愛しのあなたにさよならを

MOMO-tank

文字の大きさ
上 下
20 / 28

第20話 ルイス

しおりを挟む
ただでさえ剣の相手を務めているジャスミンへの接し方は、周りに要らぬ誤解を生まないようにいつも気をつけていた。

決してそうしたい訳ではないのに、自分の素っ気なく口数が少ない態度は冷たく見えた可能性が高いだろう。


そんな私が17歳でジャスミンが15歳の時に、たった一度だけ、ジャスミンに近づく出来事があった。

ジャスミンの髪は12歳の入学当初はかなり短かったものの、3年も経てば背中の中程まで伸びていた。

その柔らかそうで艶やかな美しい髪を、ジャスミンはいつも革紐のようなもので結んでいた。
その革紐は所々が剥がれ、いつ裂けても不思議ではないくらいに劣化していた。

ある日、打ち合いをしていると、ついに革紐は裂けてしまった。
ジャスミンは風で髪が靡くのを邪魔そうにしながら、裂けた革紐を拾ってどうにか髪を纏めようとするも長さが足りずにガッカリしている。

「ウォーカー伯爵令嬢・・・」

ジャスミンと同じくらい髪が長い私は、リボンで髪を纏めているが稀に解けることがあり、いつも予備を持ち歩いていた。

「・・・・・・あ」

何も言わずリボンを手に持つ私を見て理解したのか、ジャスミンは大人しく背を向けた。 
想像以上に柔らかな髪を手に取ると花のような香りがして、思わず手を離してしまいそうになった。

青いリボンを二重に巻いてからリボン結びをする。

「出来たぞ」

「第三王子殿下、ありがとうございます」

ブルーの瞳を細め、顔をほころばせたジャスミンの髪には自分とお揃いのリボンが結ばれていて、今まで感じたことのない何かが胸の辺りに広がり、ジャスミンの顔を見ていられなくなった。

「・・・・・・いい。
リボンは、返さなくていい」

それを言うのが精一杯で、その場から逃げるように立ち去った。


ジャスミンの髪に結ばれてるリボンを見るたびに、嬉しいような居心地の悪いような気持ちなったが、次の休日を過ぎれば以前のような革紐に戻っていて、物寂しさを感じた。



16歳になった頃、叔父に自分の進むべき道を聞かされていた。
学園を卒業後は表向きは第三王子のままだが、貴族の不正、犯罪、違法行為の監視が主な仕事になる。
簡単にいえば王家に背く行為を犯す者を炙り出すものだ。
叔父もそうして生きてきた。

そして、いつかは跡継ぎがいない叔父の後を継いでミッドウェー公爵となる。
もし、国にとって必要とあれば政略結婚をすることもあるだろう。

だから、ジャスミンには決して距離を縮めることなんて出来なかった。
あの日、柔らかな彼女の髪に触れた。
それだけで、満足だった。



幼い頃に、父上と母上が夜会で踊る姿をこっそりと覗き見したことがあった。
見つめ合う二人はとても幸せそうだった。

・・・・・・いつか自分も・・・。

あの時は憧れたが、今ではもう諦めていた。



それから半年後、ジャスミンは騎士団の入団試験を受け見事に合格し学園から去った。





ジャスミンが3年前に、騎士団きっての美丈夫で女性関係の派手なローガン・プライス侯爵令息と結婚したのは有名な話だった。

あのプレイボーイと名高い男が人が変わったようにジャスミン一筋になり、周りは驚いていた。

しかし、一年半前に大きな戦いで武勲を立て英雄となり戻ったあの男は、少しずつ変わり始めた。
ジャスミンの出席しないパーティーや夜会で未亡人や舞台女優と遊んでいるのは耳に入っていた。


今夜、あの男は一人で夜会に出席した。
『夫人は?』と尋ねれば、『体調が優れず屋敷で休んでいます』と残念そうにしていた。

今夜は、あの舞台女優も招待されている。


ジャスミンを見れば裸足にドレスの裾は裂けている。
それに、多分・・・・・・泣いたんだろう。

他人の物事に必要以上に関わるなんてもってのほかだーー

なのに、気づいた時には首を突っ込んでいた。



あんな顔をしたジャスミンは何か行動に出そうな嫌な予感がした。

必要になりそうな物をブルーノに託せば、奴にしては珍しく何か言いたそうな顔をしていた。




『じゃあ、今度夜会でダンス踊ってよ』


今言うべきことじゃない。
そんなことはわかっていた。

ただ、今言わなければこれから先、一生機会を逃すような、そんな気がした。


いつか君が、この誘いを覚えていてくれればーー



溜まった書類を眺めていれば、音ひとつ立てずにブルーノが戻っていた。


その手には、託したはずの袋が握られていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この恋に終止符(ピリオド)を

キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。 好きだからサヨナラだ。 彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。 だけど……そろそろ潮時かな。 彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、 わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。 重度の誤字脱字病患者の書くお話です。 誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 そして作者はモトサヤハピエン主義です。 そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんでも投稿します。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

偽りの愛に終止符を

甘糖むい
恋愛
政略結婚をして3年。あらかじめ決められていた3年の間に子供が出来なければ離婚するという取り決めをしていたエリシアは、仕事で忙しいく言葉を殆ど交わすことなく離婚の日を迎えた。屋敷を追い出されてしまえば行くところなどない彼女だったがこれからについて話合うつもりでヴィンセントの元を訪れる。エリシアは何かが変わるかもしれないと一抹の期待を胸に抱いていたが、夫のヴィンセントは「好きにしろ」と一言だけ告げてエリシアを見ることなく彼女を追い出してしまう。

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。

りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。 やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか 勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。 ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。 蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。 そんな生活もううんざりです 今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。 これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

婚約解消したら後悔しました

せいめ
恋愛
 別に好きな人ができた私は、幼い頃からの婚約者と婚約解消した。  婚約解消したことで、ずっと後悔し続ける令息の話。  ご都合主義です。ゆるい設定です。  誤字脱字お許しください。  

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

処理中です...