『心が洗われる』って、こういう事かぁ!』
小動物にも似た愛らしい後輩達を前に、『可愛いもの好き』な咲花の顔は、ほっこり笑み崩れていた。
「えっとベネットさんは、料理とか手芸――ハンドメイドは好き?」
気を取り直して、部長らしく質問すると、
「はいっ! これ、ママと作りマシタ」
通学用のバッグから取り出した――毎朝先生に回収されて、帰りのHRで返却される――スマホ。
その透明なケースには、カラフルな押し花や押しフルーツが、閉じ込められていた。
「えっ、可愛い……!」
思わず咲花が、新入部員の手元を覗き込むと、
「ドウゾ」
にこりとスマホごと、手渡してくれた。
「ありがと、ベネットさん」
「『ノア』でイイデス」
「じゃあ、乃愛ちゃん?」
「ハイッ!」
元気よく答えてから杏と顔を見合わせて、炭酸水の泡が弾けるように笑う。
『わぁっ……2人で並ぶと、アイドル度マシマシ! このままデビュー、出来ちゃうよ!』
今年の春に杏が入学して来た時も、しばらくは『ツインテール天使降臨』とか、『家庭科部の子ウサギちゃん』とかウワサの的に。
そのくりっとした茶色の瞳に、思春期のハートを撃ち抜かれた男子生徒の屍が、校内中にあふれていた事を思い出す。
『うちの後輩達、超可愛い!(ふんすっ)』とドヤ顔になりかけたのを、部長らしい真面目な顔にきゅっと引き戻してから、咲花はスマホケースに目を落とした。
カモミールっぽい白い押し花と、乾燥させたレモンとライムの輪切りが、センス良く並んでいる透明のケース。
「凄い、可愛い……」
「可愛いよね~?」
隅々までじっくり眺めていると、横から杏も顔を寄せて来た。
「このフルーツを乾燥させる方法って、難しいのかな?」
「あっ! わたしも気になって聞いてみたら、『押し花用乾燥シート』に、挟むだけでいいみたい」
「そうなんだ! じゃあシート用意して、今度皆で作ってみようか?」
「うんっ! やりたい、やりたい!」
幼馴染2人が盛り上がっている横で、きょろきょろと物珍しそうに、家庭科室の中を見学していた帰国子女。
ふと窓の外に向けたアンバーグリーンの瞳が、体育館への通路を足早に通リ過ぎる、男子生徒を捕らえた。
「タイガーッ……!」
乃愛に大声で呼ばれて足を止めた、長身の男子。
日差しを浴びて毛先が金色に光る茶色の髪、幼さが抜けて来た頬のライン。
『運動部です』と主張しているようなデカい黒リュックを背負い、肘まで袖を捲ったシャツの右手には『いちごオ・レ』の紙パック。
口に細いストローをくわえたまま、きょとんと見上げたダークブルーの瞳。
「あれっ、お兄ちゃん!」
「『タイガー』って……立花くんの事?」
揃って目を丸くした2人――杏の兄で咲花の幼馴染、立花大雅だった。
その1階にある家庭科室の窓を開けた途端、ぼわっと吹き込んだ風に、白いカーテンが大きく膨らんだ。
昨日よりほんの少しだけ、湿度が下がった気のする9月の風。
真直ぐな黒髪を肩先で揺らしながら、3年生の高木咲花は目を細める。
「もぉ、夏も終わりだなぁ」
週3で家庭科部の部活がある放課後に、まず部屋の鍵を開けるのは、部長である咲花の役割だ。
家庭科部員は、全学年合わせて13名。
そのメイン活動は、クッキーやパウンドケーキ等お菓子を作る調理実習と、マスコット作りや編み物等の手芸実習。
「えっと今日は『桃缶を使ったゼリー』だから、ゼラチンと砂糖とレモン汁と……」
去年の2学期の終わりに、前部長から引き継いで早9ヶ月。
調理実習の日にはまず、材料が揃っている事を確認する作業にも、すっかり慣れた。
「あっ! 咲花ちゃん――じゃなくて高木部長、ちわっす!」
『よしっ!』と冷蔵庫をパタンと閉めた時、元気良く扉を開けて入って来たのは、1年生部員の立花杏。
「杏ちゃん! 2人きりの時は『咲花ちゃん』でいいけど、『ちわっす』はダメだよ。
