愛しのあなたにさよならを

MOMO-tank

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第20話 ルイス

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ただでさえ剣の相手を務めているジャスミンへの接し方は、周りに要らぬ誤解を生まないようにいつも気をつけていた。

決してそうしたい訳ではないのに、自分の素っ気なく口数が少ない態度は冷たく見えた可能性が高いだろう。


そんな私が17歳でジャスミンが15歳の時に、たった一度だけ、ジャスミンに近づく出来事があった。

ジャスミンの髪は12歳の入学当初はかなり短かったものの、3年も経てば背中の中程まで伸びていた。

その柔らかそうで艶やかな美しい髪を、ジャスミンはいつも革紐のようなもので結んでいた。
その革紐は所々が剥がれ、いつ裂けても不思議ではないくらいに劣化していた。

ある日、打ち合いをしていると、ついに革紐は裂けてしまった。
ジャスミンは風で髪が靡くのを邪魔そうにしながら、裂けた革紐を拾ってどうにか髪を纏めようとするも長さが足りずにガッカリしている。

「ウォーカー伯爵令嬢・・・」

ジャスミンと同じくらい髪が長い私は、リボンで髪を纏めているが稀に解けることがあり、いつも予備を持ち歩いていた。

「・・・・・・あ」

何も言わずリボンを手に持つ私を見て理解したのか、ジャスミンは大人しく背を向けた。 
想像以上に柔らかな髪を手に取ると花のような香りがして、思わず手を離してしまいそうになった。

青いリボンを二重に巻いてからリボン結びをする。

「出来たぞ」

「第三王子殿下、ありがとうございます」

ブルーの瞳を細め、顔をほころばせたジャスミンの髪には自分とお揃いのリボンが結ばれていて、今まで感じたことのない何かが胸の辺りに広がり、ジャスミンの顔を見ていられなくなった。

「・・・・・・いい。
リボンは、返さなくていい」

それを言うのが精一杯で、その場から逃げるように立ち去った。


ジャスミンの髪に結ばれてるリボンを見るたびに、嬉しいような居心地の悪いような気持ちなったが、次の休日を過ぎれば以前のような革紐に戻っていて、物寂しさを感じた。



16歳になった頃、叔父に自分の進むべき道を聞かされていた。
学園を卒業後は表向きは第三王子のままだが、貴族の不正、犯罪、違法行為の監視が主な仕事になる。
簡単にいえば王家に背く行為を犯す者を炙り出すものだ。
叔父もそうして生きてきた。

そして、いつかは跡継ぎがいない叔父の後を継いでミッドウェー公爵となる。
もし、国にとって必要とあれば政略結婚をすることもあるだろう。

だから、ジャスミンには決して距離を縮めることなんて出来なかった。
あの日、柔らかな彼女の髪に触れた。
それだけで、満足だった。



幼い頃に、父上と母上が夜会で踊る姿をこっそりと覗き見したことがあった。
見つめ合う二人はとても幸せそうだった。

・・・・・・いつか自分も・・・。

あの時は憧れたが、今ではもう諦めていた。



それから半年後、ジャスミンは騎士団の入団試験を受け見事に合格し学園から去った。





ジャスミンが3年前に、騎士団きっての美丈夫で女性関係の派手なローガン・プライス侯爵令息と結婚したのは有名な話だった。

あのプレイボーイと名高い男が人が変わったようにジャスミン一筋になり、周りは驚いていた。

しかし、一年半前に大きな戦いで武勲を立て英雄となり戻ったあの男は、少しずつ変わり始めた。
ジャスミンの出席しないパーティーや夜会で未亡人や舞台女優と遊んでいるのは耳に入っていた。


今夜、あの男は一人で夜会に出席した。
『夫人は?』と尋ねれば、『体調が優れず屋敷で休んでいます』と残念そうにしていた。

今夜は、あの舞台女優も招待されている。


ジャスミンを見れば裸足にドレスの裾は裂けている。
それに、多分・・・・・・泣いたんだろう。

他人の物事に必要以上に関わるなんてもってのほかだーー

なのに、気づいた時には首を突っ込んでいた。



あんな顔をしたジャスミンは何か行動に出そうな嫌な予感がした。

必要になりそうな物をブルーノに託せば、奴にしては珍しく何か言いたそうな顔をしていた。




『じゃあ、今度夜会でダンス踊ってよ』


今言うべきことじゃない。
そんなことはわかっていた。

ただ、今言わなければこれから先、一生機会を逃すような、そんな気がした。


いつか君が、この誘いを覚えていてくれればーー



溜まった書類を眺めていれば、音ひとつ立てずにブルーノが戻っていた。


その手には、託したはずの袋が握られていた。



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