まーた、お兄ちゃんのマネでしょ?」
『こらっ』と、わざと顔をしかめてみせると。
4年前の夏に知り合った2歳年下の幼馴染は、「てへっ」と小さく舌を出し、低く結んだツインテールごと首を傾げて笑った。
「アン――入ってイイ?」
そんな幼馴染兼後輩の後ろから、カタカナ発音の声が上がる。
「あっ、ソーリーノア! 部長、入部希望者です!」
じゃーん!と身体を引いて、杏が部屋に招き入れたのは、緩く癖のある明るいショートボブに、落ち着いた緑色の瞳を持つ、すらっと背が高い女子。
「ヨロシク、乃愛・ベネットです」
2学期から1年に編入して来た、校内でウワサの帰国子女だった。
「乃愛は、お父さんがオーストラリア人のハーフなんです。お母さんは日本人だから、日本語もOK……ねっ?」
「うん、難しい漢字以外はOK!」
にこっと笑い合う、ハーフとクォーターの下級生2人。
『はぁーっ、可愛い! おばあちゃんが良く言う『心が洗われる』って、こういう事かぁ!』
小動物にも似た愛らしい後輩達を前に、『可愛いもの好き』な咲花の顔は、ほっこり笑み崩れていた。
「えっとベネットさんは、料理とか手芸――ハンドメイドは好き?」
気を取り直して、部長らしく質問すると、
「はいっ! これ、ママと作りマシタ」
通学用のバッグから取り出した――毎朝先生に回収されて、帰りのHRで返却される――スマホ。
その透明なケースには、カラフルな押し花や押しフルーツが、閉じ込められていた。
「えっ、可愛い……!」
思わず咲花が、新入部員の手元を覗き込むと、
「ドウゾ」
にこりとスマホごと、手渡してくれた。
「ありがと、ベネットさん」
「『ノア』でイイデス」
「じゃあ、乃愛ちゃん?」
「ハイッ!」
元気よく答えてから杏と顔を見合わせて、炭酸水の泡が弾けるように笑う。
『わぁっ……2人で並ぶと、アイドル度マシマシ! このままデビュー、出来ちゃうよ!』
今年の春に杏が入学して来た時も、しばらくは『ツインテール天使降臨』とか、『家庭科部の子ウサギちゃん』とかウワサの的に。
そのくりっとした茶色の瞳に、思春期のハートを撃ち抜かれた男子生徒の屍が、校内中にあふれていた事を思い出す。
『うちの後輩達、超可愛い!(ふんすっ)』とドヤ顔になりかけたのを、部長らしい真面目な顔にきゅっと引き戻してから、咲花はスマホケースに目を落とした。
カモミールっぽい白い押し花と、乾燥させたレモンとライムの輪切りが、センス良く並んでいる透明のケース。
「凄い、可愛い……」
「可愛いよね~?」
隅々までじっくり眺めていると、横から杏も顔を寄せて来た。
「このフルーツを乾燥させる方法って、難しいのかな?」
「あっ! わたしも気になって聞いてみたら、『押し花用乾燥シート』に、挟むだけでいいみたい」
「そうなんだ! じゃあシート用意して、今度皆で作ってみようか?」
「うんっ! やりたい、やりたい!」
幼馴染2人が盛り上がっている横で、きょろきょろと物珍しそうに、家庭科室の中を見学していた帰国子女。
ふと窓の外に向けたアンバーグリーンの瞳が、体育館への通路を足早に通リ過ぎる、男子生徒を捕らえた。
「タイガーッ……!」
乃愛に大声で呼ばれて足を止めた、長身の男子。
日差しを浴びて毛先が金色に光る茶色の髪、幼さが抜けて来た頬のライン。
『運動部です』と主張しているようなデカい黒リュックを背負い、肘まで袖を捲ったシャツの右手には『いちごオ・レ』の紙パック。
口に細いストローをくわえたまま、きょとんと見上げたダークブルーの瞳。
「あれっ、お兄ちゃん!」
「『タイガー』って……立花くんの事?」
揃って目を丸くした2人――杏の兄で咲花の幼馴染、立花大雅だった。
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